第126話 落下!!
「まずいですね、魔石が切れそうです」
「やっぱ無理やり改良したのがいけなかったかぁ……」
「いけなかったか、じゃないですよ!」
「そうしないと間に合わなかったから、仕方ないでしょ」
大樹海のはるか上空。
空飛ぶ船の上で、俺たちは激しく言い争いをしていた。
緊急事態ということで、一刻も早くイスヴァールに戻るべく聖樹商会から空飛ぶ船を借りたのだが……。
速度を上げるために改造したことが原因で、魔石の魔力が切れかけていたのだ。
魔力の使い過ぎによって、一時的に魔力が枯渇してしまう現象である。
「一旦、マキナさんの魔石から魔力を供給したら?」
「それは難しいです。現在、魔力のリソースはほぼすべてツヴァイに割り当てられていますので」
「ええ? それって、またヤバい敵が現れたってこと?」
「小鬼王です。介入は想定していましたが、想像を上回る怪物でした」
おいおい、それはまた大変なことになったな……!
ツヴァイは素の状態でもレベル五百を超えるんだぞ。
王とはいえ、それをゴブリンが超えるってどういうことだよ。
「倒すのにどのぐらいかかりそう?」
「……わかりません」
マキナの返答は、どこか弱弱しいものであった。
能力の低下が態度にも少し表れているようだ。
そんな普段とは違う彼女を見て、アリシアさんが言う。
「しっかりしてくれ。マキナ殿らしくないぞ」
「失礼しました。ですが、小鬼王の討伐時間を算出するのは非常に困難です」
「うーむ、どうにか持たせるしかないということか……。エリス殿、あなたが魔石に魔力を入れるわけにはいかないのか?」
「できなくはないけど、かなり効率が悪くて焼け石に水というか……」
「お願いします」
渋るエリスさんに、俺はすぐさま頭を下げた。
マキナの能力が下がっている現状、一番頼りになるのは彼女である。
すると彼女は、仕方ないとばかりに肩をすくめていう。
「……やるだけやってみるわ。みんなも手伝って」
そう言うと、エリスさんは皆に手を握るように促した。
魔法使いのミーシャさんだけでなく、その場に居た全員である。
魔法に馴染みのない俺やガンズさんは、たちまち怪訝な顔をする。
「俺たちもか?」
「ええ。人間ならだれでもある程度の魔力は持ってるから」
エリスさんにそう促され、俺は彼女と手を握った。
……思ったより、柔らかくてあったかいな。
予想外の感触に俺がドギマギすると、急に脱力感が襲い掛かってくる。
「うぅっ!?」
「無理やり魔力出してるから。ちょっと苦しいけど、我慢して!」
「ちょっとって……かなり気持ち悪くなってきたぞ、おい……」
「吐くなら外!!」
エリスさんに怒鳴られて、ガンズさんは船縁から身を乗り出した。
俺も結構苦しいが、背中を丸くしてどうにか粘る。
そうしていると、徐々に下を向いていた船首がわずかに持ち上がった。
俺たちの魔力を注ぎ込むことで、魔石の魔力が持ち直してきたらしい。
「……これで、墜落は回避できそうね!」
「ぐうぅ……マジやばいし……」
「ミーシャさん、大丈夫!?」
「ご、ゴブリンみたいな色ではないか!」
ミーシャさんの顔が、いつの間にかとんでもないことになっていた。
土気色とかを通り越して、ゴブリンみたいな色になっている。
……これ、大丈夫なのか!?
魔力どころか、生命力を絞り出してたりするんじゃないの……?
「魔力が多い人間ほど、無理やり魔力を絞ると身体に来るからね。しょうがないわ」
「しょうがないって、死にませんよね?」
「魔力絞られても、し、死にはしないから……平気だし……!」
「あっ!!」
自らの健在をアピールするため、手を上げたミーシャさん。
その身体がバランスを崩し、フラッと揺れた。
――危ない!!
危うく外に落ちかけた彼女を、近くにいたアリシアさんが即座に掴む。
「まったく! 何を考えている!」
「ごめん、意識が飛びそうになったし……」
「……確かにこれは苦しいな。エリス殿、まだ魔力は十分ではないのか?」
「まだ! 飛行魔法はとにかく燃費が悪いのよ!」
どうやら、まだ魔石は回復できていないらしい。
だがここで地上を見たガンズさんが言う。
「街だ! もうすぐ着くぞ!」
「やった! どうにか持ちそうだな!」
街が見えてきて、歓声を上げる俺たち。
ギリギリのところで、どうにかイスヴァールまでたどり着けそうだ。
しかしここで、エリスさんの身体がいきなり後ろにのけぞった。
「危ないっ!!」
とっさに俺とマキナが彼女の身体を支えた。
いつの間にかその顔は変色し、呼吸が乱れている。
「そうか、エリスさんも魔力を絞り出していたから……!!」
「どうする!? エリス殿が倒れた今、この船は――」
アリシアさんが声を上げた途端に、船が大きく揺れた。
そしてそのまま、一気に高度を下げ始める。
い、いったいどうすれば……!?
俺は慌ててミーシャさんを見るが、彼女もまたひどく動揺した顔をしていた。
「まずいし! 師匠じゃないと、他人から魔力を出してもらうなんて無理だし!」
「……覚悟を決めるしかないかもしれませんな」
ここで、これまで言葉を発さなかったサルマトさんが重々しく告げた。
けど、領主の俺がこんなところで死ぬわけには……。
考えろ、とにかく考えるんだ。
ここで思考停止したら、もうおしまいだぞ……!!
「……! ヴィクトル様、リソースが返却されました!」
「ほんと!?」
ここで、マキナが嬉しい報告をしてくれた。
能力の戻った彼女なら、どうにかなるぞ!!
「マキナ、魔力を魔石に流せる!?」
「可能ですが、既に落下速度が上がりすぎています。勢いを殺しきれません」
「最後はマキナが受け止めて!」
俺がそう言うと、マキナは力強くうなずいた。
彼女はすぐさま船の後部へと移動すると、魔石に魔力を供給する。
魔力が回復し、船の勢いが大きく削がれた。
そして――。
「はっ!」
いよいよ船が地面に墜落する寸前。
マキナが颯爽と飛び降りた。
彼女はそのまま見事に着地すると、大きく手を広げる。
その中に、船の先端が勢いよく突っ込んだ。
「ぐっ!!」
「マキナ!!」
「お任せください」
船体に比べて、マキナの身体はあまりにも小さく見えた。
しかし、彼女は勢いよく突っ込んだ船をがっしりと受け止めて離さない。
たちまち足が地面に食い込み、そのままめり込んでいった。
だが、流石はレベル五百オーバー。
そのままマキナは耐え続け、やがて船はゆっくりと地面に下ろされた。
「た、助かった……!!」
こうして俺たちは、どうにかこうにかイスヴァールの街へと帰って来たのだった――。
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