第106話 警告
「……さて、改めて詳しい話を聞かせてもらおうか」
イスヴァールの中心にある領主の館。
その応接室で俺は改めてイメラルダさんと向き合った。
彼女は先ほどからマキナの様子を伺いながら、何とも言えない顔をしている。
それはまるで、怯えているかのようだ。
彼女は俺の問いかけに対しても、すぐには答えずためらうような仕草を見せる。
「さきほど、とんでもないことをしていると言っておられましたね? 具体的にどういうことなのでしょうか?」
ここで改めて、マキナがイメラルダさんに尋ねた。
するとイメラルダさんは、俺の方を見て言う。
「一旦、マキナさんには退出をお願いできますか?」
「私はヴィクトル様の不都合になるようなことは決して致しません」
「それでもです」
声が小さいながらも、はっきりとした意志を感じられる言葉だった。
これは、マキナを下がらせない限りは絶対に何も言わないつもりだな。
巨大ゴーレムを操っていた人物を相手に、無防備になるのは不安だけど……。
俺はやむなく、マキナに下がるように促す。
「席を外してくれ」
「その少女の能力は危険です。距離を取ると万が一の際に対処が遅れる可能性があります」
「アリシアさんたちもいるし、大丈夫だよ。それに今のマキナなら、相手が行動を起こしてからでも十分に俺を守れるだろう?」
俺がそう言うと、マキナは渋々と言った様子ながらも首を縦に振った。
こうして彼女が部屋を出たところで、イメラルダさんはほっと胸を撫で下ろす。
「…………ありがとうございます」
「いえいえ。でも、そんなにマキナが怖かったの?」
「はっきりと言います。あのゴーレムはどんなモンスターよりも危険です」
「どうしてなのだ? マキナ殿が貴殿に何かしたわけではないだろう?」
アリシアさんがそう問いかけると、イメラルダさんは眉間にしわを寄せた。
そして彼女たちに向かって、少し苛立ったように言う。
「事態の深刻さがわからないのですか? 自己進化を始めた機械知能ですよ」
「私にはよくわからん。ミーシャはどうだ?」
「制御不能になったら危ないと思うけど、今のところは大丈夫っしょ」
「私もそう思うわ」
ミーシャさんとエリスさんがそれぞれに見解を示した。
俺も今のところは、そんな認識である。
マキナの俺に対する忠誠心を疑ったことなど一度もないし。
するとそんな俺たちの様子を見たイメラルダさんは、おいおいと呆れたような顔をした。
「……ひょっとして、あのゴーレムを開発したのは別の人や組織なのですか?」
「いや、マキナを開発したのは俺だよ。俺がほとんど一人で作った」
「あれだけの機械知能を生み出す技術を持ちながら、その危険性がわからないんですか……?」
「危険性なんてないよ。マキナは俺に仕える大事なメイドさんだからな」
俺がそうはっきりと言い切ると、イメラルダさんの顔がますます曇った。
彼女は額に手を当てると、いささか強い口調で語り始める。
「いいですか、よく聞いてください。まず、魔導回路を利用した機械知能は自己進化を繰り返すことで際限なくその能力を向上させる可能性があります」
「ええっとそれは……。前にミーシャが言っていたマキナが超マキナを作って、超マキナが超々マキナを作るみたいな話か?」
「大雑把な例えですが、だいたいの認識はそれで合っています。ラバーニャ帝国の試算では、ひとたび機械知能の自己進化が始まれば三年で帝国のすべての人間の知能の総和を超えるとされました」
「うーん、ピンと来ないな……」
帝国のすべての人間の知能の総和を超えるって、いったいどういうことだろう?
途方もなく賢いということは分かるが、あまりにも壮大すぎてピンと来ない。
俺だけでなく、エリスさんやミーシャさんもぽかんとした顔をしていた。
「……当時の帝国の人口って、どのぐらいなんですか?」
「八億人です」
「単純に考えて、八億倍ってこと?」
「はい」
具体的にするつもりが、ますます訳が分からなくなった。
人間の八億倍賢いっていったい何を考えるんだろう?
哲学かな……?
こうして俺たちが半ば思考停止しそうになったところで、ガンズさんが首を傾げつつも素朴な質問を投げる。
「……なんかすげえってことはよくわかったんだけどよ。でも、賢くなるだけならどうにかなるんじゃねーの? すげえ頭いい作戦を立ててくるかもしれねえけど、こっちだって強力な武装をすれば……」
「賢くなるということは、それだけ技術開発を加速できるということです。途方もない知性を得たゴーレムは、すぐに途方もない武器を開発するでしょう」
「途方もない武器って……聖剣みたいなのとかか?」
「そんな時代遅れの武器ではありません。帝国では街を一つ吹き飛ばす兵器が実用化されていました」
街を一つ吹き飛ばす兵器って、そんなのあり得るのか?
そんなバカなこと……いや、待てよ。
そんな途方もない兵器を生み出してしまったからこそ、帝国は滅びたのか?
八億もの人口を誇った大国が大した痕跡も残さず滅びるなんて、俺たちの常識じゃあり得ないし。
「でも、仮にマキナがそんなとんでもない存在になったとして……。俺たちに必ず敵対するとは限らないんじゃないか?」
「そこはわかりません。ですが、圧倒的な知性を得た神のような存在が我々を保護するかは未知数なんです。帝国の学者の仮説では、自己進化を始めた機械知性はより多くの魔力を求めて星全体を覆いつくし、いずれは太陽までも覆い隠して魔力源として利用するだろうと。もしそうなれば、我々に居場所はありません」
「ううーん、いくらなんでも極端じゃないかな……」
「とにかく、危険な存在なんです。可能ならば今すぐに、あのゴーレムを止めてください!」
切々とした口調で訴えてくるイメラルダさん。
彼女が嘘を言っているようには思えないけど……どうしたものかな……。
俺は腕組みをしながら、大いに頭を悩ませるのだった。
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