山神
「少し話を聞きたい」
箱に入ったままの朱美に、左門は問いかけた。
「菱垣村の者だな?」
「……はい」
朱美は頷いた。
「ここは土地神を祀るにしては粗末な宮だが?」
信仰がなかったとは言えぬが、境内の様子からは、熱心に崇めていたとは思えない。
「この宮は、もともと岩神というこの宮の窟におわした神のもの。山神さまとは違うのです。山神さまは外つ國からいらした神で、この宮を仮住いになさっておいでです」
「その岩神とやらは?」
「山神さまの眷属に入られたとか。その辺の事情は存じません」
よそから来たものにせよ、岩神とやらが変異したものにせよ、もはやそれは『神』と呼べるものではなさそうだというのは、『気配』でわかる。
「その神とやらはなんと?」
「この地には妖気が漂っていると。この地の神が死んだ以上、山神を祀るほかはないと」
「神が死んだ?」
「この地では長年、村にある大樹を『御柱さま』と呼んで祀っておりました。それが数か月前、突然、裂けるように焼けてから、村は災厄が続いております。山に入った村人は帰らず、川の水位は低くなり、一つの井戸が枯れ、山には妖魔が住むようになりまして、家畜を襲うようになりました。先日は村の子どもが数名行方不明となり、村長が御柱さまにお伺いを立てたところ、新しき山神を祀れとのお告げがあったのです」
「なるほどな」
左門は顎に手を当てた。
村を護っていた『力』である『御柱』は、おそらくは山神との争いに敗れたのであろう。
土地の神が破れてしまったゆえに、村そのものにも被害がでている。
「山神は何を要求した?」
「食料と、花嫁を」
朱美は俯きわずかに震えた。
「そなたが選ばれた理由は?」
「……私は、みなしごで、このような時のために村長に養われておりましたから」
「なるほどな」
都会ではあまりないが、田舎の村などでは、『いざという時』に『供物』として供えるべく、養い子を育てることがある。そうでなくても、供物の条件が『村の娘』であるのなら、親族のいない使用人などの白羽の矢が立つことは珍しいことではない。
倫理的にどうかという話は別で、孤児がある程度安全に保護されて育てられる環境でもある。何事もなく成人して独立できる孤児もいるであろうから、彼女は運が悪かっただけとも言えるのかもしれない。
「それで、そなた、まだその箱から出られぬか?」
「……それは無理です」
朱美は頭を振る。
彼女にとって、『供物』になることは『使命』であり、生きるための『理由』であった。
「菱垣の村の者は彼奴を神と崇めようとしているのかもしれぬが、俺はこれから彼奴を倒す。かのモノは『神』ではない。禍つ神でもないのだ」
左門は言いながら、岩窟の方を睨む。
「少なくとも神の名を名乗るモノの領域に、これほどの瘴気が満ちるわけがない」
たとえそれが天に背く神であろうとも、人界にいる神であれば、神域は澄んだ神気に満ちるものだ。
「山神さまを、倒す?」
朱美の顔が恐怖に歪む。
「この地に満ちる災厄は、それで祓える。問題はあるまい。新たな土地神は、専門の者をよこそう」
「……あなたは、何を」
「本当ならば、そなたには、この場を離れてもらいたかったのだが、そろそろ時間が来たようだ」
左門は柄に手を当てて、岩窟の方を見る。
夜でもそうとわかる黒い靄が岩窟の中から噴き出し始めた。
「こうなった以上、そこから一寸たりとも動くな」
言うや否や、左門はひらりと拝殿の屋根の上に飛び乗った。
※あらすじ欄の、村の名前を変更しております。




