事情
〖フィシア視点〗
「それが私たちがカラズを攻める理由でもあるのだけど・・・。とにかく、琉斗ってあなたが呼んでる人はまず助からないと思っていた方がいいわね。なんで即死じゃなかったのかが不思議なくらいよ。あなたに渡した解毒薬は本物の解毒薬だけど、この矢の毒には効果はほぼない。」
「・・・」
「まあ、もしかしたら耐性があって回復するかもだけど。しばらく耐えていたようだったし・・・。」
琉斗・・・。
そうなることを心から祈る。
初めて仕えた人だから。
それに、男の人だからどうしても抵抗はあるけど、男性恐怖症の私を気遣って適度な距離でいてくれる優しい人。そんな人が死んだら、そういうことに無頓着な私でも嫌だ。
そして何より、エミュリアちゃんの悲しむ顔が見たくない。
まだ会って少ししかたってないけど、琉斗と一緒にいるときとか、琉斗について話してくれるときの表情やその内容から、琉斗のことが本当に好きなのがよくわかる。実際にそう言ってた。
もし琉斗が死んでしまったら、どんな顔して会ったらいいのか分からない。
「さてと。こんなことを言っておいてなんだけど、あなたに頼みたいことがあるの。一時的に私たちの仲間にならない?」
私は普段あまり怒らないほうだけど、これには驚きよりも怒りを覚えた。
あまりに傲慢すぎる。
「・・・私がそれに従うと?」
殺気を込めて言った。
琉斗がほぼ殺されかけているのに、それはない。
女の人は私の放つ殺気に少し驚いたようだったけど、それを正面から受け止めて、さらに私に向けて殺気を放ってきた。
「跪きなさい。」
「!?」
なんで!?
女の人にそう言われた途端、勝手に体が動いて、まさに跪く形となった。
「解除。」
しばらくそれが続いた後、そう声が聞こえた。
体が自由になり、その場に座り込む。
「いい?その魔道具は隷属の魔道具。あなたは私たちに逆らうことはできない。・・・そう、なんなら、あなたを慰み者にしてもいいのよ。今のあなたは隷属の輪が付いて天使みたいで、犯したい男ならいくらでもいるんじゃない?」
その言葉を聞き、一気に表情がこわばったのがわかる。
「それに、私たちがあなたの仲間を死にかけさせているけど、あなたは私たちの仲間を何人も殺したでしょう?先に仕掛けたのが私たちのほうなのは確かだけれど、あなたが私たちに怒っているように、私たちもあなたに怒っているのよ。失った仲間はこちらの方が多い。それを何もしないでいるのだから、まだ優しいと思いなさい。」
・・・。
殺意を持ってしまったけど、今の私は魔法が使えない。
魔法が使えないというだけで八方ふさがりなのに、隷属の魔道具を付けられているとなると全く相手にならない。
つまり、今の私は完全に無力。
しかも捕まったのは盗賊。
これが敵の軍隊とかだったなら捕虜の扱いは規則があるはずだからまだ安心できるけど、盗賊だと何されるかわからない。
・・・帰りたい。元の世界に帰りたい。
家臣としてあるまじきことだけど、逃げてしまいたいと思った。
「ふふ。」
どうしてか、女の人が笑った。
私が戸惑っていると、
「いえ、ごめんなさい。あまりにも反応が素直過ぎて面白くって。あなたって無表情キャラっぽいのに顔に出やすいのね。」
「・・・?」
女の人の雰囲気が元に戻った。
「あなたは私たちの仲間を殺したから、私たちの中にはあなたを恨んでる人も多少はいるでしょうけど、私はそうでもないの。完全に許すことはできないけどね。」
「そう、なの?」
「ええ、さっきはあなたの立場を示すためにああ言っただけで、実際にそうするつもりは全くないわ。私だって女だし、そんなことはさせたくない。それに、レ・サーベル盗賊団は人さらいをしないことで有名なのよ?盗賊として強奪することはあっても、抵抗しなかったら危害は加えない。結構知られていると思うのだけど聞いたことない?」
そうなんだ、全然知らなかった・・・。来たばっかりだし。ていうかこれは人さらいじゃない?
「それで、落ち着いて聞いてね。私はあなたの力を借りたい。カラズを落とすのを手伝ってほしい。」
「・・・どうして?」
私に手伝われないと落とせないぐらいなら、他の街にすればいいのに・・・。何か理由がある?
「事情があるのよ。少しついて来て。」
「・・・?分かった。」
どこに?というか、ここはどこ?
女の人に連れられて外に出た。
・・・すごい人。
私がいたのは、木々に囲まれた場所だった。地面はジュクジュクだけど、雨は止んでる。
少し高めの場所で、遠くを見るとカラズの街の灯りが見えた。もう夜だった。
私は人の多さに圧倒された。
見える範囲でも100人はいる。
けど、大人数の盗賊とは思えないぐらい静かだった。
一瞬私たちに視線が集まったけど、すぐに元に戻る。
「ここにいるのは私の部隊よ。みんな誠実なほうだから大丈夫だとは思うのだけど、あまり夜一人で歩かないようにね。あなたは少し可愛すぎるから。隷属の輪があまりにも似合ってるわ。・・・あっ、まったく嫌味で言ったわけじゃなくって、天使みたいでってことだから。」
「・・・ん。」
そんなに?と疑問を感じたけどコクっとうなずいた。
「これは本当に本心よ。少し嫉妬しそうなくらい。」
一瞬詰まったことに気づいたのか、そう言ってきた。
「・・・ありがと。」
そんなに言われると、敵だけど少し照れる。
「ふふ。少し歩くわよ。」
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「ここ?」
「ええ、ここだと見晴らしがよくて説明がしやすいから。」
私たちが来たのは山の高めのところにある大木。今は2人ならんで木の上に登って座ってる。
「ええっと、まずは自己紹介からね。私はレ・サーベル盗賊団副頭、アイリーユよ。」
!副頭なんだ・・・。
「そんなに驚く?」
一瞬で驚いたことがばれた。
「ん、ごめん。そうは見えなかった。」
盗賊団の副頭ってもっとこう、怖い男の人だと思ってた。
「いいわよ。別に気にしないわ。確かに女で副頭っていうのは珍しいわよね。あなたは?」
「私はフィシア。15才。魔法使い。琉斗のk――」
琉斗の家臣と言いそうになって何とか言いとどまった。
私的には家臣だといっても問題ないと思うけど、本当に大丈夫なのかわからない。少なくとも、琉斗が特殊な人だということは知られる。もしかしたら、召喚人だということまで推測されるかも。
そう考えてると、アイリーユから予想外の言葉がきた。
「恋人?」
「ち、違う。」
「あらそうなの。じゃあ片思い中?」
「それも違う!」
「ふふふ。そんな焦らなくてもいいのに。」
アイリーユが笑ってくる。ニヤニヤと。
む・・・これはミフリーが悪い。初恋の人になるかもなんて言うから・・・。
全くそんな気はないけど、少し動揺してしまった。
「まだ気になり始めたぐらいってとこかしら?まあ、いいわ。話がずれてたわね。ええっと、知っていると思うけど、あの明るいところがカラズね。」
アイリーユが指をさしながら説明しだした。
「で、カラズの右の奥の方にある森林地帯にハーロウ帝国軍が潜伏しているわ。」
!!帝国軍が!?なんで?
「あそこがさっき私たちがいたところ。私の部隊ね。でその右隣がロロ、左にイリェの部隊がいるわ。一番カラズに近いところには、予定ではヒイスの部隊だったのだけど、後方と入れ替わってピリスの部隊。あ、ヒイスの部隊にはフィシアは近づかないほうがいいわね。あと、ハーロウ帝国軍に近いところにクワンの部隊がいるわ。全部で二千人と少しね。」
「そ、そんなに?」
あまり詳しくは知らないけど、盗賊団で二千人は破格の人数だと思う。
それに、ハーロウ帝国軍がいるとなると、本当にカラズが落ちるかもしれない。
「ええ。いつもよりだいぶ多いわ。・・・さてと、本題に入りましょうか。なぜカラズを落とさないといけないのか。それは、」
「レ・サーベル盗賊団頭、カインがハーロウ帝国軍に捕まっているから。」
え!?
「捕まったのは2週間ほど前。私たちは最近はこっちの魔王国側ではなく、帝国側で活動してたの。いつも通り街道を通る隊商を襲ってたのだけど、運悪く、その隊商が罠で帝国軍だった。ただ、罠だったことは今までも何回かあったから、普通に逃げ切れると思ってたのだけど、その時は違った。」
そう言って私のほうを見てくる。
「あの毒矢が私たちを襲ったの。どうしてもかすることぐらいはあるからね。次々と仲間が倒れだした。みんな即死だったわ。」
そう語るアイリーユの表情はとても悲しそうだった。
「それを見たカインが毒系の魔法属性の人だけを集めて殿をした。だから私たちは逃げ切れたけど、カインは帰ってこなかった。」
「それから数日たって、帝国の人間が私たちのところに来て、こう言ったの。『頭を捕らえた。解放してほしいなら、カラズを落とせ。』ってね。無理だって答えたのだけど、帝国軍も攻める、それにこの毒矢があるからって聞いてくれなかった。それで、頭を助けるためにもう引退した人とか、仲のいい小さな盗賊団の人も来てくれたの。」
「それで私を・・・」
「ええ、私はあの人を助けるためだったら何でもする。力を貸して、フィシア。そうしたらあなたの主もできるだけ助かるように治療するわ。」
・・・そんな理由があったんだ。
「でも、本当に解放してくれる?」
疑問に思った。
盗賊相手だったら平気で嘘つきそう。
「そうね・・・そこはわからないわ。嘘の可能性も十分にある。だけど、正面から帝国軍と戦っても、その間に殺されたらなんの意味もなくなってしまう。だから、こうするしかないの。」
確かに・・・。
「・・・分かった。協力する。だけど、カラズの中に知り合いがいるから――」
「ああ、そこは心配しないで。倒すのはカラズの兵士だけ。それも抵抗する、ね。民間人には絶対に手出ししないと誓うわ。」
琉斗は魔人ではなく勇者。だから魔王側を攻撃しても大丈夫なはず。
カラズの人には悪いけど、私にとっては琉斗の命のほうが大切。
私はレ・サーベル盗賊団に協力することにした。




