第47話 レベル八十の少女
「レベル八十……?」
にわかには信じがたいほどの高レベル。
俺はすぐさま、荷物持ちだと紹介された少女の顔を覗き込んだ。
そばかすの目立つ顔は健康的な小麦色で、可もなく不可もなく。
鼻がやや低く、あまり印象には残らない感じだ。
服装もこれといった特徴が無く、はっきり言って存在感は薄い。
とても、アリシアさんたちを大幅に上回るような達人には見えない。
「レベルって? 何か新しい概念?」
「強さを表す基準です。エリス様の場合、レベル七十三ですね」
「え、それだと私よりあの子が強いってこと!?」
流石に驚いたのか、エリスさんも大声で叫んだ。
そしてサルマトさんの方を向き、すぐさま尋ねる。
「あの子を雇ったのはあなたよね? どういうこと?」
「荷役を捜していたところ、知り合いに紹介されまして。信頼のおける人物だったので、私の方では特に素性の調査などは……」
高まる疑惑。
容赦のない視線が少女に集中した。
するとここでさらに、マキナが言う。
「あの少女の顔、完璧に左右対称で不自然です。恐らく、何かしらの外科的手法で人為的に整えられたものかと」
「整形ってやつ? 帝国の一部の医者がやってるとか聞いたことあるわね」
「この顔は生まれつきです。わざわざ整えるなら、もっと美人にしますよ」
ここで、これまで黙っていた少女が反論した。
言っちゃ悪いが、彼女の顔は十人並み。
明日には覚えていなさそうなぐらいである。
どうせ整えるのならば、もっと美人にするはずだろう。
……いや、待てよ。
「……わざとそういう顔にしたんじゃないか? 目立たないように」
「そう言えば、私は職業柄、人の顔を覚えるのは得意な方なのですが……。彼女の顔だけは何故か全然覚えられませんでしたね」
「いよいよ怪しいわ」
「そんなことありません。もともと影が薄いだけです」
「じゃあ、何でそんなにレベルが高いの?」
「もともと冒険者をしていたからです。でも、毒を受けて満足に動けなくなったので今は荷物持ちをしているんですよ」
そういうと、少女は袖をまくって古傷を見せた。
そこには蛇か何かに噛まれた後が、はっきりと残っていた。
肌の一部が蒼く変色していて、何とも痛々しい。
……うーん、とっさの嘘にしてはよくできているな。
前線を退いた人間が荷役を務めるというのも、よくある話だ。
あまりにもレベルが高いが、ひょっとしてなくはないのか……?
そう俺が思い始めた時だった。
「……墓穴を掘ったわね。その蒼い傷跡はポイゾナパイソンの噛み傷。暗殺者が毒への耐性を付けるために良く用いる種だわ。そしてこの蛇の生息地ははるか大陸の南方だから、自然に噛まれることはまずあり得ない」
そう言い切ると、懐から杖を取り出すエリスさん。
自身よりレベルが高いと聞いているせいだろう、その顔はかなり焦っていた。
サルマトさんも同様に、緊迫感のある顔をしながら背中のハンマーに手を掛ける。
一方、少女の方は不思議と落ち着き払っていた。
「……流石は賢者様、知識の幅が広いですね。しかし、このタイミングは好都合」
「どういうこと?」
「賢者様の魔法も、この距離では詠唱が間に合わないでしょう。サルマト様のハンマーも天井が邪魔をして振るえません。そして、ヴィクトル様はとても戦えるようには見えませんね」
周囲を観察し、自身の分析を述べる少女。
彼女はそのまま、視線をマキナとその後ろにいたランスロット型に向ける。
「そこのゴーレムも、使用人がちょうど邪魔になってすぐに動けないでしょう。五秒もあれば、私の勝ちです」
少女はそう自信満々に語ると、懐に忍ばせていたらしいナイフを取り出した。
たちまち、ナイフの刃が黒く染まっていく。
あれはいったい……なんだ……?
俺が嫌な気配を感じると同時に、エリスさんが叫ぶ。
「まずい、呪毒よ! あれに触れたらだめ!!」
「もう遅い!」
前傾姿勢を取り、一気に飛び出してくる少女。
――速い!!
俺の眼には一瞬、少女の姿が消えたようにすら見えた。
刹那のうちにエリスさんと距離を詰めた彼女は、そのまま首筋をめがけて切りつけようとする。
見惚れてしまいそうなほど、洗練された無駄のない動き。
エリスさんは抵抗することもままならない。
だがその直後、金属質な音が響く。
「なっ!?」
「一秒で私の勝ちでしたね」
いつの間にか、マキナの腕が少女のナイフを弾き飛ばしていた。
あまりの速さに、少女もマキナの姿を捉えることが出来ていなかったのだろう。
たまらずカッと目を見開くが、すぐさまマキナから距離を取る。
「……まさか、こんな伏兵がいたとは思わなかった」
「隠れていたつもりは全くないのですが」
「でもここまで。あなたは死ぬ」
冷静な口調でそう告げると、少女は自身のブーツへと手を伸ばした。
そしてそこから、今度は針のような武器を取り出す。
レベル八十もあるだけあって、一流の人材であるらしい。
不測の事態に備えて、予備の武器をいくつも携帯しているようだ。
「くっ! このままじゃ! ……って、あれ?」
「……平気なのか?」
「ええ、まったく」
皆が心配する一方、マキナは普段と変わらない様子でそういった。
そして、ナイフを受け止めた腕を軽く振ってみせる。
腕にはかすり傷一つなく、呪毒の痕跡など微塵もない。
「あり得ない。どんな生物でも確実に仕留められるはず」
「私は生物ではありません」
そういうと、マキナはガチャガチャと自らの手首をいじって取り外した。
その人間ではおよそあり得ない異様な光景を見て、ようやく少女はマキナの正体を察する。
「まさか、ゴーレム……?」
「はい。ついでに言っておきますと、私のレベルは五百二十です」
そのまま一気に、少女を捕まえようとするマキナ。
少女は素早く身を捻って逃れようとするが、彼我の圧倒的なレベル差はいかんともしがたいようであった。
マキナはあっという間に少女の身体を押し倒し、そのまま地面に押さえつけた。
そして――。
「し、信じられない!!!! すごすぎぃっ!!!!」
何故か、何の被害も受けていないエリスさんがぶっ倒れるのだった。
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