第122話 王の猛進
「あれはもはや、小鬼ではなく大鬼でありますな」
咆哮する小鬼王。
その山のような体格と膨れ上がった筋肉は、小鬼の領域をはるかに超えていた。
充実した肉体から放たれる覇気も並のものではない。
気の弱い者ならば、相対しただけで圧倒されて気絶しそうなほどだ。
遠目で見ていたツヴァイにも、その異様な存在感がはっきりと伝わってくる。
「者ども、進め! 街を飲み込むのだ!!」
小鬼王の号令に従って、ゴブリンの軍勢が押し寄せる。
彼らは人間もゴーレムも関係なく、無差別に襲い始めた。
たちまち、ゴブリンは味方だと思っていた人間たちからは悲鳴が上がる。
「くそ、裏切りやがって!」
「最初からこれが狙いだったのか!」
両者が損耗したところに乱入し、漁夫の利をいただく。
それが小鬼王の描いた図なのだろう。
劣勢だった人間たちはもちろんのこと、それまで押していたゴーレムたちもゴブリンに飲まれていく。
「……あのゴブリンたち、妙に強いでありますな」
本来は農耕用で、戦闘にはあまり向いていないデメテル型。
それでも、体格の大きさもあってゴブリン程度には負けないはずだった。
しかしそれを、上位種でもないゴブリンたちが次々と撃破していく。
明らかに異常な光景であった。
そのからくりをどうにかして見破らなくては。
ツヴァイが目を凝らし始めたところで、いよいよ人間たちが限界を迎える。
「もうダメだ!! 俺たちはみんな死ぬんだ!」
「助けてくれ!! 大樹海なんて来るんじゃなかった!!」
ゴブリンの軍勢に押し潰されそうとする人間たち。
しかしここで、ゴーレムが彼らを庇う。
「なっ! どういうことだ……!?」
「なぜ、俺たちを……!」
「そ、そうか! やはり兄である私を守ってくれるんだな!」
ゴーレムが自分たちを守ったことで、たちまちヴィーゼルが調子に乗った。
小鬼王の咆哮によって意識を失いかけ、小便をこぼしていたのが嘘のようである。
彼はそのまま大きく胸を張ると、自らを守ったゴーレムに好き勝手命令し始める。
「黙らせるであります」
ここで、ツヴァイが命令を発した。
それに従って、ゴーレムがヴィーゼルの頭を強打して気絶させる。
今回、人間たちを助けたのはヴィーゼルのためでもなんでもない。
彼らを全滅させると大樹海への恐怖が人間たちの間で広まり、移住事業に支障が出る恐れがあったためである。
それを勘違いされてしまっては、うっとうしくもなるというものだ。
もし彼女が冷静なゴーレムでなかったら、うっかり始末していたかもしれない。
「一時休戦であります! 街に避難することを許可するでありますよ!」
ツヴァイの呼びかけに合わせて、ゴーレムたちが道を空けた。
閉ざされていた城門が開け放たれ、街へとつながる活路が開ける。
追い詰められた人間たちが生き延びるには、もはやそこに飛び込むしかなかった。
しかし、ゴーレムのことを本当に信用していいのかどうか。
疑心暗鬼が渦巻き、すぐには行動へと移れない。
するとここで――。
「殺す気なら、わざわざ街で殺す理由がない! 死体の処理は面倒だからな」
そう言って、ライリーが街への道に飛び込んだ。
かつて冒険者として、山賊狩りに参加した記憶から来る言葉であった。
それに経験豊富な兵士たちが同意し、次々と後を追う。
実戦経験のあるものほど、ライリーの言葉に説得力を感じたのだ。
一方で、貴族たちはみな及び腰だ。
「我々の身ぐるみをはがそうとしているのでは……」
「武具は高いですからな……」
末端の兵士と違って、彼らの装備品は非常に高価だ。
単に、これらをゴブリンに奪い取られたくないだけではないか。
そんな考えがどうしても脳裏をよぎるのだ。
財産を持つがゆえの、ある種当然と言ってもいい警戒感である。
だがここで、小鬼王が再び咆哮を上げる。
「逃がすな、皆殺しだ!」
「ひいいいぃっ!!」
容赦のないゴブリンの軍勢に、いよいよ押された貴族たち。
彼らもやむなく、ゴーレムたちが用意した避難路へと入っていった。
ゴブリンたちがそれを追いかけようとしたところで、ツヴァイが立ちはだかる。
「はぁっ!!」
――ドンッ!!
ツヴァイが掌打を繰り出すと、さながら爆音のような音がした。
およそ、少女の手から放たれたとは信じがたい音の暴力だ。
たちまち数体のゴブリンが吹き飛ぶ。
さらにその巻き添えを食って、十数体のゴブリンが倒れた。
その後もツヴァイの猛攻は続き、たちまちゴブリンの軍勢の一角が崩れる。
「お前がこの街の王か?」
「違うでありますな」
「まあいい、この我が直々に相手をしてやろう」
ここで、小鬼王がいよいよ前に出てきた。
そして大戦斧を構えると、いきなりツヴァイに向けて振り下ろす。
――ドゴォンッ!!
刃が地面に突き刺さり、爆ぜた。
間一髪のところで攻撃を回避したツヴァイは、感心したように目を細める。
「ますます、小鬼ではないでありますな。当たれば痛そうであります」
伊達に六王の一角ではない。
ツヴァイは改めて気を引き締めると、今度は自分から攻撃に移った。
白く細い手が伸びて、小鬼王の顎を下から突き上げる。
しかし――。
「我を子どもらと同じだと思うな」
ゴブリンたちをまとめて吹き飛ばした掌打。
それを喰らっても、小鬼王は平然とした様子であった。
ツヴァイは少々驚いたものの、すぐに切り替えた。
彼女は小鬼王の顔を見上げると、獰猛な笑みを浮かべて言う。
「どうやらこれは、殴っても良さそうでありますな」
「まるで手加減していたような物言いだな」
「その通りでありますよ」
そう言うと、ツヴァイは拳を固く握りしめた。
そして、小鬼王の腹に向かって渾身の一撃を繰り出す。
これまでの掌打とは異なる本気攻撃だ。
――ズウウウウゥンッ!!
重々しい衝撃音が響き、拳が腹にめり込む。
「ははははは! 我は王、無敵!」
小鬼王は不敵に笑うのだった――。
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