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第105話 やっと二人で

 夜、ダイニングで本田さんは、今までにはないくらいちゃんと働いた。お皿を各テーブルに運んだり、水を注ぎに行ったり。そして、お客さんと和気あいあいと話していた。

 そのうえ、夕飯が終わるとお客さんから、

「ちょっと望遠鏡の使い方教えてもらっていいですか?」

と本田さんは聞かれて、一緒に2階に上がって行った。


 聞いてきたのはあの、30代の女性。子供と旦那さんも一緒に、2階に上がって行ったから、きっとみんなで星空を見るんだろうなあ。

 

 キッチンで洗い物を母としていると、父が食べ終わったお皿を運んできながら、

「あの本田っていうやつは、なぜかお客に受けがいいんだ」

とぼそっとそう言った。

「え?あのチャラい男が何で?」

 母が驚いてそう聞いた。私もびっくりだ。


「楽しいし、話しやすいからかもしれないな。お客さんに対しての態度は悪くないしね」

「ふうん」

「仕事もまあ、司君に比べたら、手を抜いているところもあるけど、ちゃんと教えたらやるようになってきたよ」

「へえ、あのチャラ男が」

 つい私はそんなことを言ってしまった。


 藤堂君もダイニングテーブルを片づけだした。お客さんはリビングに移り、のんびりとお酒を楽しんだり、お風呂に入りに行ったりして、ダイニングには誰もいなくなっていた。

 洗い物を母と全部終えると、

「穂乃香、お風呂入っちゃって」

と言われ、私は先にお風呂に入りに行った。


 そしてお風呂から出てきて、藤堂君を呼びに行った。あ、今日もまた、本田さんが顔を出したりしないよね。

 トントン…。ノックをすると顔を出したのは藤堂君だった。あ、良かった。

「お風呂、空いたよ」

「うん」

 にこ。藤堂君が可愛く笑った。ああ!この笑顔大好きなんだ!


 ワン!

「あれ?ラブ、こんなところに入り込んでいたの?」

 ラブが部屋の奥からやってきた。

「ああ、けっこうこの部屋にいること多いよ。バイトのみんなが、可愛がるんじゃない?きっとこの部屋、気に入ってるんだよ」


「そうなんだ」

 私は部屋に入りラブの背中を撫でた。ラブは喜んで尻尾を振っている。

 すると、藤堂君がバタンとドアを閉めてしまった。


 あれ?

「穂乃香。ほんの少しだけ」

 え?

 わあ!後ろから藤堂君が抱きしめてきた!どど、どうしよう。いきなりすぎて、鼓動が…。

「穂乃香、いい香りがする。石鹸?」

 ドキ~~。


「しゃ、シャンプーかな」

 あ、あれ?待てよ?昨日はこれをチャラ男に言われた気がする。で、思い切り寒気が走ったんだけど、なんで藤堂君だとドキってしちゃうんだろう。


 ドキドキドキ。抱きしめられてドキドキしてる。でも、すごく嬉しい。ああ、藤堂君、キスもしてくれないかなあ。でも、後ろから抱きしめられてるから、キスはこの体制じゃ無理だよね。

 だけど、キスもしてくれないかなあ。


 ワンワン!なぜかラブが喜びまくって、私たちの周りをグルグル回っている。そしてとうとう、私に飛びついてきた。ああ、自分も仲間に入れてほしいのかな。

 私は抱きしめられたまま、ラブの頭を撫でた。すると、藤堂君は私を抱きしめている腕を離した。


 あ、うそ。もっと抱きしめていて欲しかったのに…。ちょっとがっかりしていると、藤堂君は私の頬に手を当てた。

「穂乃香…」

 え?

 あ…。


 藤堂君は顔を近づけ、キスをしてきた。

 ほわわん。ああ、藤堂君だ。優しくってあったかいオーラ…。

 幸せだ~~~~。


 ワンワン!いきなり、今度はドアに向かってラブが声をあげた。

「あ、戻ってきたのかな」

 そう言って、藤堂君はドアを開けた。ラブは勢いよく飛び出していった。

「誰?」

「チャラ男本田…」


 藤堂君は小声でそう言うと、一緒に私と部屋を出た。

 あ、本当だ。ラブが本田さんに思い切りじゃれついている。

「あ!」

 本田さんがこっちを見た。


「今、2人で部屋から出てきたよね?!」

「…いいえ。お風呂が空いたから呼びに来ただけで…」

 私がそう言うと、本田さんはズカズカと私たちに近寄り、

「いいや、部屋から出て来てたよ。おい!藤堂、お前俺には穂乃香に近づくななんて言っておいて、自分はちゃっかり部屋に連れ込んでるじゃないかっ」


「ちょ、人聞き悪いこと言わないでください!」

 私は慌てて本田さんにそう言った。

「なんだよ、穂乃香もこいつの肩を持つ気?あ、まさか、こいつに言い寄られて、それで…」

 な、何を言いたいんだ、この人は~~!


「おい、そこ、うるさいぞ。お客さんもいるんだから、静かにしろ」

 父が騒ぎを聞いて、やってきてしまった。

「あ、オーナー。いいんですか?俺に昨日怒っていましたけど、こいつだって、娘さんにちょっかいだしてますよ!」

「司君か?」

「そうですよ。こういう一見真面目そうなやつのほうが、危なかったりするんです」


 なんですと~~~?!

 腹が立って、何か言ってやろうと口を開いた時、横から父が、

「はは…。司君とうちの娘は付き合ってるんだ。だから本田君、あきらめなさい。この二人の間に割り込むなんて無理なことは」

と笑いながらそう言った。


「つ、付き合ってる?」

 本田さんは目を点にした。それからしばらく黙り込んでしまった。

「知らなかったのかい?なんだ、穂乃香も司君も黙っているなんて人が悪いな。娘の彼氏がうちの手伝いをしに来てくれたんだ。だからこれ以上もう、うちの娘にちょっかいは出すなよ。本気で怒らせたら、司君も怖いぞ。なにしろ武道家だからなあ。あっはっは」


 もしかすると父は、ちょっとお酒を飲んでいるかもしれない。いつもよりもやけに陽気だ。

「…ぶ、武道家?まじで?」

 本田さんは顔を引きつらせながら、藤堂君に聞いた。藤堂君はなんにも答えず、本田さんをちらっと見ると、

「先、お風呂入ってきます」

と言って、私を連れて廊下を歩き出した。


「び、びっくりしてたね。本田さん」

「…」

 あれ?なんで黙ってるの?

「おじさんがあんなふうに言ってくれるとは思わなかったな」

「え?武道家って?」


「違うよ。俺と穂乃香が付き合ってること、ちゃんと許してくれてるどころか、快く思ってくれてたんだなってさ」

「…うん、そうだね。でも、さっきのお父さんはきっとお酒も入ってて、陽気だったんだよ」

「…じゃ、本音だね」


「え?」

「酒飲むと、本音を話し出すだろ?人って」

「うん」

「…なんだか、嬉しかったな」

「…うん」


 藤堂君はそのまま、お風呂に入りに行った。私は寝室に入った。寝室では、父がまたパソコンをしていた。

「お父さん」

 私はなんだかわからないけど、父の背中に抱きついてみていた。

「抱きつく相手、間違ってないか?」


「間違ってないよ」

「…穂乃香からそんなことをしてくるなんて、初めてだな」

「小さい頃はしてた」

「ああ、覚えてるのか?もう幼稚園の頃の話だろ?」


「覚えてるよ。時々だったけど、お兄ちゃんの調子がいい時には、こうやって甘えられたから」

「遠慮しながら甘えていたのか?」

「うん…」

「そうか…」


「お父さん、ありがとうね」

「司君のことかい?」

「うん」

「…また、冬でもいいし来年でもいい。2人で手伝いに来なさい」


「うん。あ、でも来年は藤堂君受験だから」

「そうか。じゃあ、夏休みは忙しいだろうね」

「うん。きっと夏期講習とか行っちゃうかも」

「穂乃香は大学いいのか?」


「うん。私、専門学校に行くから。デザイン勉強したいし」

「…そうか」

「大丈夫。心配しないで。ちゃんとやっていくから」

「…なんだ。ずいぶんと大人になったんだなあ」


「藤堂君の家って、素敵なの。あそこにいると、なんだか頑張れるんだ」

「勉強も頑張ったもんなあ」

「うん!」

「じゃあ、また再来年の夏かな」


「……その頃には、もしかすると夏休みの間中、手伝いに来れるかもね」

「司君も一緒に来るかい?」

「うん。藤堂君も一緒だといいなあ」

「じゃあ、そのまま結婚もして孫も連れてくるか?」


「え?!」

「それとも、司君とここで一緒に、働くか?」

「…ええ?!」

「ははは、冗談だよ。母さんとそんなことになったら、面白いねって言ってただけだ」

 バクバク。心臓が~。もう、何を言いだすんだ。お父さんは。


「だけど、もし、司君と結婚することになったら、お父さんも母さんも、賛成するからな」

「…それ、かなり先の話だろうし、それまで付き合ってるかどうかも」

「…はっはっは」

 父はまた、大きな笑い声をあげた。


「なあに?」

「いや、うちの母さんと千春さんは本気で結婚させようとしているからな。きっと、そうなるんじゃないかって思ってさ」

「え?なんでそれ!」


「あれ?穂乃香もその計画、知っていたのか?」

「な、なんとなくだけど…」

「お父さんは、母さんが電話で千春さんと楽しそうに話しているのを聞いたんだ。最初はびっくりしたさ。でも、司君を知っていったら、それもいいかもなって思うようになったよ」


「でででも、それ、何年も先の話」

「そうだな。そんなに早くに嫁に出すつもりはないから、安心しなさい」

 ……え?安心って…。


「もう寝るだろう?父さんはまだ、パソコンで仕事があるから、明かりは消さないでおくけど」

「うん、大丈夫」

 私はベッドに横になった。

 父の話を聞いて、本当にびっくりした。でも、藤堂君のことを気に入ってくれて、本当に嬉しかった。


 藤堂君と結婚…かあ。そうして子供が生まれたら、みんなでここに遊びに来るのかな。いいな、それ。その時にはメープルや、守君もいたら楽しいだろうな。

 うん、メープルとラブはきっと仲良しになる。

 そんなことを想像しながら、私は眠りについて行った。


 私たちが帰る前の日、バイトがもう一人増えた。大学2年生。体育会系らしく、やたらと挨拶が元気いい。

 2人もバイトがいるんだから、今日はあんたと司君は、どっか遊びに行ってもいいわよ…といきなり言われ、私たちはペンションから追い出されてしまった。


「どこ行こうか?」

 藤堂君と歩き出した。

「グラススキーしてみたい」

「うん。了解」

 私たちはそれから、グラススキーをしたり、近くにあったレストランでランチをして楽しんだ。


 そこには、手作りジャムも売っていて、藤堂家へのお土産にした。他にも可愛いストラップもあって、守君や麻衣、美枝ぽんに買ってあげた。


「グラススキー、楽しかったけど、思い切りお尻打っちゃった」

「あはは。穂乃香、お尻うち過ぎ。球技大会でもお尻うってたよね?」

「うん」

「大丈夫?また蒙古斑できちゃったんじゃない?」


「で、できてないよ~~」

 もう~~。

 ってふくれてみたりしてるけど、本当は藤堂君とこんなバカな会話をして笑っているのが嬉しいんだ。

 やっと、やっと2人で旅行をしているっていう気分になってきたんだもん!


 それから、私たちは自然の中を散歩した。

「山、綺麗だよね」

 藤堂君が目を細めて山の峰を見ている。

「うん」


「空もだし、雲もだし、木の緑もだけど、自然って癒されるよね」

「うん…」

「冬は冬でまったく違った景色なんだろうな」

「来る?冬にまた」

「来たいね。スキーできるし」


「そうだよね…。あ、でも私また、お尻打ちそう」

「あはは!じゃ、年中蒙古斑消えそうもないね」

 また、そんなことを言ってからかう~~。


「いいね。自然の中で生活するって」

「江の島だってあるじゃない?海が」

「ああ、そうだよね。海もいいよね。だけど、山もいいね…」

「うん」


「は~~~。空気美味しいし」

「うん」

「穂乃香…」

「え?」

「俺、今回本当に来てよかったよ」


「…長野に?」

「うん。それで、働けて良かった」

「…うん。私も最初はぐったりだったけど、働くのは楽しかったな」

「だよね?夜、穂乃香と2人で会いたかったのに、穂乃香、さっさと寝ちゃってた。それだけ疲れてたんでしょ?」


「え?!」

「…え?」

 私が驚いたからか、藤堂君もびっくりしている。

「私と2人で会いたいって思ってくれてた?」

「…もちろん。え?俺が思ってないとでも思った?」


「うん」

「…なんでかな。なんでそう思うかな」

「…だって」

「二人になりたかったし、抱きしめたかったし、キスもしたかったよ」

 キュ~~~~ン!


 ああ、久々の胸キュンだ!

 ギュ!思わず藤堂君の腕に腕を回し、しがみついてしまった。

「…ほ、穂乃香」

「え?」

「腕に胸、当たってる…けど」


「あ、ごめん」

 わ。藤堂君真っ赤だ。それに硬直しちゃってる。

「えっと…」

 まだ真っ赤だ。藤堂君。


「駄目だ。やばい」

「?」

「だけど、今回のことでさらに手、出せなくなった」

「へ?」


「おじさんにあんなに信頼されられると、手、出せないよなあ」

 あ、そういうことか。

「お父さんね、うちの母と藤堂君のお母さんが私たちを結婚させようとしてるの、知ってたよ」


「え?うそ。それで?反対してた?」

「ううん、賛成してた」

「まじで?」

 藤堂君、めずらしく大声でびっくりしてる。


「本当に。だって、藤堂君のこと本当の本当に気に入ってて」

「そうなんだ」

「良かったよね」

「う、うん。まあね」


 あれ?あんまり嬉しくない?

「ってことはもっと、プレッシャー?」

「え?」

「もっと手が出せないってこと?」


「え?どうして?」

「いや、その…。やっぱさ、そんなにも信頼されられるとですね、男としてちょっと…ね」

 そうなの?それじゃ、いつになったら、手を出してくれるようになるの?


 なんて聞いてもいい?

 いやいや、聞いちゃ駄目。そんなこと。

 だけど、いつまでそうやって、あの誓いを守っちゃうの?


 藤堂君にだったら、私はとっくにもうOKなのに。


 という言葉をまた飲み込んだ。飲み込んでみてから、自分で驚いた。

『とっくにOK』って、今思ってました?私…。


 うっわ~~~~~!!!そうなんだ!

 自分の思考に驚いて、私はしばらく照れながら顔を赤くしていた。藤堂君を見た。すると藤堂君は藤堂君で、何やら考え込んでいて、顔を真っ白にさせていた。

 何?何を考えているんだろうなあ。 


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