第103話 船の上にて
「ほんとに飛んでるぞ……」
「いったいどこへ向かってるんだ?」
「俺たちはこれからどうなる……?」
夜明け前の空。
昏く冷たい風の吹き抜ける中を、飛行船がゆく。
その船室の中では地下都市から連れ出した奴隷たちが途方に暮れていた。
目の前の労苦から逃れるべく船に乗り込んだものの、この船もまた彼らにとっては得体の知れない存在。
少し余裕が出来たところで、将来のことを考えて不安に駆られるのは当然だろう。
俺だってこんな局面になれば、頭を抱えてしまうに違いない。
「みなさん! こっちを向いてください!」
扉を開けて船室に入った俺は、あえて注目を集めるように大きな声を出した。
たちまち奴隷たちの視線が、こちらに向かって注がれる。
不安と期待そして微かな恐怖。
様々な感情の入り混じったそれに圧されながらも、俺はゆっくりと言う。
「俺の名前はヴィクトル・シュタイン。シュタイン伯爵家の三男で、今はイスヴァールという街の領主です」
そう名乗った瞬間、どよめきが起こった。
どうやら、貴族がこのような行動に出るとは思っていなかったらしい。
彼らは互いに顔を寄せ合うと、いったい何が起きているのかと話し始める。
「シュタイン伯爵家の三男って、無能すぎて追放されたんじゃなかったか?」
「俺も聞いたことあるぞ。大森林に飛ばされたとか」
「まさか、開拓地で強制労働させられるんじゃ……?」
「あり得るな」
「大人しくどこか売られた方がマシだったかもしれん……」
たちまち始まる悲観的な予想。
どうやら、俺に関する噂はあまりいい物がないらしい。
まあ、追放されて未開の土地を開拓しているというのは事実なんだけどさ。
今のイスヴァールはそこまでヤバい土地ではないぞ。
「ひとまず、落ち着いて話を聞いてください! 一部の方が言われているように、皆さんにこれから行っていただくのは街の開発です! しかしながら、今のイスヴァールの街は既にある程度の基盤は整っています!」
俺がそう言うと、再び奴隷たちはざわめいた。
やがて数名の奴隷が恐る恐ると言った様子ながらも、質問を投げかけてくる。
「寝床はあるんですか?」
「もちろんあります」
「食事は、日に何回いただけるので?」
「初めのうちは日に三回支給します! ただ、皆さんはあくまで移住者扱いなのでいずれは自立してもらうつもりです!」
「自立……?」
自立という言葉を聞いて、質問を投げた奴隷の男はたちまち首を傾げた。
周囲の奴隷たちも、よく分からないのかぽかんとした顔をしている。
「自立って……それは……」
「俺たち、飯も出されず放り出されるのか?」
しばらくして、奴隷たちは急に追い詰められた表情をし始めた。
しまった、意味を勘違いされてしまったか!
俺は慌てて首を横に振ると、彼らに説明を始める。
「ええっと、勘違いされているようなので詳しく説明させてください! まず、俺たちは新しい街の開発をするために人手を必要としています。そこで移住者を募集しているのですが、あいにく、街の場所が特殊なので人が集まりませんでした。そこで、違法な奴隷市場の存在を知ったのです」
「それで、俺たちを連れ出したってわけか?」
「はい。これからこの飛行船は、俺たちが開発しているイスヴァールの街へと向かいます。そして皆さんに街を見てもらい、住んでもいいという方がいれば移住者として迎え入れようかと。もし住みたくないという方がいれば、この飛行船で近くの街まで送り届ます」
俺がそう告げると、奴隷たちの顔に疑念が浮かんだ。
どうやら、こちらの言うことを素直に信用することができないらしい。
「送り届けるって、それは解放してくれるということか!?」
「そういうことになりますね」
「おぉ……! だがそれだと、あんたの利益がまったくないぞ?」
「そうだ、ちょっと話がうますぎないか?」
「でもなぁ、そもそもこんな船があること自体が……」
自分たちの将来に関わることだけに、慎重になっているのだろう。
彼らは簡単には疑う姿勢を崩そうとはしなかった。
しかし、ここで簡単にこちらを信用するよりはマシだろう。
ある程度落ち着いているこの状況で、安易に飛び込んでくる方がいろいろ心配だ。
「大丈夫です。きっと皆さん、イスヴァールの街を気に入って移住してくれると信じておりますので」
「そんなにいい街なのですか?」
「もちろんです。そうだよね?」
ここで俺は、後ろにいたアリシアさんたちに会話を振った。
するとたちまち、彼女たちは満面の笑みを浮かべる。
「それはもう! あの街ほど暮らしやすい街はないです!」
「うん、最初はしんどかったけど今はほんといいとこだよね」
「飯もうまいし、仕事もきついのはゴーレムがやってくれるしな」
あらかじめこうなることを予想していたのか、滑らかに話すアリシアさんたち。
その何ともにこやかな顔に、奴隷たちの表情はわずかに緩んだ。
しかしここで、奴隷の一人がある質問を投げてくる。
「そのイスヴァールの街というのは、どこにあるんですか? 特殊な場所とか言ってましたよね?」
「それは……」
素直に大樹海と言ったら、流石にビビってしまいそうだ。
せっかく温めた空気が台無しになってしまう。
だがここで、アリシアさんたちの奥からマキナが出てきて言う。
「大樹海です」
「だ、だだだ大樹海!?」
平然と告げた彼女の言葉に、奴隷たちはたまらず震え上がるのだった。
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