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第106話 旅から帰る

 その日の夜、お客さんも交えて、ちょっとしたパーティをした。実は明日は母の誕生日だ。すっかり私は忘れていたが、父は覚えていた。あの父が…。ちょっと驚きだ。

 それに私と藤堂君は、明日で江の島に帰る。夏のバイトも今日で終わりなので、みんなで簡単なパーティをしたのだ。


 お客さんは父や母の知り合いもいた。だが、まったく見知らぬお客さんまで母の誕生日を祝ってくれた。母は、感極まって、目に涙を浮かべていた。


「司君、穂乃香。手伝いに来てくれて本当にありがとう」

 母は目を赤くしたまま、私たちにそう言った。

「いえ、こちらこそ、すごくいい経験をさせてもらいました。ありがとうございます」

 藤堂君は丁寧にそう言って、お辞儀をした。


「あ、私も。来て良かった」

 私も慌ててそう言った。

「…また、遊びに来て。今度は藤堂君の家族もみんなで」

「うん。そうする」

 藤堂君も「はい」とうなづいていた。


「ちきしょう~~。まじで穂乃香、俺の好みだったのになあ」

「あ!本田君、ビール飲んだでしょう?未成年のくせに」

「俺、もう20歳っす。1浪してるから、すでに成人してます」

「え?そうだったの?」


「なんだ。アッキー、ふられたのか。まあ、星の数ほど女はいるって」

 お客さんがそう言って、本田さんを慰めた。へえ。アッキーって呼ばれてるの?あ、まさかまた、

「アッキーって呼んで」

って、軽い感じで言っちゃったんじゃ…。


「ここ、女の子のバイト雇わないんですか?」

 本田さんは母にそう聞いた。

「そうね。本田君がバイト終えたら、雇おうかしら」

「ひで~~~!」

 あはははは。ダイニングに笑い声が響いた。


 新しく来たバイトの人も、もう20歳を超えていて、お酒を飲み、みんなと楽しんでいる。良かった。なんだか、本当にこの場所はアットホームで、心地がいい。


 藤堂君とまだ、みんながお酒を飲んで盛り上がっている中、2階に上がった。そしてバルコニーに出て、望遠鏡をのぞいて見た。

「わあ!月!クレーターまで見える」

「うん」


 空には満天の星。

「気持ちいいね」

「そうだね…」

 藤堂君は顔を近づけ、チュッとキスをしてきた。


「ここ、穂乃香と来たかったんだ」

「え?」

「一緒に星や月、見たかったんだ、ずっと」

 もう~~~。そういうことは、もっと早くに言ってよ。


「見に来れてよかった」

 藤堂君ははにかんだ笑顔でそう言った。

「司君、可愛い」

「へ?」


「その笑顔、胸キュンしちゃうんだあ、いっつも」

「ほ、穂乃香もまさか、酒飲んでる?」

「ううん」

 藤堂君、顔赤いかも…。


「あ~~あ」

 ?

「いつも、そうやって、穂乃香に射抜かれるんだよね」

「射抜かれる?!」

「今の言葉とか、顔とか…。目とかさ」

「誰の?」

「だから、穂乃香の」


「…射抜かれるって?」

「だから…」

 藤堂君はまた、私にキスをしてきた。

「ああ!キスしてる!」


 え?

 私たちはびっくりして後ろを振り返った。すると談話室の窓から、小学生の女の子が私たちを見ていた。

「見られた?」

 驚いて私たちは慌てて、部屋に戻った。そしてその子に、口止めしようと思ったが、すでにその子は元気に階段を下りて行ってしまった。


「まずい」

 藤堂君は青ざめた。そしてその子の後を追いかけた。が、もう遅い。

「キスしてた~~。お外で2人で、キスしてた~~~!」

 その子が思い切り大声で、そう言いながら自分のお母さんのもとへと飛んで行った。


 ぎゃ~~。横にはうちの母も父もいるのに!

「誰がキスしてたの?」

 げ~~。本田さんが聞いちゃったよ。

「あの二人!」

 その女の子は私たちを、指差してしまった。


「…穂乃香と司君?」

 お父さんはそれまで、にこにことしていたのに、いきなり顔が能面のようになってしまった。

「あ…」

 やばい~~~~!ばれた~~~!


「司君!」

「は、はい?」

 藤堂君は父のすごく威力的な声に驚いて、姿勢を一気に正して返事をした。

「僕はね、君をほんと~~~に信頼しているんだ」

「は、はい」


「だから、いいか!キスは今日まで!それ以上は絶対に、許さないからな」

 げげ~~~~~。

「はい」

 ああ、藤堂君ってば、はいってうなづいちゃったよ。


「うっそ。あんたら、まだやってないの?」

 小声で私にチャラ男が聞いてきた。

「…」

 私はムッとしながら、チャラ男本田を見た。すると、

「なんだ、じゃ、まだバージンなんだ。穂乃香って」

とチャラ男がにやつきながらそう言った。


 ゾゾゾ~~~。また寒気が。

 

 ああ、もう。なんでこうなるかな。

 藤堂君はそれから、父に放してもらえなくなり、ずうっとお酒の相手をしてあげていた。あ、藤堂君はジュースでだけど。

 そして私は母に、

「さっさとお風呂入っちゃって」

とまた淡々と言われ、仕方なくお風呂に入りに行った。


 甘い時間はあっという間に、過ぎてしまったなあ。まあ、まったくないよりもいいんだけど。それにしても、父のあの言葉通り、もう藤堂君がキスもしてくれなくなったら、どうしよう…。


 そうして、翌朝、私たちは父や母からもお土産を持たされ、けっこうな荷物を抱えて車にそれらを乗せた。

「司君、千春ちゃんによろしくね」

「はい」

「それからこれ。司君と穂乃香に。帰りの電車代と、あとお弁当やお土産でもこれで買って」


 母はそう言って、私と藤堂君に白い封筒を渡してくれた。

「あの…この封筒、やけに重いっていうか、厚いっていうか…。まさか、その…」

 藤堂君はそれを手にしてから、母に何かを言いたそうにした。


「いいの。そんなに入ってないから。ほんと、電車賃とお土産代くらいしか入ってないから」

 母はそう言うと、車から離れた。

「じゃ、行くぞ」

 私たちと藤堂君は車に乗り込み、父は車を発進させた。私は車の窓を開け、思い切り母に手を振った。母の横では、ラブと、そしてチャラ男本田が、目を潤ませて立っていた。


「ワンワン」

「ラブ、またね~~」

「穂乃香!また、絶対に来いよな~~~!」

 チャラ男本田が最後にそう叫んだ。


「…」

 私は黙って、しばらくペンションを見ていた。母や本田さんの姿が小さく小さくなるまで。

「おじさん、あの…。こんなにたくさんの額はもらえないです」

 藤堂君は白い封筒の中を覗いてそう言った。


「いいんだよ。アルバイトが来れなくなった分、司君が手伝ってくれた。バイト代をもらっても当然の働きぶりだったんだから」

 父は静かにそう言った。


「でも、父や母に、そういうのは受け取らないようにって言われています」

「じゃあ、プレゼントっていうのはどうだい?」

「は?」

「バイト代としてではなくってね」


「いえ、ですが」

「もらってくれないか。母さんの気持ちでもあるんだ。本当に助かったんだよ。君がいてくれたおかげでね」

「……」

 藤堂君は一瞬黙り込んだ。そして、

「はい…。ありがとうございます」

とそう返事をした。


 藤堂君はなんとなく、目を潤ませていた気がする。隣りにいて感じた。今、きっと藤堂君は感動しているって。


 長野、行ってよかったな。堂々と行けて、本当に良かったな。


 帰りの電車の中では、藤堂君は口数が少なかった。でも、景色や、お弁当や、そして私の話す言葉をじっくりと、味わっているかのように見えた。

「穂乃香」

「え?」


「俺、本当に行ってよかったよ」

「…うん、私も」

「…いいね。人にありがとうって言ってもらうのって」

「うん」

「…やっぱり、いいね」

 藤堂君の中で、本当に何かをシフトさせるくらいの、そんな旅になったのかな。


「何年か先かもしれないけど」

「え?」

「穂乃香のお父さんやお母さんと、家族になれたらいいなって思う」

「え?!」


「穂乃香は?うちの家族、どう?」

「藤堂家?大好きだよ?」

「そ?よかった」

 え?それって、まさか、プロポーズ?


 なんて、ね。まさか…ね。


 藤堂君は電車の窓から外の景色を見て、

「なんだか、幸せだよね」

とそうつぶやいた。

「うん」

 藤堂君がいる。それだけでも私は、幸せだよ。心の中で私はつぶやいていた。


 

 片瀬江ノ島駅に着いた。藤堂君は私の荷物も半分持ってくれて、そこから2人で家に向かって歩き出した。すると、

「兄ちゃん!」

「ワンワン」

 守君がメープルと一緒に走ってやってきた。


「ああ、間に合った!」

「よう、守。元気だったか?お迎えご苦労」

 藤堂君はそう言うと、私の持ってる荷物を、守君に持たせた。

「え?私も持つよ」


「いいって」

 守君がそう言って、歩き出した。

「じゃ、司君が持っているのを持つ。あ、その紙袋、私のだよね。持つ」

「…そう?」

 藤堂君は一個、荷物を返してくれた。


「守君、なんで帰ってくる時間わかったの?」

「兄ちゃんから迎えに来いってメールがあったから」

「いつの間に?」

「荷物、たくさんになっちゃったからね」


 ああ、きっと私が持っている荷物を持たせようって、守君を呼んでくれたんだろうなあ。

 じ~~~ん。

 藤堂君の優しさと、すぐに飛んできてくれた可愛い守君の優しさをかみしめながら、私は藤堂家に向かってみんなと歩いた。


 ワフ、ワフ、ワフ。メープルはさっきから、超ご機嫌だ。

「穂乃香と兄貴がいなくって、メープルずっと寂しかったんだよな?」

「ワン!」

 嬉しそうにメープルは尻尾を振った。ああ、なんて可愛いんだ。


「でも、明日からはメープル、俺がいなくって寂しがるかなあ」

「ああ、テニス部の合宿だっけ?2泊3日?」

「そう。まあ、泊まるのは学校なんだけどさあ」

「大変なんだって?その合宿」


「うん。大変だからって参加しないやつもいるんだ。だけど、この合宿に参加するかしないかで、かなりテニスの腕前が変わっちゃうんだって」

「へえ」

「俺は強くなりたいから、参加する!参加したからには、頑張る!」


「いい意気込みだね、守。でも、お前なら強くなれるよ」

「そう思う?兄ちゃん」

「ああ」

「やったね!」

 守君は喜んでその場で飛び上がった。ああ、本当に素直で可愛いよね。そういえば、1年で守君だけ試合に出たんだっけ。それだけもう強いってことだよね。でもまだまだ、頑張るんだね。


「私も明日は美術部休みなんだよね。司君も弓道部休みだっけ?」

「うん。お盆休み、明日までだな」

「じゃ、明日は家に2人っきりだね」

「…昼間、母さんどっかに行くのか?」

 守君の言葉に藤堂君は、不思議そうに聞いた。


「え?知らないの?」

 守君は目を丸くさせてこっちを見た。

「え?」

「父さんと2人で旅行だよ。2泊3日でだって。なんでも父さんの会社の保養所、何人もこのお盆に申し込みをしていたのが、抽選で父さん、当たったって喜んでいたよ」


「…え?」

「あ、だから、俺もいないし、明日も明後日も、穂乃香と兄ちゃんだけだから。あ、メープルはいるけどさ」

 え~~~~~!!!!!!!!


「なんだよ、それ。まったく聞いてないよ」

「抽選で当たったのがわかったのって、確か先週かな。なんだ、メールしてなかった?母さん」

「ああ…」

「当たったの、相当嬉しかったみたいだからなあ」


「どこの保養所?」

「えっと~~、信州のどっか」

「…え?」

「車で行くらしいから、穂乃香のご両親のやってるペンションにも顔を出しに行くんだって、張り切ってた」


「え~~~?」

 私と藤堂君は思い切りびっくりしてのけぞってしまった。

「あ、でも、穂乃香。なんでもサプライズで行くらしいから、ご両親には内緒にしてて」

 守君にそう言われ、

「え?う、うん」

と私はうなづいた。


 それは超、びっくりするかも。だって、私たちが帰った後で、いきなり2人で現れたら。

「待って!っていうことは、家にいるのが私たちだけってことがばれちゃわないの?!」

「あ!」

 藤堂君もそこに気が付き、目をまん丸くさせた。あの、あの父がそんなことを知ったら、どうなっちゃうか。


「大丈夫だって!その辺は母さん、ぬかりないから」

「え?」

「ばあちゃんが、うちの世話をしにやってきてるのよ~~~。って言うんだってさ」

「……それ、思い切り嘘だし」

 藤堂君は眉をしかめてそう言った。


「なまじっか、嘘じゃないよ」

「来るのか?ばあちゃん」

「うん。あ、でも来るのは、四日後」

「じゃ、やっぱり嘘ついてることになるじゃん。っていうか、それ、世話じゃなくって、遊びにだろ?」


「うん、泊まりにね。でもいいじゃん。ちょこっと日にちはずれてるけど、ばあちゃんが来るのは事実なわけだし。ま、母さんや父さんがいいって言ってるんだから、いいんじゃないの?」

「…ほんと、うちの親って…」

 藤堂君は呆れたっていう顔をして、とぼとぼと歩き出した。


 私はというと、明日明後日と藤堂君と2人きりっていうことに、くらくらしていて、フラフラになっていた。

 ど、どうする?

 いや、藤堂君はお父さんとのことで、手を出せないってあんなに言ってたし、手なんで出してこないって。

 

 うん。そうだよね。きっと守るよね。はいって、うなづいていたしね。

 ってことは、なあに?2人っきりでいるのに、なんにもないってこと?


 え~~~~~~!!

 そんなのって、寂しすぎる!空しすぎる~~~!


『私だったら、いいのに、司君!!!!!』 

 その言葉はどんどん、私の中で大きくなる。


 そんなことを考えていて、フラフラになりながら、藤堂家に私は着いた。ああ、明日明後日、どうなることやら。

 どうやったら、藤堂君がその気になってくれることやら…。


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