第82話 目覚めた男
「……とうとう目を覚ましたか」
事件からおよそ二週間。
街の復興もおおよそ完了したところで、治療院にいたシェグレンさんが目を覚ましたとの連絡が入った。
いったいなぜ、彼はあのようなドラゴンになっていたのか。
どうして、このイスヴァールの街を破壊したのか。
俺はすぐさま、報告をしてきたツヴァイとともに彼の元へと向かう。
「気を付けるのであります。この街を破壊した男です、何をするのかわからないのであります!」
「ああ、わかってるって」
シェグレンさんは治療院の地下に設けられた病室にいた。
いや、病室というよりは監獄というべきか。
街を破壊した人を普通の病室に入れておくわけにもいかないので、完全に隔離された専用の地下室を用意したのだ。
その壁や床は頑丈な特別製で、入り口のドアも分厚い鋼鉄製。
さらにコボルトが一人、つきっきりで監視をしていて異変があった時はすぐに連絡が行くようになっている。
「ご苦労様です、ヴィクトル様!」
「シェグレンの様子はどう?」
「今のところ、大人しくしています!」
看守をしていたコボルトは、そう言うとすぐにドアを開けてくれた。
たちまち殺風景な地下室と粗末なベッド、そしてその上で横たわるシェグレンさんの姿が目に飛び込んでくる。
「……領主さんかい」
俺の姿を見たシェグレンさんは、力のない声でそう言った。
既に彼には、おおよそ何が起きたかの説明はしてある。
様子からして、街を破壊したことに自責の念でも感じているのだろうか。
「何があったんですか?」
「……今さら何を言っても言い訳になる。さっさと処刑でも何でもしてくれ」
「真相がわかるまでは、何もしませんよ。だから教えてください」
「……あんた、自分の街を破壊されたって言うのにずいぶん冷静だな」
「ここで怒りに任せたところで、何にもなりませんから」
何かしらの事情があったとはいえ、イスヴァールの街を破壊したシェグレンさん。
一歩間違えば大惨事になっていたであろう事態を引き起こした彼に対して、俺としてもいろいろと思うところはある。
しかしだからと言って、その感情をぶちまけたところで何にもなりはしない。
ここは心を押さえ、彼から事情を聴くことでしか前進しないのだ。
すかさず、脇に控えていたツヴァイも言う。
「シェグレン殿、我が身を恥ずかしいと思うのならば事情をすべて説明するのが一番なのでありますよ」
「そうです、教えてください」
「…………魔人王の使いにやられた。しかも、連中の背後には屍人王もいる」
「それはつまり、魔人族と死霊族が組んでいるってことですか?」
「組むってほど深い関係かは知らないが……。俺を拘束したのは魔人王の使い。で、飲まされたのは屍人王の血だ」
屍人王の血?
初めて聞く単語に、俺ははてと首を傾げた。
それぞれの意味は分かるが、一体どのような代物なのだろう?
「屍人王の血って、どんな効果があるんですか?」
「知らないのか? あれは濃密な穢れた魔力の塊、俺みたいな竜人が飲めばたちまち凶悪な竜に先祖返りってわけだ」
「なるほど……」
「んで、屍人王が第三者に血を取られるなんてへまをするわけがない。まず間違いなく自分から提供したはずだ」
いよいよ厄介なことになってきたな……。
魔人族と死霊族、二つの勢力がこのイスヴァールを狙ってるってことか。
今のうちに、しっかりと防御を固めていかなければ大変なことになりそうだ。
こうして俺たちが深刻な顔をすると、さらにシェグレンさんが言う。
「……悩んでるようだが、さらに付け加えておくぜ。俺にこの街へ行くようにって言ってきたのは、小鬼王の使いだ」
「三つの勢力が、この街を狙ってるってことですか」
「ああ。だが、どこもすぐには手を出してこないだろう」
「どうして、それがわかるのでありますか?」
「自分で言うのも何だが、先祖返りした俺は相当な強さだったはずだ。それを打ち破るほどの勢力を攻めるとなれば、相応の戦力がいる。六王同士睨み合ってる今の現状で、それだけの戦力をどこも簡単には準備できねえはずだ」
三竦みならぬ、六竦みの構図が仇となるってわけか。
とはいえ、王同士が連携しているのだ。
同盟を組んで一気にここへ攻めてくるなんてことも考えられる。
「これは厄介なことになったのでありますよ。いったん、全員を集めて今後の街の方針を決める会議を開くのであります!」
「そうだな。とりあえず、人間メンバーは全員とコボルトの有力者も集めようか。サルマトさんが次に戻ってくるのはいつ?」
「一週間ぐらいで戻るはずであります」
「じゃあ、その時に合わせようか。それから……」
俺はゆっくりとシェグレンさんの手首を見た。
そこには鋼鉄で出来た頑丈な手錠がはめられていた。
街を荒らした存在なのだから、このぐらいはして当然ということなのだろう。
「そこのコボルト君。えっと、名前は?」
「ブブムです!」
「じゃあブブム君、あとでシェグレンさんの手錠を外しといて」
「い、いいんですか!?」
「ああ。あと、シェグレンさんにも会議には出てもらう。そこでより詳しい話を聞かせてもらうからね」
こうして、街の今後を決める重要な会議が開催が決まったのだった。




