第103話 チャラ男の出現
「どうも!本田明彦です。アッキーって呼んでください」
ついた早々、バイト君は玄関でピースをしながらそう言った。藤堂君は眉をしかめ、父は目を点にして、母は、
「本田君。部屋は司君と一緒の部屋を使って。あ、司君案内してあげて。そうしたらすぐに、仕事してもらうから」
と淡々とそう言うと、さっさとキッチンに戻って行った。
「アッキーでいいっすよ」
「本田君って呼ぶよ」
父も淡々とそう言って、お風呂場の掃除をしに行ってしまった。
「部屋、こっちです」
藤堂君も無表情にそう言うと、玄関から廊下に向かって歩き出した。
「あれ?みんななんだか、堅苦しいんだなあ」
本田さんのその一言で、藤堂君はムッとして、
「遊びでやってるわけじゃないですから」
と言い返した。
「ゲ、怖い。君、真面目だね。モテないでしょ?顔はいいのに。彼女もそんなんじゃできないんじゃない?」
「…」
藤堂君は、呆れた目で本田さんを見て、
「部屋、その奥です。荷物置いたら2階のベッドメイキング、手伝ってください」
とそう言って、先に2階に行ってしまった。
「…君もバイト?高校生?」
ゲ。私もさっさと逃げたら良かった。つい、ぼけっとしてしまった。
「はい、高校生ですけど。あ、キッチンで手伝いがあったんだ。それじゃ」
「名前は?」
「…結城穂乃香」
私はぶっきらぼうにそう答え、小走りでキッチンに行った。キッチンでは母が、何やらぶつぶつ言っていた。
「あんなのしかいなかったのかしら。急いでいたとはいえ、電話だけでさっさとお父さん決めちゃうから、あんな軽薄そうなのが来ちゃうのよ」
ああ、本田さんのことか。
「司君と正反対のタイプ。お父さんが一番嫌いなタイプだわ」
「…そうなの?じゃ、もしかして藤堂君は、お父さんの…」
「……」
母は私のことをじっと見てから、
「良かったわね。藤堂君はすっかりお父さんに気に入られてるわよ」
と微笑ながら、そう言った。
そっか。良かった…。
ううん、そんなの当たり前のことだよ。だって、あの藤堂君なんだもん!
って、浮かれている場合じゃなかった。午後になり、お客さんを迎えに父は藤堂君を連れて行ってしまい、あのチャラ男と私が一緒に仕事をする羽目になってしまったんだった。
嫌だなあ…。ああいう人は、思い切り苦手なんだけど。
「穂乃香、リビングの掃除を本田君としてくれる?」
「は~~い」
仕方ない。あまり話さないようにして、仕事に専念しよう。
と思いながら、リビングの片づけを始めると、やたらと本田さんは私に近寄ってきて、
「ねえ、君、ここのオーナーの子なの?」
とか、
「じゃ、このペンションに住んでるんだ」
とか、
「ここから学校行ってるの?大変だね。彼氏いる?いないでしょ?」
とか、聞いてくる。
なんなんだ。こっちは一生懸命に掃除をしているのに。
「本田さん。窓ふきしてもらえます?上の方手が届かないんです」
「え?ああ、うん」
本田さんは窓を拭きながらも、まだしつこく話しかけてきた。
「あの…。ちゃんと拭いてください。上の方、全然拭けてないですから」
私はそう注意して、ダイニングの掃除に取り掛かった。
テーブルを拭いたり、床を掃いたりしていると、本田さんがやってきて、
「ねえ、穂乃香ちゃんはどんな男がタイプ?」
と聞いてくる。
ム…。ちょっとうっとおしいんですけど。それも、窓、やっぱり適当に拭いていて、綺麗になってないし。
ああ、藤堂君はね、なんにも言わずに黙々と、丁寧に窓ふきしていたわよ。指図されなくっても、ちゃんとやることやって、ううん。それ以上のことをいっつもしていた。
「ね?どんなのがタイプ?」
「真面目で軽薄そうじゃない人」
私はそう冷たく言って、また床を掃きだした。
「まさか、あの司とかいうやつみたいなのが、タイプとか?」
「…そうです。藤堂君はタイプかも」
また冷たく私はそう言い放った。すると、
「やめなって。あんなくそ真面目な奴、付き合っても面白くもなんともないって。それより、今度の休みっていつ?どっか連れて行ってやるよ。軽い沢とかどう?」
とまた軽そうに言ってきた。
ムッカ~~~~~。
「休み、ないですから」
「え?嘘だろ。ずっとここのバイト?」
「いいえ。バイト終ったら帰るし」
「…どこに?あれ?ここに住んでるんじゃないの?あ、もしかして長野の市街地とか?どこら辺?案外うちと近かったりして」
「江の島」
「へ?」
「神奈川の江の島」
「……え?」
「父と母だけ、このペンションやっていて、私は夏休みの数日間手伝いに来てるんです」
「江の島?」
「そう、江の島。だから、今週いっぱいでもう、帰ります」
「………」
本田さんは黙り込んだ。ああ、やっと黙ったか。
私はダイニングの掃除も終え、2階の談話室に行き、そこも掃除をし始めた。談話室にはカーペットが敷いてあり、そこにクッションが何個か置いてある。棚には絵本、雑誌、それからボードゲームが並んでいて、そこからバルコニーにもつながっていて、そのバルコニーに望遠鏡が置いてある。
泊り客のみんなは、夕飯の前後にここを利用している。この前の3人家族もここで、楽しそうにゲームをしたり、子供に絵本を読んであげていた。
一階にあるリビングは、ソファーとテーブルがあり、コーヒーを飲んでくつろぐことができる。コーヒーはポットとコーヒーメーカーが置いてあり、自分で作って飲むこともできるし、他にも紅茶、緑茶のティ―パックも置いてあるので、朝、チェックアウトしてからのお客さんや、午後チェックインしてからのお客さんが、そこでのんびりとお茶をしていたりする。
本当は、コーヒーやお茶を私たちが淹れてあげたいんだけど、人が足りなくってね…と母がぼやいていた。でも、セルフサービスだから、逆に利用しやすいみたいで、持ってきたお菓子や、うちのペンションで売っているクッキーなどをつまみながら、お客さんは自由気ままにのんびりとお茶をしている。
このペンションは、アットホームなペンションだ。談話室やリビングでは、お客さん同士の交流もあるようだし、父や母もたまにお客さんとの話に混じっていたり、ダイニングでも楽しそうに会話をしている。
私や藤堂君も、最初は慣れなくって、お客さんと会話もできなかったが、だんだんと会話もできるようになっていた。そして何より、お客さんも私たちも癒してくれているのは、犬のラブだった。ラブがリビングにいると、藤堂君が頭を撫でたりして、そこにお客さんがやってきて、会話が始まるのだ。
藤堂君は自分からお客さんに話しかけるのは苦手みたいで、ラブがいてくれると助かるみたいだった。
私はと言うと、やっぱり大人のお客さんは話しづらく、子供相手に話をすることが多かった。でも、子供と話していると、そのご両親も話しに加わってくるので、結局はその家族みんなと会話をすることができた。
忙しいし、藤堂君との時間もないから、かなり私には寂しいことだったけれど、でもお客さんとの交流は楽しかった。バイトの経験もないので、お客さんにお礼を言われるだけで、ドキドキした。
藤堂君もお客さんに「ありがとう」と言われるたびに、はにかんだ可愛い笑顔を見せていた。きっと、嬉しいんだろうなあ。
もしかして、もしかすると、そんな気持ちを味わうことが一緒にできるって、けっこう貴重な体験だったりするのかしら。
なんて思っているんだけど、この新しいバイト君は、なんだかナンパでもしに来たんじゃないかっていう雰囲気で、私も母も困ってしまっていた。
そこに、新しいお客さんを連れた父と藤堂君が戻ってきた。4人家族。お父さん、お母さん、そして可愛らしい女の子が2人。
「いらっしゃい!お待ちしていました」
母が出迎えに行った。私も急いで玄関に行った。その後ろから、チャラ男も顔を出した。
「どうぞ、部屋は2階です。あ、司君、案内してあげて」
藤堂君は荷物を持つと、
「こちらです」
と先に階段を上りだした。
わあ。両手に2個ずつカバンを持って行っちゃったよ。すごい力持ちだ。なんて、藤堂君の勇士にほれぼれしていると、横からチャラ男が、
「何年生?」
とお客さんに早速話しかけていた。
ゲ。やめてよ。客をナンパするのは!
「えっと、中学2年です」
背のまだ小さい女の子が恥ずかしそうに言った。そして、その子よりも大きい、でも可愛らしい女の子は、
「高校1年です」
とこれまた、可愛い小さな声で答えた。
「へえ、可愛いねえ」
チャラ男本田は、にんまりと微笑んだ。
大変!可愛い女の子二人が、このチャラ男の毒牙にかからないよう、ちゃんと見張らないと!
と、心を強く思って、なるべくチャラ男があの子たちに近づかないよう、阻止するように私は頑張っていた。
たとえば…。
「ねえ、君たち、何かして遊ぶ?2階の談話室にゲームがあるよ」
チェックインがすんで、リビングでくつろいでいる女の子たちに向かってチャラ男本田が声をかけた。
おいおい!君はバイトなんだから、遊んでないで働け!と心で思い切り叫びながら、
「本田さん。キッチンの手伝いを一緒にしてくれませんか」
とチャラ男を2人から引き離したり。
そして、夕飯の後も、
「ねえ、君たち。2階のバルコニーに望遠鏡があるんだ。一緒に星を見ない?」
と誘っているのを発見し、
「本田さん!洗い物たくさんあるので、手伝ってください」
とチャラ男をキッチンに連れてきたり。
「なんだよ。穂乃香ちゃん、なんだかんだ言っても、俺に気があるんじゃないの?」
キッチンで洗い物をしていると、ほとんど手伝おうともしないでチャラ男本田はそうにやつきながら、言ってきた。
何を言ってるの?この勘違い男はっ!と思ってチャラ男本田をにらみつけていると、ダイニングの方から笑い声が聞こえてきた。
女の子たちの可愛らしい笑い声だ。見てみると、なんと藤堂君に話しかけながら笑っているではないかっ!
え?なんで?
「ちょっと外を散歩したい。きっと星いっぱいですよね?でも、女の子二人だと危ないし、付き合ってもらってもいいですか?」
高校生の子がそう、藤堂君に言っている。
「あ、でも、そういうことだったら、お父さんに頼んだら?」
藤堂君はそう言ったが、その子たちのお父さんはすでに酔っ払っていて、
「悪いけど、頼むよ。俺はここでまだ、飲んでいたくってね」
と藤堂君に逆に頼み込んでいた。
「え…じゃ、じゃあ」
藤堂君は戸惑いながらそう言うと、女の子たちはきゃあって喜んで、藤堂君を引きつれ、外に行ってしまった。
…ちょっと待って。どういうことよ、これ。
そして私の横にはまだ、チャラ男本田が張り付いている。
母は私とチャラ男に洗い物を任せ、リビングにいるお客さんと笑いながら話をしている。父もそこに参加をしているので、だ~れも私がチャラ男本田に言い寄られているのを、気にしていない。
娘がこんなチャラい男に言い寄られているって言うのに、なんで?
っていうか、彼氏は他の子に取られていて、とんでもない男に言い寄られている私って、いったい何?なんなの、この状況って!
結局そのあとも、チャラ男本田は私にべったりとつきまとい、
「夏のバイトで稼いだ金で、俺、江の島に行くよ。だから、案内頼むね」
とまで言い出してきた。
「無理です。私ずうっと、部活です」
「何部なの?」
「美術部」
「ああ、そんな雰囲気あるよね~~。穂乃香って!」
今、なんて言いました?勝手に、呼び捨てにしませんでしたか?
「俺もデザインとか興味あったんだ。でも、就職に困るかなあって思ってさ、経済学部に進んだわけ。でもね、けっこういい絵描くんだよ」
そんなの全く、興味ないし。
「大学は親に頼まれてさ、仕方なく地元に行ったけど、就職は東京って決めてるんだ。江の島と東京って近いよね?神奈川って東京の横でしょ?」
だから?何が言いたいんですか?
「私、もうお風呂入って寝ます」
そう言って、話を切り上げようとしたら、
「その前に、外、2人で散歩しない?」
と言ってきやがった。
「疲れてるから、しません。一人でどうぞご勝手に」
「…あれ?もしかして、男と付き合ったことない?そんな照れなくてもいいのに」
「照れてませんから!」
バタン。
私は勢いよくドアを閉め、ベッドに座り込み、枕をドアに向かって投げつけた。
「くそ!チャラ男め~~~!」
私が外を散歩したいのは、藤堂君なの!!なのになんで、藤堂君はお客さんと仲睦ましく外に行ってるのよ!それも、こんなチャラ男に言い寄られているのに、なんで全く無関心でいるのよっ!
なんだか、無性に腹が立ってきた。
私って、藤堂君の彼女だよね?父も父だよ。チャラ男に言い寄られている娘をほおっておくな~~!
私は頭に来て、母の枕もつかみ、ドアに向かって投げつけた。と、その時ドアが開き、母の顔に命中してしまった。
「あ…」
「穂乃香。何まくら投げなんて一人でして遊んでるの!さっさとお風呂に入らないから、本田君も司君もお風呂、入れないでしょっ!」
怒られた。
ズ~~~ン。
また私は、バスタブに沈み込んだ。でも、眠りはしなかった。腹が立つやら、悲しいやら、空しいやらで、眠気なんてどこかに消えてしまっていた。
お風呂から出て、藤堂君を呼びに部屋のドアをノックした。すると、部屋から顔を出したのは、本田さんだった。
「あ、お風呂空きましたから。順番に入っちゃってください」
「穂乃香のあと、俺?」
「え?はい。あ、藤堂君と相談して…」
私がそう言いかけると、チャラ男本田は私に近寄り、
「俺が先に入るよ。穂乃香が入ったお風呂に」
と気持ちの悪いことを言ってきた。
ゾク!寒気がした~~。
「穂乃香、シャンプーの香り?いい香りがするね」
ゾクゾク。もっと、寒気がしてきた~~。
「じゃ、じゃあ私、これで」
「俺が出たらさ、部屋に来て」
「え?」
「藤堂はどっかに追いやるから、2人になろうよ」
「嫌です」
「…なんでそんなに、頑なになるかな。もっと楽しもうよ。人生をさ」
ムカ。そうじゃなくって、なんで私があなたと2人きりにならないとならないんですかっ。
「ね?いいじゃん」
チャラ男本田が、私の背中に腕を回してきた時、私の背後から誰かがやってきて、チャラ男の腕を思い切り掴みひねりあげた。
「いって~~」
藤堂君?
私は期待して振り返った。するとそこにいたのは、父だった。
「うちの娘に何をしているんだ」
「いえ、何も」
「お前、いい加減に仕事をするんだったら、今すぐに出て行ってもらってもいいんだぞ」
「でも、こんな夜ですよ」
「ああ、それでもかまわん。娘に手を出すようなやつにいてもらったら困るからな」
「すみません。気を付けます」
チャラ男本田は、父の威力的な声に負け、おどおどしながらそう言うと、部屋の中に戻って行った。
「穂乃香。あいつ、今日1日お前に引っ付いていたんじゃないだろうな」
父は、私を誰もいないキッチンに連れて行くと聞いてきた。
「引っ付いてた」
「なんでそれを早くに言わないんだ」
「わかってるって思ってたし」
「あ~~。司君とお客を迎えに行ってる場合じゃなかったんだ。あんな奴だって知ってたら、もっと注意していたのに。何もされなかっただろうな?」
父とそんな話をしていると、藤堂君が2階から下りてきて、キッチンに来た。
あれ?なんで2階に行ってたの?まさか、あの例の女の子たちと今まで、一緒にいた?!
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
父の怒りを感じたらしく、藤堂君が聞いてきた。
「司君。明日から、あの本田ってやつから穂乃香を、守っていてくれないか」
「は?」
藤堂君は声を裏返した。え?なんで驚いているの?
「客の送り迎えは、あいつを連れていく。買い出しもあいつを連れていくから、とにかくあいつがもう、穂乃香に言い寄らないよう、注意していてくれないか」
「…あいつ、言い寄っていたんですか?」
知らないでいたのっ?!
「ああ、チャラそうな男だと思っていたが、母さんもいるし、大丈夫だろうと思っていたのが間違いだった」
「……」
あ、藤堂君の顔、怖いんですけど。
「わかりました。ちゃんとあいつから、結城さん、守ります」
藤堂君は低い声でそう言うと、父はほっとした顔になり、
「頼んだよ。いろいろと頼んで申し訳ないけど、司君は信頼できる男だって、そう思っているから」
と藤堂君の肩をぽんぽんとたたいた。
「はい」
藤堂君は小さくうなづいた。
…えっと。待って?
お父さん、藤堂君は私の彼氏だって知ってるよね?いろいろと頼んで申し訳ないって、なんだか変な言い回しじゃない?
彼氏なら、他の男が言い寄ってるのを阻止するのが当たり前だろ。しっかりしろ!ぐらい言ってよ。ちょっと…。
あれ?彼氏だってこと、ばれてるよね?
藤堂君とは付き合ってるんだよ?知ってるよねえ?
なんだか、ちょっと不安になってきちゃったな…。




