油断
「陰なるた――」
ヒンッ
「―――て!」
ちっ、間に合わなかったか。
陰なる盾をフィシアの障壁が張られた方向に急いで出したのだが僅かに間に合わず、何かが俺の左頬をかすめていった。
鋭い痛みが走る。
ドドドドッ
キキンッ
俺の陰なる盾とフィシアの障壁――ではなく氷の盾に矢のようなものが数本突き刺さった。
妙な形の矢だ。普通の矢とは異なって、矢羽根を除くすべてが1つの素材からできており、黄ばんだ骨にところどころ黒ずみが付いたような色をしている。それに、普通は空気抵抗を無くすためにまっすぐにしてある、矢じりと矢羽根をつなぐ部分がギザギザになっていた。
フィシアはその奇妙な矢を見ていたが、視線を矢が飛んできた方に戻し、収納から杖を出した。
フィシアが障壁が張られていることに気が付いたのは俺より後だったはずだから、フィシアは俺より速く盾を出したということだ。
さすがは魔法科主席というところか。・・・というか今詠唱してたか?
疑問を感じたが、今気にするべきはそれではない。
俺も雨で見えにくくなっていたため陰眼を発動させ、矢が飛んで来たほうを見つめる。
「おっ、なぁかなか勘が鋭いじゃないかぁ。最初の得物にしてぇは上等だなぁ。」
1人の男が山の方向から出てきた。
そのあとに続いて、さらに何人、いや何十人もの人が現れる。
山賊か盗賊といったところか?かなり大規模なグループだな。ん?あのマークは・・・。
それらの人々は全員何かしらの武器を持っており、服には真っ赤な刀が1本描かれている。
ならず者にしてはきれいな服だ。
俺たちに矢を放ってきた者たちは木の上でこちらに向けて矢をつがえていた。
指定盗賊団レ・サーベル。最近はあまり目立った行動はないと書かれていたんだが・・・
【指定盗賊団】
大規模な盗賊団で、国から危険視されているもの。グループ内の主要な人物には懸賞金がかけられていることもある。
俺たちの前に代表して現れたのは大きな戦斧を肩に担いだ魔獣人の男だ。
俺たちのほうを見てニヤニヤと笑っている。
「よう、気分はどうだぁ?」
俺たちのほうへ近づいて来た。
「最悪な気分、とまではいかないがいきなり矢を射られていい気分ではないな。」
俺は陰なる祝福をまとわせた刀をその男のほうに向けながらそう答えた。
すると、男は意外だとでも言うような表情をした。
「どうした?」
「・・・いや、なんでもない。珍しいやつもいるもんだ。」
?
なんのことを言っているのかわからないが、明らかに俺たちに殺気を放ってきている。
「お前、人間か?」
「答える必要があるか?」
種族は原則として聞かないことにこの世界ではなっている。どの種族かということを大っぴらに明かしたくない人もいるからだ。いわゆるマナーというものである。
俺はどちらかというと種族を明かしたくない派。
理由としては、ここ魔王国では人間はほとんどおらず、目立つのを避けたいからだ。
しかし、たいていは見た目で種族はわかる。耳や尻尾、翼や肌の部分には種族の特徴が大きく表れるからだ。
だから俺はいつもローブをかぶっている。そうすれば多少はわかりにくくなる。
あと単に、俺がローブが好きだからだというのもある。なんとなく安心感があるし、動きやすく、汚れても気にならない。
「いやぁ、ただの俺の興味だ。そっちは虫人か?なかなかきれいな顔立ちだなぁ。」
殺気を放ってきているのにいまだ攻撃してくる気配はない。
ええーと、ここで俺が考えないといけないのは・・・なぜレ・サーベルのような大規模の盗賊団が、ということだ。
俺たちは別にレ・サーベルの縄張りに入ったわけではないし、そもそもレ・サーベルは縄張りを持たないことで知られている。縄張りに入っていたのならば襲われるのは当然といえばそうだが、今回はそうではない。
そして、これほどの規模となると、小さな街だったらものによっては落とすことができる。
実際、レ・サーベルは過去にいくつかの守備の弱い街を落としている。
俺たちのような普通の(実際は違うが)冒険者が狙われる理由がわからない。
ここはハーロウ帝国のほうではなく魔王国の内側のほうであるためすぐ近くに小さな農村があったが、そこが目的とも思われない。ただの農民たちが住んでいるだけの、ほとんど何もない村だった。
いったい何が目的で・・・
「・・・琉斗、どんどん人が増えてる。早くした方がいい。」
「そうだな。」
このまま考え続けても意味はないし、相手が多くなるだけか。
さらに山のほうから続々と人が増えていっている。
「フィシアは奥のほうを攻撃。俺はあいつの相手をする。」
「ん。」
フィシアのほうの負担が大きいが、フィシアの力を見るのにはちょうどいいだろう。それに、いくら大雨とはいえ、俺のナンバースや魔力銃は大きな音を出し過ぎて、近くの村の人や、最悪の場合盗賊団のさらなるメンバーを呼び寄せてしまうかもしれない。フィシアでも目立つかもだが、俺よりはましだろう。
俺は目の前にいる男のほうへ一歩近づく。
後ろでフィシアの雰囲気がガラっと変わった。
いつものぬいぐるみを抱えているときとは全く比べ物にならないほどの、冷たいオーラを放っている。
それを見てか、盗賊たちの顔も真剣な顔に変わり、より殺気が込められる。
男も戦斧を攻撃態勢に持ち替えた。
もう一歩近づく。
キィーン!
まじかっ!
俺は陰なる移動で男の背後に立って斬りかかったのだが、とても戦斧だとは思えない速さでこちらに対応してきた。
それに、陰なる祝福をまとわせた刀が止められた。今までになかったことだ。
「砕!」
まずい。
俺は理性ではなく本能でそう感じ、陰なる移動でフィシアの隣に逃げる。
ダァーン!!
・・・今までのどの敵よりも強いな。
「げほっ。」
俺は少し血を吐いた。
間に合ったつもりだったが、少し当たったらしい。
衝撃波に近いような攻撃だ。
俺がさっきまで立っていた場所の後ろの木が何本も粉々になっている。
「琉斗、大丈夫?」
フィシアが心配してくれた。
「ああ。フィシアは・・・おお。さすがだな。」
俺は陰なる回復をしながら粉々になった木々の後ろを見てそう言った。
「ああ?不滅属性の戦斧がもう刃こぼれしてらぁ。妙な刀だな。」
そう言った男が戦斧から顔を上げて固まった。
「・・・は?」
男の後ろには誰一人いなくなっていた。
正確には、生きている人が、だ。死体はある。
「ん、あと1。」
フィシアがそうつぶやく。
フィシアが相手をした(フィシアの的になったと言うべきかもしれないが)人達は、尖った氷に貫かれていたり、雷か炎系の魔法で焼き殺されていたり、何かで首がスパーンと切り落とされていた。
しかし、今回も詠唱が聞こえた覚えはない。
あとで聞いてみるか。というかナンバースと魔力銃なしだったら完全に俺より強いな。
「おいおい、嘘だろ・・・?」
男はまだ現実を受け止められないという感じだ。
「フィシア、俺が相手したあいつはたぶん別格だ。」
「分かった。」
俺はもう一度斬りかかろうと男に向かって走り出した。
男がなぜか上を向いて立っている。
何か口元を動かしていたようだが、雨で視界が滲んで何と言っているのか分からない。
フィシアの氷魔法が男に向かって撃たれる。
氷の速度は俺の走る速度よりも速く、俺はその氷を盾にしながら正面から行く。
・・・・ん?
俺は何か違和感を覚えた。
ガシャン!
ドォオオン!
男が思いっきり戦斧を氷魔法にぶつけ、その勢いのまま地面に叩きつけた。
氷は粉々に砕け、地面もひび割れる。
俺はそこから飛びのいた。本当は斬りかかるつもりだったが、何かが引っ掛かった。
「・・・くそがぁ。ちくしょうがぁああああああああ!!」
「・・・うるさい。」
・・・はは。
大雨を吹き飛ばすような大声を上げたのに対して、フィシアがそうぶった切る。
「・・・俺の責任だ。これじゃ頭に申し訳が立たねぇ。」
男の纏う魔力が一段階上がったように見えた。
普段魔力は周りから見えないが、実際に魔法を使うときには魔力を纏う人が多い。そうした方が速く、より強力な魔法を使うことができるからだ。ただ、魔力を纏っている間は少しずつ消費されていくので注意が必要。
「男は殺す。女・・・いや魔女は頭のもとへ連れていく。頭はこういうのは好きじゃねぇが、仲間を殺した罪を償ってもらおう。」
仲間を殺した罪って、盗賊が何を言ってるんだか。
「・・・魔女じゃない。」
フィシアがそう小さくつぶやいていた。
男が大きく戦斧を横に薙いだ。
また衝撃派のようなものが飛んでくる。
フィシアは虫人の透明な羽を使って上空に回避し、俺は陰なる移動で男の後ろに逃げ、突きを放とうとした。
だが、
くっ!
雨で視界が滲んで狙いが定まらず、横に避けられてしまった。
突きの際にできる横腹の隙に戦斧が襲い掛からんとする。
運よく足が滑り、何とか避けられた。
その刹那、フィシアの火球が何十発も男に撃ち込まれたが、戦斧を俺への勢いのまま火球へ振り上げ、すべて吹き飛ばされる。
これは、完全にいわゆる暴走状態だな。それに戦斧の技術力が高い。魔法属性は壊とか砕とかだろうが、戦い方によく合っている。俺の刀じゃ、陰なる祝福をまとっていたとしても正面からだと意味がないな。
俺は転んだ状態から素早く立ち上がり、距離をとる。
時間をかけて魔力切れに持ち込ませるべきか?俺とフィシアの連携の練習にもなるし、俺の刀の技術を上げる練習もできる・・・
俺はそう考えながら、陰なる投剣を投げて男に向かって再び接近した。
今回は陰なる移動ではなく、投剣に続いて走る。
男がこちらの攻撃に気づき、戦斧を振る。
俺はそれを読んで直前で軌道を変えた。が、すべて破壊されてしまった。
どうやら範囲攻撃型らしい。
もはや戦斧というよりもハンマーを振り回しているようだ。
しかし、フィシアの猛烈な攻撃が男の背後から襲う。
雨で分かりにくいが、氷と水、それと雷の3属性を混ぜ合わせたような魔法だ。氷塊の周りに水が渦巻き、そこを電気が流れている。
男は左腕に魔力を込め、それにぶつけた。
戦斧が間に合わないという判断はいい。ただ、雷属性の魔法を腕で受けたのは失策で、電流が全身に走る。
フィシアが予想以上に戦い慣れている。これなら―――
俺は陰なる移動で男の戦斧を持つ右腕の下に潜り込む。
「ぐぁっ!」
男がうめき声をあげた。
―――普通に勝てるな。
男からボトリと腕と戦斧が落ち、その場に膝をついた。
腕から噴き出す血を浴びないように男の背後に移動する。
「さてと、」
首筋に刀を当てる。
「なぜ、俺たちを襲ってきたのか教えてもらおうか。」
「くそっ、負けかよ。」
「ふぅ。琉斗お疲れ。」
フィシアが上から降りてきて木にもたれかかる。
いつもの柔らかい雰囲気に戻っていた。
「フィシアもお疲れ。」
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それから男は全く渋ることなくその理由を話してくれた。
レ・サーベルはカラズを攻める計画を立てているらしい。
カラズは城塞都市であり、そこらの都市とは比べ物にならないほど堅固な城壁がある。それを落とそうというのだからなかなか大きな計画だ。
この男はレ・サーベルの腕であり、まっすぐ進んでカラズの少し手前で全部隊が合流する手はずになっていたため俺たちとぶつかった。
腕とは頭、副頭に次ぐ地位であり、グループ内で5人だけだそう。
どうりで強いわけだ。
ただ、ここで1つ疑問点がある。
「なんでカラズなんだ?もっと攻め落としやすい街はあるだろう?」
「へっ、魔王国民がそんなことをいうのかぁ?」
俺は召喚人だから魔王国民になったのはつい最近だし、俺は一応勇者だからどちらかというと盗賊団の味方に――いや勇者だとしても盗賊は敵か?
どの立場に立ったらいいのかよくわからない。
「頭も別にのり気じゃなかった。でかい街ほど仲間が死ぬからなぁ。ただ、少し事情があった。」
「事情?」
「ああ、そうだ。・・・っ。」
「どうした?」
「いやぁ、なんでもない。琉斗だったか?お前は何者なんんだ?どう考えてもそこらにいる低級、中級冒険者とはちげぇ。上級冒険者だったら名前を聞いたことぐらいあるはずだ。なのに俺はお前のことを聞いたことがない。」
それはそうだろう。繰り返しになるが、俺がこの世界に来たのは最近だし、目立たないようにしているからな。
「それにその魔女もだ。お前よりよっぽどそっちの方がおかしい。虫人自体ここにはほぼいねぇはずだし、魔法が規格外だ。」
「・・・・魔女じゃない。」
フィシアがそう、さっきよりも小さい、ほぼ聞き取れないぐらいの声でそう言っていた。
「ま、こっちにも事情がある。答える理由はないな。」
「ちっ、そうかよ。」
「もう一つ聞きたいことがある。お前が言っていた不滅属性とはなんだ?」
属性付きの武器は普通にあるが、不滅属性は聞いたことがない。
「ああ、聞いたことねぇか?まぁ、珍しいしな。どれだけ使いまくっても絶対に壊れないってやつだ。損耗具合で切れ味は落ちるがな。そこの紋章みてぇのがその証だ。」
俺は刀を男の首に当てたまましゃがんで戦斧をよく見た。
ん?
確かに男の戦斧には特殊な紋章のようなものが持ち手にあった。見ようによっては頭蓋骨のようだ。
ただ、何か変だ。
俺は何かを感じた、戦斧の隣を見た。
そこには水たまりがあった。俺が映っている。
違和感
何か違和感がある。先ほども感じたものだ。
特に奇異なものが映っているわけではない。
ただ、何かがおかしい。
何が――
俺の左頬から血が出ている。
シャシャン
鈴の音が鳴った。
「・・・え?」
「!!」
男がいた場所にフィシアが現れた。
俺は木にもたれかかってきた状態のままのフィシアを何とか受け止めようとしたが、なぜか足に力が入らず、そのままフィシアが俺の上に乗る形で倒れこむ。
いったい何が・・・
「フィシア、大丈夫か。」
「・・・ごごご、ごめん。」
フィシアがかなり緊張した様子で起き上がる。
無理もない。突然転移し、男の俺に半ば抱き止められる形になったのだ。
「いや、大丈夫だ。」
俺はふらつきながら何とか立ち上がる。
「おいおい、遅いぜ。」
男がフィシアがいた木の下にいた。誰かに向かって話しかけている。
「何を言っているの。これでもか・な・り急いだのよ?」
木々の奥から1人が見えてきた。
すらりとした長身に、フィシアほどの輝きはないがきれいな銀髪のロングヘア。たぶん狼の獣人で、女だ。男を全く見ずにこちらを警戒しながら歩いてくる。
男と親しげに話していることから盗賊団の者であることがわかる。
フィシアのオーラが再び冷たいものに変わる。
周りを見ると、盗賊団の新たなメンバーに包囲されていた。全く気付いていなかった。
俺も臨戦態勢をとる。
しかし、体全体に力が入りにくく、視界がぼやけている。
少しずつ平衡感覚も狂ってきている気がする。
体の調子がおかしい。熱か?
「へぇー。あなたが冒険者2人にやられるなんてね。」
「ただの冒険者じゃねぇ。特に女のほうはやばい。お前同等かそれ以上かもしれねぇ。」
「本当に?って聞きたいけど、そのようね。でも、戦い方が間違ってたんじゃない?だって、男の方には当てたんでしょ?」
「そうだな。つーか早く回復してくれねぇか?そろそろ死にそうだ。」
「え?なん―――!!」
ここで女が初めて男のほうを見た。
「早く言いなさいよ!!なんて怪我・・・。回復役連れてきてないわよ!!」
「まじかよ・・・」
女の顔が蒼白になっていた。ような気がする。
視界のぼやけがよりひどくなっていく。
ガクッ
「琉斗!?」
俺はほぼ倒れこむようにして座り込んだ。
「ゲホッ、ゴホッ!」
俺は血を吐いた。
これは・・・
「・・・なんで!?回復が効いてない・・・」
フィシアが回復してくれているが、あまり効果がないようだ。
「ねぇ、あなた!」
女がフィシアに話しかけている声が聞こえる。
「回復が使えるんでしょ?取引をしない?」
「・・・取引?」
「ええ、あなたはヒイスを治療する。その代わり、」
左頬が疼く。
体の感覚がなくなってきた。
ゲホッ
また血を吐く。
「私たちはあなたに解毒薬を渡すわ。その男、毒矢に当たったんでしょ?」
毒、か・・・
視界が暗転した。
現在テスト期間中なので遅くなりましたが、週一では投稿したいと思っています。




