第88話 出発
「思った以上の規模だな」
「我がイスヴァールの技術力の象徴でありますよ」
ドックの中に入った俺は、完成した飛行船を見上げて息を呑んだ。
ベースはガレオン船か何かだろうか。
木製の船体はかなり大きく、百人ぐらいは運べそうだ。
元となったエルフの飛行船から考えると、十倍以上の規模感である。
たった数週間でよくこれだけのものを拵えたなと感心してしまう。
「どう、すっごいでしょ?」
俺が驚いていると、ミーシャさんが声をかけてきた。
その後ろからエリスさんも姿を現す。
二人とも、今までずっと作業をしていたのだろう。
眼の下にはうっすらと隈が出来ていて、少しお疲れの様子だ。
「ほんと凄いよ! よくこれだけの大きさのものを作れましたね!」
「ほとんどゴーレムのおかげよ。あと、大きく作ったというよりは大きくしか作れなかったのよね」
そう言うと、エリスさんは船の側面に刻まれた魔法陣を見た。
古代文字と竜言語で描かれたそれは、非常に複雑で俺でもパッと見ただけではよくわからない。
エリスさんはそのままそれに近づくと、軽く表面を撫でながら言う。
「これ以上小さくすると、魔力の流れが制御できなくなっちゃうのよね。エルフたちはより緻密に魔力の流れをコントロールする技術を持っていたようだけど、それを特定することはできなかったわ」
「いやいや、これだけできれば十分ですよ」
もともと、大量の物資を輸送するために開発したものなのである。
大きくなる分にはあまり困らないだろう。
むしろ、エルフの飛行船サイズで仕上がった方がよほど問題だったはずだ。
あれだとどう頑張っても五人ぐらいしか乗れなかったからね。
「大きさ以外にも、補助機関がないと浮かないって問題があるんだけどね。そこについてはマキナがいいものを開発してくれたわ」
船の甲板から生えている棒を指差すエリスさん。
棒の先端には捻じれた板がくっついていて、Tの字型をしている。
俺は装飾の一種か避雷針だと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「なんなんです、あれ」
「それについては、私が説明いたします」
「あ、マキナ!」
ドックの奥からマキナが姿を現した。
彼女は俺の前まで移動すると、スカートの裾を掴んで優雅にお辞儀をする。
「挨拶が遅くなりました。予想より到着が早かったものですから」
「いや、構わないよ。しかしすごいのを作ったもんだ」
「我が街の物流を担うものですので、これぐらいは必要でしょう」
「そうだろうけど、たった数週間でこれは驚くよ」
「ゴーレムの労働力をもってすれば、この程度は簡単です」
あっけらかんとした様子で答えるマキナ。
それに合わせるかのように、重作業用のタロスⅡ型が板材を運んできた。
これは従来のタロス型を一回り大きくし、金属製のパーツで補強したものである。
やや鈍重だがその分だけパワーがあり、造船のような力仕事にはうってつけだ。
これらのゴーレムをフル稼働させれば、大きな船の建造も楽々という訳か。
「タロスⅡ型の活用の他にも、いくつかの工夫がございます。ですがそれらについては、また今度ご説明いたしましょう」
「そうだね。いろいろ興味深いけど、今はそれよりもあれの方が気になるよ」
俺は改めて、甲板の上に伸びるT字型の物体を見た。
するとマキナは、軽く笑みを浮かべながら説明をする。
「あれはプロペラです。回転させることによって、下向きの風を起こして船の浮上を補助します」
「へえ……動力源は?」
「蒸気ポンプを改良した動力機関を利用しています。ご覧になりますか?」
「ああ、見たい」
「かしこまりました。ではこちらへ」
マキナの案内に従って、俺たちは飛行船の甲板へと繋がるタラップを上る。
こうして船に乗り込んだ俺たちは、そのまま船室の中へと入った。
そして今度は、船底に向かって階段を下りていく。
すると次第に、むわっとした熱気が漂ってくる。
「うわ、あっついな!」
「ここはやっぱ人間にはきついわねえ」
「あー、あつ……」
汗が噴き出るような暑さに、たまらず顔をしかめるエリスさんとミーシャさん。
すると後からやってきたツヴァイが、少し得意げな顔をして言う。
「私たちはこの程度、何でもないでありますよ。こういうところもゴーレムの利点でありますな」
「そういうツヴァイは、この飛行船の建造にはほとんど関わっておりませんが」
「マキナと私は一心同体、実質関わっているようなものであります」
「そういう解釈でいいのかな?」
そういうと、何とも言えない表情をするミーシャさん。
俺はさあとばかりに両手を上げた。
マキナとツヴァイの関係性については、まだ未知の部分も多いからな。
身体は別で頭脳を共有している存在というもの自体が、恐らく世界初だろうし。
「ここが機関室です。あちらの大型ボイラーで発生させた蒸気によって、あのプロペラを駆動します」
「へえ……こりゃすごいな!」
やがてたどり着いた先には、暖炉の化け物のような炉があった。
あんなのが据え付けられていれば、そりゃ暑いはずだよ。
炉からは無数の金属製のパイプが伸びていて、さながら血管のように船全体へと張り巡らされている。
「畑で使用しているボイラーと比べて、大幅な効率上昇に成功しました。これによってプロペラを動かし、船の浮上や姿勢制御などを行います」
「すごい仕組みだな。けど、これだけの熱を出すと火事が心配じゃないか?」
なにせ、船体は木造なのである。
空の上で火が付いたりしたら、あっという間に燃えてしまうだろう。
厨房で火を扱うだけでも細心の注意が必要なはずだ。
それをこんな巨大な装置で火を起こすなんて、ちょっと危なく思えてしまう。
すると、エリスさんが得意げな顔をして言う。
「この船の木材には、燃えないように術が掛けてあるわ。だからその点については心配しなくても平気よ」
「へえ……。もしかして、帝国の建築物に使われているっていう魔法ですか?」
「そう。よく知ってたわね?」
「帝国の技術についても一通りは勉強しましたから」
エンバンス王国よりいくらか進んでいるとされる帝国の技術については、俺も一通りは抑えている。
でも、木材を燃えなくする魔法は資料が手に入らなかったんだよな。
恐らくは、帝国が重要技術に指定して流出しないようにしているのだろう。
それを知っているとは、流石は元塔の賢者様である。
「ボイラーは既に温まっています。いつでも試運転できますが、いたしますか?」
「頼むよ! 飛ばしてみて!」
「ではツヴァイはここでボイラーの制御を。我々は操舵室へ参りましょう」
こうして俺たちは機関室を出て、甲板の上の船楼へと移動した。
やがてたどり着いた操舵室は見晴らしがよく、存在感のある舵輪がカッコいい。
さらにその脇には、船体に刻まれた魔法陣を制御するための水晶が置かれている。
「さっそく始動いたしましょう。浮上開始!」
微かな揺れと同時に、飛行船を拘束していた縄が次々と外された。
それと同時に、プロペラがゆっくりと回転を始める。
そして――。
「浮いたっ!!」
飛行船がとうとう、空へと浮かぶのだった。
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