第125話 敗北者
「勝てぬ……だと……!?」
驚愕の表情を浮かべ、大きく揺らぐ小鬼王。
大樹海の頂点に君臨する六王。
その一角となって以来、小鬼王は初めて力の差というものを肌で感じた。
無論、他の六王の中には小鬼王よりも強大な力を持つ者はいる。
だがこうして直接、相対したのは初めてだったのだ。
「ウオオオオオォオオオ!!」
雄叫びを上げて、ツヴァイへと突進していく小鬼王。
――敗北を察して、破れかぶれになったのか。
ツヴァイはそう判断して、攻撃を受け止める構えを取った。
だがここで、ゴーレムの冷徹な予想をも上回る事態が起きる。
「……なっ!? 逃げるでありますか!?」
あろうことか、小鬼王はツヴァイの脇を走り抜けた。
すべてのプライドを捨てた、無様な逃亡である。
ある種、徹底的に自己のことしか考えないゴブリンだからこその決断であった。
王が崩れてしまえば、あとは脆い。
もとより、恐怖によって支配されていただけの群れである。
瞬く間に瓦解し、四方八方に勢いよく逃げ始める。
「逃がさないでありますよ!」
虚を突かれて、一瞬だが反応の遅れたツヴァイ。
しかし彼女は、その脅威的な脚力で小鬼王に追いついていく。
すると小鬼王はさらに驚くべき行動を取った。
手近にいたゴブリンたちを、投げつけたのだ。
まさに肉の盾。
ゴブリンは悲鳴を上げながら放物線を描き、ツヴァイのすぐ目の前に落ちた。
――グシャリ。
嫌な音と共に、生暖かい液体がツヴァイの頬にかかる。
「むっ!!」
時間稼ぎのために、ここまでするのか。
小鬼王の生存への執着は、ツヴァイの予想を大幅に上回っていた。
これによって思考が乱れるが、すぐに修正される。
――この醜悪な生物を一刻も早く駆除せねばならない。
さらに速度を上げたツヴァイは、とうとう小鬼王のすぐ後ろにたどり着いた。
そして小鬼王の背中を勢いよく蹴り飛ばす。
「グオアッ!!」
後ろからの衝撃に、小鬼王はたまらず膝をついた。
背中が割れて、血があふれ出す。
とっさに小鬼王は周囲から生命力を収奪して回復しようとするが、先ほどまでと比べると傷の直りが圧倒的に遅かった。
身体を覆う魔力も、どことなく弱弱しい。
「魔力数値および回復速度の著しい低下を認める。周囲のゴブリンとの距離的問題の可能性あり」
「……なんだ?」
どこか人懐っこさを感じさせたツヴァイの声と口調。
それが一変し、小鬼王は得体の知れない寒気を感じた。
これまで戦っていた存在は、いったい何だったのか。
小鬼王の中で、根源的な疑問と未知への恐怖が湧き上がってくる。
「検証。距離のさらなる拡大」
「……!?」
ツヴァイの身体が、小鬼王の懐へと潜り込む。
そしてそのまま、腹と胸を支えて巨体を持ち上げた。
小鬼王は手足をばたつかせて抵抗するが、もはやどうしようもない。
魔力が落ちたことで、ツヴァイとの力の差が出ていた。
――グォンッ!!
小鬼王自身が部下にしていたのと同じように、ツヴァイは巨体を放り投げた。
さらにそれを、待機していたゴーレムたちが受け止める。
ゴーレム同士ならではの無言の連携であった。
彼らはこうして受け止めた小鬼王の巨体を城壁付近と移動させていく。
そこは既に、完全にゴーレムたちの領域となっていた。
「創傷試験開始」
「ウゴアッ!?」
ツヴァイが小鬼王の身体に剣を突き刺した。
こうして小鬼王の足に正確な長さで刻まれた傷は、ほとんど治癒していかない。
ゴブリンからの収奪が出来ていない証であった。
「回復速度のさらなる低下を確認。魔力値も連動して低下中。当該個体の殺処分に支障なし」
ツヴァイがそう言い終わると同時に、ゴーレムたちが大剣を運んできた。
彼女はそれを手にすると、そのまま小鬼王の胸に突き立てようとする。
無慈悲に、冷徹に、正確に。
王の最期というのは、あまりにも静かな一撃が放たれようとした。
だがその瞬間、城壁を降りてくる者がいた。
「待て、待つのだ!!」
「……豚人王でありますか?」
割って入ってきたのは、あろうことか豚人王であった。
彼がなぜ、小鬼王の処分を止めようとするのか。
ツヴァイはわずかながらに人間性を戻して対応する。
「王を殺すという意味が、お前たちにはまだわかっていない! 非常に、非常に重要なことなのだぞ!」
「……それは、他の勢力に狙われるとかそういった話でありますか?」
「それもあるが、より根源的な話だ! 王を殺すということは……」
「んん?」
豚人王と会話をするために、視線を上げたツヴァイ。
その視界の端に、小さな何かが目に飛び込んできた。
たちまち目を凝らした彼女は、その正体を即座に察する。
「船……どういうことでありますか……?」
ツヴァイは即座に、マキナとの繋がりを回復させた。
途端に情報の波が流れ込んでくる。
瞬く間に処理されたそれらが示すのは――。
「ヴィクトル様!! いま場所を空けるでありますよ!」
よろよろと戦場の真中へと落ちてくる船。
ツヴァイは慌ててゴーレムたちを動かし、安全な空間を確保するのだった。
読んでくださってありがとうございます!
おもしろかった、続きが気になると思ってくださった方はブックマーク登録や評価を下さると執筆の励みになります!
下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしていただけるととても嬉しいです!




