第108話 信頼
「……マキナは止めない。これからもずっと」
しばらく悩んだのち、俺はハッキリとした口調でそう告げた。
いろいろと考えを巡らせたが……これが最終的な結論だ。
マキナは俺が心血を注いで生み出した子どものようなもの。
そして、俺に仕えるメイドさんでもある。
これに裏切られるということは、単に俺に人望がないだけに他ならない。
それならばそれで、仕方がないと諦めもつくものだ。
皆も俺が言いたいことを察したのか、ただ黙ってうなずいてくれた。
「そんな……!」
しかし、イメラルダさんはこの結論に納得がいかないようだった。
彼女は俺に詰め寄ってくると、それまでの口調や態度からは想像できないほどの勢いで言う。
「それだけの知識があって、どうしてあのマキナというゴーレムの危険性が理解できないんですか!」
「理解できないんじゃない。わかった上で、俺は止めないという判断をした」
「わかった上で……」
眉を顰め、理解できないとばかりにイメラルダさんは顔をしかめた。
彼女はそのまま、声を荒げて言う。
「あなた方は何もわかっていない!!」
「わかってないのはそっちだよ」
俺はあくまで冷静にそう言った。
そしてイメラルダさんの目をまっすぐに見ると、ゆっくりと告げる。
「マキナは俺が生み出したゴーレムだ。その性質については、誰よりも知っている。イメラルダさんこそ、マキナのことを何も知らないのに決めつけないでほしい」
「決めつけているわけでは……! 私はただ……!!」
あくまで善意で、俺たちに警告しているつもりなのだろう。
俺に強く言われてなお、イメラルダさんは引き下がろうとはしなかった。
しかしここで、様子を見守っていたエリスさんがたしなめるように言う。
「ヴィクトル様の言うとおりよ。あなたはマキナのことをよく知らないし、ヴィクトル様とマキナの関係性についてもよく知らない」
「それはそうですが、危険性はわかります」
「それは嘘ね。本当にそれがわかってるんだったら、マキナを止めろなんて迂闊なことは言わないわ」
エリスさんはひどく冷たい口調でそう言った。
そしてイメラルダさんの方を見ると、ふっと軽く息を吐く。
「もしマキナがその気なら、我々を排除することなんて簡単にできるわ。単体でレベル五百を超える存在だし、街のゴーレムの指揮権を奪うことも容易なはず。ここで迂闊にマキナを止めようなんて動いたら、どうなることか」
「それはそうですが、だからといって何もしないというのは!」
「何もしないってわけじゃないわ。マキナの傍にいて、マキナが極端な行動に出ないように働きかけるのが今の我々にできる精一杯だと判断しているだけ」
エリスさんの意見はどこまでも現実的だった。
流石は賢者、研究熱心なだけではなくやはりいろいろと考えている。
その意見を聞いて、少し頭が冷えたのだろう。
完全にヒートアップしていたイメラルダさんが、間を置くように深呼吸をした。
「……確かに、それはそうかもしれません」
「わかったなら、余計なことは言わないことね」
「…………」
「まぁ、イメラルダさんの懸念はもっともだよ。俺だってマキナが自分の作ったゴーレムじゃなきゃ、ここまで全面的に信頼できなかったからね」
俺がそう言い聞かせるように言うと、イメラルダさんはゆっくりと頷いた。
恐怖から強硬な態度を取っていただけで、話が分からない人ではないらしい。
やがて彼女は顔を持ち上げると、俺の目をまっすぐに見据えてくる。
「マキナさんのことを私は完全には信用できません。ですが、軽率に止めようとするのが危険であるとも理解しました。ですので私は、この街で生活しつつマキナさんの監視をしたいと思います」
「監視ねえ……。何となく上から目線なのが気に入らねえけど、まぁいいんじゃねえか?」
「そうですね。イメラルダ殿の言っていることも、わからないではありませんし」
話をまとめにかかるガンズさんとアリシアさん。
するとすかさず、ミーシャさんが笑いながらツッコミを入れる。
「リーダー、ほんとに話をちゃんと理解できてる?」
「もちろん。イメラルダ殿はマキナ殿が嫌いだから監視するということだろ?」
「……うん、まあそれでいいんじゃない」
「な、なんだその言い方は! 私がよくわかってないみたいではないか!」
「実際によくわかってないでしょ」
そのままああだこうだと言い争いに突入する二人。
やれやれ、結局は俺がまとめないと収拾がつかないな。
パンパンと大きく手を叩くと、軽く咳払いをする。
「あー、ひとまず! マキナについてはこのまま! イメラルダさんはマキナの監視をしつつ、イスヴァールの一員として生活する。これで異存はないね?」
俺の問いかけに対して、みなは一斉にうなずいた。
よし、話はまとまったな。
イメラルダさんに俺はゆっくりと手を差し出す。
「……この手は?」
「ひとまず和解できたんだから、握手だよ」
「私は必要性を感じれば、あなたが大切にしているマキナさんに危害を加える人間ですよ」
「そうはならないって、マキナもイメラルダさんも信じてるから。それにさっきからまたマキナ”さん”って言ってくれてるよね?」
俺がそう言うと、イメラルダさんはハッとしたような顔をした。
いつの間にか彼女の中で、認識が少し変わっていたらしい。
先ほどからあのゴーレムと言っていたのが、マキナさんという呼称に戻っていた。
彼女はたちまち気恥ずかしげな顔をしつつも、こちらに向かって手を差し出す。
「よろしく」
「……ええ」
こうして俺たちは、ひとまずイメラルダさんと打ち解けるのだった。
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