エミュリア(2)
〖エミュリア視点〗
とうとう私の番がきました。
私の開始価格は白金貨10枚。
奴隷の身からすると命の売買だから安いと感じてしまいますが、奴隷としてはかなり高値です。
会場はすごい人です。
私は淡い期待を抱いて全体を見回します。
はぁ、いなさそうですね。
特徴的な真っ黒のローブは見当たりませんでした。
せめて、希望通りになりますように!
そう祈りました。
「No.164!出品者はニヴェ様。エルフの少女です!」
司会者が私の紹介をします。
「両親が敵国のスパイだったため3年前に奴隷落ち。今まで出品されたことはなく、魔法属性は圧縮。ランクはDで魔力量は250。買い取り希望先は食堂や食材屋、もしくは宿屋の雑用だそうです。ただ、声が出せないそうです。」
「開始価格は10からです!」
さあ、どんな人が買ってくださるのでしょうか。
「15。エルフを手に入れる機会はそうそうない。絶対に手に入れる。」
最初の人は最前列にいる中年の男の人でした。
「私は20だ。きれいな髪色だ。それに顔もかなりの美形。成熟したらなかなか・・・。」
2人目も前のほうに座っている男の人。
どちらも貴族の人でしょう。
ん?どうして貴族の方が私を?
「30!40!どんどん上がります!」
私の疑問は晴れないまま、どんどん値段が上がっていきます。
どういうことでしょう?私はエルフで珍しいかもしれませんが、大した労働力にはならないはずなのに。それにどうして男の人ばかり?
私はここで気が付きました。
なぜか会場の後方の人たちから憐みのような視線を感じます。
「ふふふ、あの子なら将来店1番の娼婦になれる。80で。」
「いや、あれはわしの妾にする。90じゃ。」
「いい!ほしい!100だそう!」
え、今なんて・・・?
「あーあ、やっぱりか。さすがにそうなっちまうよなー。」
「そうだよなー。だってエルフであの見た目だしなー。」
「ま、今までも同じような子は見てきたけど、普通の女の子がいきなりはかわいそうと思ってしまうよ。」
「嘘つけ!お前いっつも入りたての子ばっか選んでるじゃないか!」
ステージの裏方の人がそう話しているのが聞こえてきました。
・・・嘘。そういう、こと?え?・・・え?
私はだんだんと理解し始めました。
ですが、頭がその現実を受け入れようとしません。
全身が冷えていく感覚があり、足が震え始めました。
い、いやだ。なんで・・・・?
「110!120!おお!まさかの150がでました!・・・160!!」
白金貨160枚。信じられないような価格です。
しかし、入札しているのは貴族の方たちと娼館の関係者ばかりです。
どうして・・・?工場でも何でもいいから、誰かちゃんとした仕事で雇ってくれる人はいないの?
「よろしいでしょうか?」
司会が最終確認の声を発します。
これで誰もいなかったら私は娼館に買われてしまいます。
嘘だ。こんなのは夢だ。どうして、どうして、どうしてこんな目に。里を追い出され、逃げ回り、挙句の果てに両親は殺されて。奴隷として生き延びたはいいものの娼婦?ふざけないで。こえもでなくなって?なんでなの。どうして誰も助けてくれないの。
「では、160で――」
いやだ。いやだ。そんなの両親と一緒に殺された方がよかった。いっそのこと自殺する?無理。そんなことこの首輪が許してくれない。
いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。
「トレード。170。」
どこか不気味な声が聞こえました。
声が聞こえたほうを見ると、赤っぽいローブを着た人のようです。
おそらくは冒険者。
トレードとは、自身が持っている何らかのものと交換するということです。
トレードで入札した人が最高金額だった場合、2番目の人もともに受け渡し場に行き、その場で、そのものが、提示した金額の価値があるものであるかどうかが判断されます。
認められたら物々交換、認められなかったら2番目の人が買い取ることになります。
状況は何も変わっていません。
多くの人の相手をするか、1人の相手をするか。
「よろしいですね。落札です!では170のトレードの方と160の方は後ほど受け渡し場にお越しください。」
いやだ。いや・・・。
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私は受け渡し場に連れていかれました。
私は今どんな顔になっているのでしょうか。
きっと青ざめて、絶望に染まっていることです。
恐怖、後悔、憎悪、そんな感情が入り混じっているかもしれません。
すべてのオークションが終わり、私を買おうとした2人がやってきました。
まずは赤っぽいローブの男の人。
フードを深くかぶっており、顔が全然見えません。
もう1人は女の人です。
さすが娼館の関係者で、とてもきれいな人でした。
優先はより高額を提示した赤っぽいローブの人です。
ニヴェ様は他の人の対応があるので、オークションの別の職員の人が対応します。
何でしょうか。
何やら周りの人が話しています。
「おい、あの槍。あいつタガじゃねぇか?」
「うわっ!本当だ。エルフの子もついてないな。一番ダメな奴だ。どんな扱いになるか・・・。」
「そうだなぁ、今まであいつが買った奴隷って全員死んでるしなー。何やったんだろうな。」
「おい、あんたたち。あんま大きな声で話してると本人に聞かれるよ。」
「うそ、エルフ買ったの封魔のタガじゃん。」
「かわいそ。」
「ほんとにね。あいつともめたパーティーってことごとく姿を消してったらしいし。」
・・・。
私はもう何も考えられなくなっていました。
「それではあちらの部屋で鑑定いたします。」
「分かった。」
やはりどこか人間味のない不気味な声です。
私は職員と赤ローブの人とともに部屋に入りました。
「これがトレードするものだ。」
そう言って細長いものを机に置きました。
どうやらトレードするのは槍のようです。
「槍ですか・・・。どういった能力が?」
「俺が封魔と呼ばれている所以となるものだ。一定範囲内のギミックの使用を禁じる。」
「ほほう!それでは実際に試させいただきます。発動方法は何でしょう?」
「地面に端を打ち付けると発動する。」
「それでは外に出て確かめてまいります。その能力が本当なら、トレードは確実でしょう。しばらくお待ちください。」
職員が槍の能力を確かめるため、外に出ていきました。
部屋には私と赤ローブの人の2人きりです。
しばらく沈黙が続きます。
ええと、せめて扱いがましになるように機嫌を取らないと・・・。でも、声が出ないから何もできない。どうすれば・・・。
私は何か書くものはないかとあたりを見回します。
すると、赤ローブの人が首のあたりから何かを取り外したように見えました。
「ん”ん”、この変声石はいまいちだな。どこか人間味がない。まるでロボットの声だ。それにのどが痛くなる。」
さっきまでとはうって変わって、人間味のある、少し低めの声が聞こえてきました。
聞きなれない単語が混ざっています。
えっ?声が変わった?というかどこかで聞いたことがあるような・・・?
私は思わず見つめます。
ですが、やはり顔はフードの影になっていてほとんど見えません。
「ん?どうかしたか?」
⦅い、いえ!なんでもありません。って、声が出ないんだった・・・。⦆
そう、私が口をパクパクしていると・・・
「そういえば声が出ないんだったな。それであの時も口パクだったのか。」
私は少し落ち込みました。
声が出なくなったのは3年も前のことですが、やっぱりちゃんと声を出したいと思ってしまうのです。
ん?あの時も?どこかでお会いしたことがあったのかな?
「なぁ、1度ゆっくりと口パクで話してみてくれるか。」
え、ええっと?
「口の動きから何を言っているのか把握できるか試してみたい。」
そんなことができるの?
私は半信半疑でしたが、やってみることにしました。
というか私は奴隷なので、言われたらやるしかありません。
なんで命令じゃないのかな?口調が思っていたより優しい?
⦅わたしはエミュリアです。12才です。⦆
自己紹介をしてみました。
少しの間を挟んで、
「私はエムリアです。12才です。で合っているか?」
!!
私はびっくりしました。
⦅エ・ミュ・リアです。⦆
少し違うかったのでもう1度ゆっくりとやってみました。
「ん・・・?エミュリア、か?」
私は大きくうなずきました。
名前を呼ばれたのは久しぶりです。
「そうか。やっぱり似た口の動きの言葉を見分けるのは難しいな。」
そう冷静に分析していました。
なんだろう。怖い人だと思っていたのに安心する。それに、やっぱりどこかで聞いたことがある声・・・。
「あ、ちなみに俺が声を変えていたことは職員の人には黙っていてくれ。」
⦅あ、はい。分かりました。⦆
何か事情があるのでしょう。
そういわれた直後、足音が聞こえてきました。
赤ローブの人はもう1度首元に何かを取りつけました。
「お待たせいたしました。能力のほう確かに確認させていただきましたので、トレードが認められました。」
「そうか、それは良かった。」
前の不気味な声に戻っていました。
「それでは奴隷印を刻むものをお選びください。あっ、ご自分でお持ちのものから選ばれても大丈夫です。」
「そうだなー。」
そう言って私のほうを見てきます。
しばらく無言が続きます。
そんなに悩むところなの?
「あのー、お客様?」
無言に耐えられなくなった職員が声を掛けました。
「悪い。それじゃあ・・・。」
ローブの中から何かを取りだしました。
「これで。」
私は驚きでポカンと口を開けてしまいました。
奴隷印を刻むものとして出されたのはとてもきれいなネックレスだったのです。
紫色の宝石が付いています。
「・・・。」
職員の人も驚いています。
普通は奴隷商側が用意したような、なんの装飾もない金属の首輪です。
こんなきれいなネックレスを付けている奴隷は見たことがありません。
「これでいいか?嫌なら別のに、するが。」
なぜか途中で言葉を詰まらせながらそう私のほうを向いて行ってきました。
まるで、頭痛がした時のように。
え!?私?私が選んでいいの!?
「これ以外だったら・・・。」
選択肢として出されたのはどれも惚れ惚れするようなアクセサリーばかりです。
私は、この人の奴隷になるというのに、いつの間にか明るい気持ちになっていました。
じっくりとどれがいいか考えます。
でもやっぱり・・・。
私は結局最初に出されたネックレスを選びました。
「分かった。これでよろしく頼む。」
「おっ、お客様!?これは本日のオークションで落札されたものでは!?」
!?
「ああ、そうだが。何か問題でも?」
何事もないかのように言いました。
どうしてそんな高級なものをくれるのかな?いや、奴隷だから所有者は変わらないけど・・・。とても怖がられているような人には思えない。
「そうですか・・・。いえ、特に問題ありません。それでは奴隷印を刻みますね。」
これで、私のご主人様が決まりました。
============================
「・・・。」
私たちは受け渡し場から出ました。
うぅ、なんでご主人様無言なんだろ・・・?さっきもそうだったけど、ちょっと頭が痛そう?
ご主人様は先ほどから沈黙しています。
そして、たまに頭を押さえています。
⦅あ、あの!⦆
私はローブをくいっと引きました。
「ん?」
⦅あたま、いたいんですか?⦆
口パクでそう伝えました。
「ああ、そういえば何も話していなかったな。別に頭が痛いわけじゃない。ただ、ちょっと睡眠不足と頭の中がうるさいだけだ。」
ご主人様はこれで分かってくれます。
今は声だけは不気味ですが、やはり悪い人には思えません。
私は会話できる喜びを感じます。
頭が痛いわけじゃなくてよかったけど・・・頭の中がうるさいってどういうこと?
「とりあえず宿に戻る。」
そう言って私の肩に手を伸ばしてきました。
私は身を固くしました。
宿に戻るということは男女の交わりをするということでしょう。
やっぱり、そうなんだ・・・。怖い。悪い人じゃなさそうだって安心して忘れていたけど、私は男の冒険者に買われたんだ。目的は決まっている。だけど、やっぱり怖いよ・・・。
私たちは一瞬で宿の中に移動しました。
!!。すごい。場所を移動するギミック。
「一応帳をおろしておくか。」
驚いていたのもつかの間、私は再び恐怖に襲われました。
口の中が緊張でからからになっています。
帳をおろしたのは音が外に聞こえないようにするためでしょう。
怖い・・・・。
ご主人様がローブを脱ぎました。
え?
私は見たものが信じられませんでした。
これは夢?そんな・・・。こんなことが、あっていいの?
ご主人様がこちらを向きました。
首元から何かを外します。
「よ、覚えてるか?この街に来る途中、一応お前を助けたことがあるんだが・・・。」
もちろんです・・・。忘れるわけがありません。・・・りゅうと、様!
「えっ、ちょっ!?」
私は涙を流しながら、嬉しさのあまりその場に座り込んでしまいました。
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「えっと、悪い。俺に買われたのそんなに嫌だったのか?」
琉斗様は鈍感なのでしょうか。
これがうれし涙だと分かっていないようです。
私は全力で首を横に振ります。
「ん?じゃあなんで・・・?まあ、いいか。とりあえずお前を買った理由を説明するぞ?」
私は呼吸を整えながら、耳を傾けます。
うれしい!琉斗様が買ってくれたなら別にどんな理由かなんてなんでもいいけど・・・。確かになんで今だったのかな?
「お前を買ったのは、まあ、単純にかわいそうだと思ったからだ。オークションに来るまでは一切買うつもりはなかった。」
うっ・・・。
一切というのはちょっと、いえ、結構ショックです。
「で、なんで買おうとなったかというと、お前以外の奴隷はちゃんとした仕事のところに買われるか、2回目以降の奴隷だったが、お前は今まで奴隷として働いたことはないと聞いたからだ。娼婦や性奴隷になるのはあまりにかわいそうだった。一度助けたからな。どうせなら最後まで助かってほしいと思った。」
やっぱり、琉斗様は優しい。好き。
「あとは・・・境遇だな。・・・両親が殺された痛みは俺にもよくわかる。」
え・・。それって。
「あ、やっぱさっきのは、なし。気にしないでくれ。」
琉斗様は寂しさと何か強い感情があるような表情をしていました。
「それで、本当なら服とか買いに行ったり、あとは体を洗わせてやりたいんだが・・・ちょっと明日でいいか?」
琉斗様は少し感覚がずれています。
普通は奴隷のために服を買ったり、お風呂に連れて行ってくれたりしません。
「これからのこととか俺がどういう立ち位置なのかとか、伝えておくべきことはたくさんあるんだが、今は本当に眠たい。昨日は1時間も寝ていないんだ。許してくれ。」
私が許すも何もありません。
ですが、ここで反応をしないと私が許さないと言っているようなものなのでうなずきました。
「あとは、フレア。出てきていいぞ。」
琉斗様の左耳のイヤリングから、何か黒いものが出てきました。
⦅たましい?⦆
私は思わずそう口パクしてしまいました。
だって、そうとしか言いようがなかったのですから。
«だ・か・ら・違うからね!»
しゃべった!
«我が王!この子に優しすぎます!なんで私と全然違うんですか!»
「キャラ?」
«なっ。ひどいです!こんなひ弱なかわいい女の子なのに!»
「少なくとも弱くはないだろ?」
«いいえ!とは言えないですけど!!それにしてもやっぱり私の扱いが雑・・・。»
???
私の頭の上には?がたくさん浮かんでいることでしょう。
何が何だか全く分かりません。
「こいつの名前はフレア。俺の家臣«恋人です!»のようなものだ。」
???
琉斗様とフレアと呼ばれている人?の主張が異なっています。
「はぁ。説明は後々するから、とりあえず仲良くしてくれ。」
は、はあ。
⦅ええっと。エミュリアです。よろしくお願いします。フレア様?⦆
«ふんっ!よろしくねエミュリア。先に言っておくけど、我が王は私のものだからねっ!絶対に負けないから!»
むむっ。
⦅いいえ、私、負けませんから!⦆
«なっ!»
私とフレア様の間で火花が散ります。
「何でこう、めんどくさくなるんだか・・・。取り合えず俺は寝る。ベッドが1つしかないからエミュリアはそっちを使ってくれ。俺は床で寝る。ああ、掛け布団1枚はもらうけど・・・もし寒かったら遠慮なく俺を起こしてくれ。何か考える。」
えっ!そんな!琉斗様、優しすぎます!
«我が王!本気ですか!»
「ああ。俺は布団派だからな。」
«でも・・・。やっぱりなんかエミュに甘い。»
ん?エミュ?私のあだ名?つけるの早すぎない?
「文句はまた今度まとめて聞くから。とりあえず寝させてくれ。」
«分かりましたよ。おやすみなさい。»
「おやすみ。」
⦅おやすみなさい。りゅうとさま。⦆
私は名前の部分をゆっくりと口パクしました。
フレア様が私を見ている、気がします。
私もフレア様を見ます。
«我が王が優しいからって思いあがらないでよね!»
そう言われました。
どことなくフレア様が涙目になっている気がしました。
フレア様は琉斗様がつけていたイヤリングの中に戻っていきました。
琉斗様はもう眠られたようです。
かなり疲れていたのでしょう。
私も今日は疲れた。特に精神的に。
私は今日一日を振り返ります。
琉斗様も、もっと早く言ってくれてたらよかったのに。それだったらあんなに不安で怖い思いをしなかったのに。
私は琉斗様の寝ている布団を見ます。
掛け布団を敷布団の代わりにしていました。
琉斗様はその端っこの方で寝ています。
・・・。
少しぐらいなら、琉斗様に甘えてもいいですよね。
その日、ベッドは空いているままでした。
今までおかしいと思っていた方もいるかもですが、「――――」これの打ち方がやっと分かったので今までのも直します。
ついでに付け加えたいことやおかしいところがあったら修正するつもりです。
次回更新は10/29(水)予定です。




