閑話 討伐軍の転機
エンバンス王国北部の雄、ワイズマン公爵家。
近隣諸侯を束ね、その力は王家に匹敵するとされる大貴族家だ。
そして、若くしてこの家を治める当主となったのがフィローリである。
しかしその能力と人柄は、お世辞にも褒められたものではなかった。
「おい、斥候は何をしている。街はまだ見つからんのか?」
大樹海と平原の境界付近。
黒々とした森の縁に沿うようにして、野営地が設けられていた。
敵襲に備え、広範囲に散らばるように立てられたいくつもの天幕。
中でもひときわ豪華な天幕の中で、フィローリが唾を飛ばして吠えていた。
「かなりの範囲を捜索しましたが、古い街道跡があるだけです。奴らの拠点はまだ見つかりません」
「思ったよりも深くに住んでいるのか……? たかが犯罪組織にしては、妙だな」
顎に手を押し当て、唸るフィローリ。
襲撃の犯人は追放されたシュタイン家の三男坊らしいと目星はついていた。
おそらく、大樹海にはもともと国を逃れた犯罪者などが住み着いていたのだろう。
三男坊は彼らを束ねて組織化し、裏社会の混乱と勢力拡大を狙って灰被り猫の主催する闇市を襲撃した――というのが、フィローリたちの描いた図だ。
実際にあの一件で混乱した灰被り猫は縄張りの一部を別組織に奪われている。
もしも現在の森の実態を知る者がこの場にいれば、こんなことはまったくあり得ない妄想だと言っただろうが……。
無能とされた三男坊が驚異のゴーレム技術によって樹海を開拓し、亜人たちと共に独自の勢力を築くなどこの場にいた誰も想像すらできなかった。
謎の勢力の正体に対して、彼らが自分たちの理解できる範囲で予想を立てたのもあまり無理からぬことであろう。
「おそらくは賢者の仕業でしょう」
ここでフィローリの副官が意見を上げた。
半年ほど前、白の塔の賢者が大樹海へと向かった記録が残っている。
三男坊の率いる組織は、彼女を取り込んで未知の技術を得たと予想されていた。
ちなみに、件の空飛ぶ船についてもその技術の産物だろうと彼らは考えている。
「老師殿はどう思われる?」
フィローリは後ろを振り返りながら、魔導師の老人に話を振った。
元宮廷魔導師バロール。
敬意をこめて老師と呼ばれるこの人物は、ワイズマン公爵家の筆頭魔導師だ。
エンバンス王国において、三本の指に入る大魔導師である。
「大樹海のモンスターからは良質な魔石が採れます。それらの魔石を使って大規模な魔法陣を運用すれば、拠点を隠せる可能性はありますな」
「うーむ……。どうすれば見つけられるだろうか?」
「魔力の痕跡を探ることが出来ればよいのですが、大樹海は霊脈の入り組んだ特異地ですからな。かなり難しいでしょう」
「しかし、拠点が見つからないことには攻めようがない。何とかしてくれ」
言葉こそ穏やかだが、フィローリの表情は大いに苛立っていた。
周囲に村もないこの場所に軍を張り付けておくには、多大な費用が掛かる。
そしてその負担はワイズマン公爵家がすることとなっていた。
少しでも早く敵の拠点を見つけて叩き潰さねば、公爵家と言えども傾いてしまう。
「大規模な魔法で拠点を隠しているのであれば、それほど長くはもちますまい。ただ、そもそも我々の探索が及ばない奥地に住んでいる可能性もあります」
「それはなかろう。国ですら樹海への本格的な進出には失敗し続けているのだぞ。たかが犯罪者の寄せ集め組織が、樹海の奥地に拠点を構えられるわけがない」
「しかし、連中の魔法技術は侮れません。空を飛ぶ魔法は各国で研究が行われていますが、膨大な魔力を用いて人を浮かせるのがせいぜいなのですぞ」
領都を襲った空飛ぶ船をバロールは自身の目で見たわけではなかった。
しかし、それがどれほど高度な魔法技術で作られているかは想像がつく。
少なくとも、そこらの犯罪組織の手に負えるようなものではない。
国家規模の組織であることは間違いなかった。
「……ではどうしろと? さらに捜索範囲を拡大しても良いが、そうすると魔獣を排除するのに手がかかりすぎる」
「連中も、人間社会とのつながりを完全に断っているわけではありますまい。必ず何かの動きがあるはずです、それを見逃さないようにするのです」
「斥候を増やすしかないか。おい、聞いたな? 森の縁を見張れ、何人たりとも見逃すな」
すかさず副官に耳打ちをするフィローリ。
無茶を言われた副官はたちまち険しい表情をするが、フィローリはたちまち不機嫌な顔をして鼻を鳴らす。
「何とかしろと言っているんだ、何とかしろ」
「そう申されましても閣下、今動かせる人員でこの森全体を見張るなどといったことは不可能です」
「ふん、ならばお前の配下の騎士も見張りに割り当てろ」
「それは流石に……」
「言い訳など聞きたくない!」
テーブルを叩き、吠えるフィローリ。
そのただならぬ気迫に、副官の男はたちまち震え上がる。
しかし、騎士を見張りに回すことには様々な不都合があった。
そうそう簡単に認めるわけにはいかない。
副官がなおも食い下がろうとしたところで、急に天幕へ人が入ってくる。
「どうした? 今は重要な会議をしているのだぞ!」
「それが、野営地の周囲に大量のゴブリンが現れまして……」
「そんなもの、すぐに駆除しろ! 私はこれから忙しいのだ!」
フィローリはそう苛立たしげに叫ぶと、席を立とうとした。
だがここで、報告に来た男が言う。
「それが、人語を解するゴブリンたちでして。我々に協力するとか申しております」
「……なんだと?」
予想外の言葉に、その場にいた誰もが固まるのだった。
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