第104話 おいでよ、イスヴァールの街
「大樹海なんておっかねえところ、ほんとに大丈夫なのか……!?」
「死んじまう! 俺たち全員、モンスターに食われちまうんだ!」
大樹海と告げた途端に、奴隷たちは激しく騒ぎ出した。
顔面蒼白にした彼らの取り乱しっぷりときたら、まったくひどいものである。
中には無謀にも窓から飛び降りようとして、他の者に止められた者までいた。
「……やっぱりそうなるよなぁ」
やれやれと頭を抱えてしまう俺。
エンバンス王国の常識では、大樹海は強大なモンスターの数多く生息する未開地。
住むことはおろか、入っただけでも殺されてしまうと恐れられている。
そこに向かうと言ったら、こうなるのは分かり切っていただろう。
俺はすぐさま、マキナに恨みがましい視線を向ける。
「どうするんだよ、これじゃほとんどの人は移住を拒否するぞ」
「問題ありません、餌を用意しておりますので」
「餌?」
「はい」
何やら自信ありげな笑みを浮かべるマキナ。
彼女はパンッと手を叩くと、凛とした大きな声で告げる。
「大樹海は皆さまも言われた通り、危険な場所です。強大なモンスターも数多く生息しております。しかしながら、その分だけ大きなチャンスもあるのです」
「チャンス?」
「それはいったい……どういうことなんです?」
マキナの言葉に、さっそく数名の奴隷が食いついた。
他の者たちも、興味深そうな目をしている。
マキナは彼らの視線に軽く頷きを返すと、そのまま話を続ける。
「現在、大樹海のほとんどは所有者のいない土地となっています。そして、所有者のいない土地は最初に開拓した者に領有が認められるとエンバンス王国の法で定められているのです。これは現在ではほぼ形骸化した条文ですが、破棄されることなく有効な状態となっています」
「つまり……土地を開拓すれば自分のものになると?」
「そうです。ある程度以上の範囲を開拓すれば、貴族となることも理屈の上ではありえます」
マキナがそう言った途端、奴隷たちが色めき立った。
これまで底辺に甘んじてきた彼らにとって、貴族という地位はまばゆいほどに魅力的なのだろう。
一方、奥で話を聞いていたアリシアがおいおいと慌ててマキナに話しかける。
「……いいのか? 確かに法の上ではそうなっているが、実際にそんなことを認めればヴィクトル様の統治が危うくなるぞ。それに、ヴィクトル様の支配地が狭くなるのではないか?」
「大丈夫です。実際にそれほどの広範囲を自力で開拓できるような人間はいないでしょうし、ヴィクトル様はいずれ貴族ではなくその上に立つ存在となられますから」
「いよいよ、本格的に独立する気なのか」
アリシアさんの問いかけに、マキナはただ黙って笑みを浮かべた。
……まあ、公爵家の仕切る領都に飛行船で乗り込んだ時点でエンバンス王国とは縁を切る気だったけどな。
今でもほぼ独立しているようなものだし。
今回の件で人が増えれば、ますますエンバンス王国に頼る必要性は薄くなる。
「おーい、見えて来たわよー!!」
「もうすぐ到着であります!」
ここで、操舵室にいたエリスさんとツヴァイがやってきた。
おぉ、もうそんなとこまで来たのか!
急いで外に出て船縁から周囲を見ると、草原の彼方に黒々とした森が見えた。
公爵領の領都から大樹海までは馬車で二か月以上もかかるというのに、この飛行船はまったく大した速度だ。
「あれが大樹海か……!」
「噂通り、おっかなそうな場所だなぁ」
「ど、どうする!? このままだと……」
「皆様、お静かに!」
俺は改めて、奴隷たちに声をかけた。
たちまち彼らの顔が強張り、緊張の色がはっきりと浮かぶ。
「俺たちについて、大樹海の街へ来るか。それとも別の街に行くのか。今ここで選択してもらいます! さあ、ついてくる人は手を上げてください!」
俺がそう言うと、奴隷たちはたちまち押し黙った。
ま、まずいぞ……手が上がらない……!
何とも言えない気まずい沈黙が、その場を覆いつくした。
するとここで、予想外の人物が船室に入って来て手を上げる。
「はい」
「あっ……!」
それは、巨大ゴーレムを操っていた謎の少女であった。
彼女は天井に向かって、真っすぐ手を伸ばしてアピールしている。
するとその姿を見た奴隷たちが、ちらほらと手を上げ始めた。
「こんな子が行くなら……」
「そだな、いい大人がビビってられねえよな」
「よし、土地を開拓して成り上がってやる……!」
奴隷たちは彼女の正体については何も知らないのだろう。
こんな少女が行くならば負けていられないと、みな次々と手を上げる。
やがて集団心理もあって、ほとんどの奴隷が手を上げた。
「想定通りです」
「もしかして、あらかじめ……」
「はい。二の矢、三の矢を用意しておくのは当然です」
……まったく、マキナの計算高さには恐れ入る。
恐らく少女が目覚めるタイミングなどもすべて計算に入っていたのだろう。
そして、行き場のない彼女が俺たちについてくることも。
「じゃあみんな、外に出てくれ! そろそろイスヴァールの街が見えるぞ!」
俺はそう言って大きく手を振ると、奴隷たちを連れて甲板へと出た。
するとちょうど、群青色の空の下から朝日が昇り始める。
朝日が闇を切り裂き、黒々とした森が照らし出された。
やがてその向こうに灰色の大きな城壁が見えてくる。
「あれがイスヴァールです!!」
「おおおぉ!!!!」
船縁から身を乗り出し、歓声を上げる奴隷たち。
いや、新たな街の仲間たち。
こうして俺たちの街に、新たな住民が到着するのだった――。
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