第49話 大量生産
「……まさか、来て早々に賢者様が移住を決意するとは。しかも塔を辞めるなんて、本当に良いのですか?」
驚いた顔でサルマトさんがエリスさんに尋ねた。
すると彼女は、何のためらいもなく頷く。
「構わないわ。もともと白の塔に入ったのは最先端の研究がしたかったからだし。それならここの方がよっぽどいい仕事ができる」
「ですが、塔を辞めると賢者の称号もなくなりますぞ」
「そこへのこだわりはないから。権威とか便利に使ってたけど、無いなら無いで困らないしね」
エリスさんは実にあっけらかんとした顔でそう言った。
賢者を辞めることに、本当に何のためらいもないようである。
思い切りがいいというべきか、何というべきか。
心の底から、魔法の研究にしか興味が無いんだろうなぁ。
俺もゴーレムの研究は大好きだから、気持ちは分からないでもないけど。
「そう、ですか」
「いっそサルマトさんもこの街に住んじゃったら? 開発途上の街なんて、商人にとっては宝の山でしょ」
「それはそうですが、流石に賢者様のようにスパッとはいきませんなぁ」
後頭部を掻きながら、苦笑するサルマトさん。
しかしその表情は柔らかく、この街の印象は悪くないようである。
……ここはひとつ、相談してみるか。
「サルマトさん、ひとつご相談なんですが」
「なんですかな?」
「あなたの商人としての経験や腕を買って、ある取引をこちらに出来るだけ有利な形でまとめて欲しいんです」
俺がそう持ち掛けると、たちまちサルマトさんの顔つきが変わった。
彼はそのまま、俺を値踏みするように厳しい眼を向けてくる。
「ある取引とは? 内容を教えてもらえませんと、回答できかねますぞ」
「この大樹海に住むエルフ族から、巨大な魔石を購入したいんです。既にある程度まで話は進んでいるんですけど、俺たちの仲間は商売の経験が無くて。このままだと相手の言い値で買うしかない状態なんですよ」
「ひょっとしてそれ、マキナさんの改良に使う魔石?」
「ええ」
俺がそう答えると、エリスさんはふむふむと頷いた。
そして、どこか期待するような眼をサルマトさんへと向ける。
わずかながら圧を掛けられたような格好となったサルマトさんは、やれやれと肩をすくめた。
「仕方ありませんな……。ですが、当然ながら報酬はいただきますぞ」
「ええ。ただこの街は、もともと自給自足でやっててあまりお金がないので……。できれば物納だと助かりますが」
「それなら、ゴーレムを貰ったら?」
「いや……これほどのゴーレムだと逆に扱いに困りますな。売り先を限定しなければなりませんし、売りさばくのには相当な時間が……」
腕組みをして唸り始めるサルマトさん。
どうにも、俺のゴーレムがあまりにも希少すぎて逆に扱いに困るらしい。
そういうことなら、輸出用に廉価版でも作るか?
帝国の武器とかも、他国に売っているのは基本的に旧式品らしいし。
するとここで、マキナが言う。
「……では、この街と交易をする際の特権などではいかがでしょうか?」
「それは魅力的ですな。大樹海の中ほどにある街ならば、いろいろと優れた素材が取れることでしょう!」
「ではさっそく、いくつかサンプルをお見せしましょう。ついて来て下さい」
こうして俺たちは部屋を出て、そのまま研究所に付設された倉庫へと移動した。
ここはこの地で採取されたありとあらゆる素材が集められる場所である。
それだけに巨大で、石造りの重厚な建物はさながら要塞のよう。
運搬用のゴーレムが出入りするため、大きく作られた扉は威圧感すらある。
「ずいぶん大きいですな! この中に素材が?」
「はい」
そう言うと、マキナはゆっくりと扉を押し開いた。
たちまち薄暗い倉庫に光が差し込み、中に置かれていた素材が照らし出される。
モンスターの毛皮や牙はもちろんのこと、お山で取れた鉱石や木材に至るまで。
雑多な素材が棚ごとに分けられ、大量に保存されていた。
それを見たサルマトさんの目が、みるみるうちに驚きに染まっていく。
「なんという数と質……!! これだけのものを売りさばくことが出来たら、我が商会は……!!」
棚に積まれた素材を次々と手に取って確認しながら、目を輝かせるサルマトさん。
俺はここで、さらに畳みかけるように言う。
「研究所で開発した武具などもありますよ。見ますか?」
「ええ! お願いします!」
こうして俺たちは、倉庫のさらに奥にある武器庫へと向かった。
ここは、ゴーレムたちに持たせる武器がしまってある場所である。
中に入ると、たちまち大量の槍や剣が目に入る。
「これはなかなか……すごい数ですな!」
「槍と剣、それぞれ三百本ずつあります。ゴーレムを使って大量に生産したものなので、品質はそれなりと言ったところですが」
「材質は?」
「メインは鋼鉄で、刃の部分にだけミスリルを使用してます」
俺がそう言うと、サルマトさんはうんうんと満足げに頷いた。
一流の商人である彼の目から見ても、それなりの品質には達しているらしい。
「それならば、槍一本につき金貨三枚は取れますな。これをどのぐらい生産できるんです?」
「材料さえあれば……月に三百本ぐらいは行けるかな?」
「通常業務を行いながらでも、五百本は可能です」
マキナがサラッと俺の言葉を修正した。
へえ、今そこまで工房の規模って拡大してたんだ。
デメテル型の数を増やし、さらに改良も進めているから当然と言えば当然か。
するとそれを聞いたサルマトさんの顔がにわかに強張る。
「五百本……この品質のものをですか?」
「ええ」
「…………先ほどの話、ぜひお願いいたします。それから、いずれこの街に支店を出せるようにも致しましょうぞ」
サルマトさんはそう言うと、ゆっくり手を差し出してきた。
俺はその手をしっかりと握りしめるのだった。
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