第117話 圧倒的勝利を
「……こほん! えー、大変なことになったのであります!」
ヴィクトルたちが留守の間、実質的な街の責任者となっていたツヴァイ。
彼女は街に残っていた主要メンバーを館に集め、大きく咳払いをした。
威厳を出したいのか、普段の彼女らしくない仕草である。
「何が起きたのだ?」
「イメラルダ殿の虫が騒ぎ出したので、取り急ぎ、私たちの方でも偵察用のゴーレムを出したのであります。すると、森の外からこの街に向かって軍が向かってきているのがわかったでありますよ」
ツヴァイの報告を聞いて、皆の顔が険しくなる。
独立を考えていたため、いずれエンバンス王国と事を構えるつもりではあった。
しかしまさか、いきなり軍がやってくる事態になるのは予想外だった。
「先日の襲撃が我々のせいだとバレたのか?」
「おそらくは、そうであります」
「だからと言って、いきなり軍を動かすのは考えにくいですな。普通は形だけでも使者を出すでしょう」
末席にいたロンが手を挙げて、意見を発した。
もともと貴族家の執事だったため、その言葉には重みがある。
……もっとも彼自身が新参者であるので、どこまで信用できるかは未知数だが。
立場もはっきりしておらず、どうにも怪しい人物であった。
「ひょっとすると、王国は俺たちのことを森に住み着いた盗賊団か何かだと思ってるんじゃないか?」
「……十分にあり得る話だな。ヴィクトル様が街づくりを成功させて仲間を集めた可能性より、樹海に潜んでいた犯罪組織に取り込まれたと考える方が自然だろう」
ガンズの言葉を受けて、神妙な面持ちで語るアリシア。
彼女はそのまま深くため息をつくと、鋭く目を細めて言う。
「王国は盗賊などとは一切交渉をしない方針だ。私も何度か、野盗の討伐に参加したことはあるが……あれは惨いものだ」
「で、でも! ヴィクトル様はあのシュタイン伯爵家の三男だし。いきなりそんな殲滅戦が始まるなんてことある?」
恐ろしい顔をしたアリシアに、ミーシャが反発した。
シュタイン伯爵家は王国国内でも武門として名高い家である。
当然ながら政治的な権力も大きく、三男と言えどもその直系が問答無用で討伐対象となるとは考えにくかった。
だがここで、ロンが重々しい口調で言う。
「だからこそでしょう」
「どゆこと?」
「盗賊として徹底的に殲滅し、何の痕跡も残さない。そうすれば、ヴィクトル様の関与を後でうやむやにできます。伯爵家からすれば、追放した三男坊が国に反する勢力を興したなど頭が痛いことこの上ないですから」
ロンの発言によって、いよいよ場の空気が重くなった。
しかし、このまま黙っていても事態は悪化するばかりである。
やがてガンズが手を上げて言う。
「かといって、このまま黙って殲滅されるわけにもいかねえだろう。敵の戦力はどのぐらいなんだ?」
「ざっくり三千程度であります。ただ気になるのが、ゴブリンの姿が見受けられることでありますな」
「ゴブリン?」
「ええ、ゴブリンたちが街まで先導しているであります」
ツヴァイの言葉を聞いて、それまで黙っていたコボルトたちの顔色が悪くなった。
街を潰そうとするゴブリンたちは、明らかに小鬼王の手先である。
もしも、人間の軍勢を凌いだ直後に小鬼王が侵攻してきたら――。
想像するだけでも恐ろしい事態であった。
「よりにもよって、ヴィクトル様たちが不在の時期に最悪の事態だな」
「だが、飛行船で出かけてるならすぐ戻ってこられるだろ」
「……それが、魔導王国に向かう途中で少し無茶な動きをしまして。魔導機関を整備する必要があるとか」
「あちゃー……。あれ意外と繊細だからね」
魔導機関の開発にも関わったミーシャが、やれやれと額を手で押さえる。
魔導機関はまだまだ新しい機構。
複雑な部品が数多く必要なこともあって、無茶をした後はほぼ必ず整備をしなければならなかった。
「戻ってこられるのは最短でも数日後でありますよ」
「そうなると、しばらくは俺たちだけで持たせなきゃならねえのか」
「いえ、戦力的には我々だけですでに十分であります」
焦りを見せる一同とは対照的に、ツヴァイは余裕たっぷりに断言した。
そしてそのまま、つらつらと戦力分析の結果を言う。
「まず、人間の兵士は問題にならないであります。レベルもせいぜい十五程度なので、押し潰していけるでしょう。小鬼王も問題なく対処できると試算はできているであります」
「問題なく勝つことはできるってわけか」
ガンズさんの言葉に、ツヴァイは深々と頷いた。
そして、テーブルをドンっと叩いて言う。
「我々に必要なのは、ただの勝利ではなく圧倒的な勝利なのであります! 王国に我々の存在を認めさせること。六王に恐怖を与え、安易に侵攻できなくすること。この二つを成し遂げるためには、勝利勝利大勝利あるのみであります!」
そのまま席を立ち、拳を突き上げるツヴァイ。
その勢いに押されて、アリシアたちはぱちぱちと拍手をした。
やがて臨席していたコボルトたちも手を叩き、大きな音の波が生まれる。
「さあ、出撃であります!」
こうして、戦いが始まった――!
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