第94話 古代の末裔
「あの子はいったい……」
白い髪に紅い瞳が特徴的なまだ十歳ほどに見える少女。
この子のいったいどこが、本日の目玉なのだろうか?
目鼻立ちは人形のように整っていて、ドレスで着飾った姿は神秘的な美貌を湛えてはいるが、そこまで重要視される理由がわからない。
「マキナ、どう?」
「見える範囲では、普通の人間のようです」
「だよなぁ……」
目を細めて観察するマキナであったが、彼女にも理由は分からないようだった。
他の参加者たちも、少女の素性を巡ってひそひそと話し始める。
やれ、貴重な亜人種の末裔に違いない。
やれ、どこぞの王族の血を引いている。
根拠のない憶測がそこかしこで飛び交った。
こうして期待値が高まったところで、司会者がパンッと手を叩いて言う。
「実はなんとこの少女、千年もの眠りから覚めた古代帝国の末裔なのです!」
古代帝国の末裔?
ひょっとして、かつてこの大陸を統一したというラバーニャのことか?
でも千年も眠っていたって、いったいどういうことだろう?
何が何だかわからず戸惑っていると、ここで再び司会者はパンッと手を叩く。
「皆様、これだけではよくわからないと思います! まずはこれをご覧ください」
そう言うと、舞台の奥に古びた遺跡の映像が映し出された。
おぉ、投影型の魔水晶か!
これだけの規模のオークションを主宰しているだけあって、なかなか貴重なものを持っているな。
これは古代の遺物で、市場で買えば金貨五枚はしたはずだ。
「この遺跡はアロヴァヌス帝国が秘密裏に調査を行ったものです。少女はこの最深部で、水晶に封じ込められた状態で眠っていました」
司会者がそう告げると同時に、数名の黒服が大きな水晶の柱を運んできた。
台車に乗せられたそれは、高さ二メートルほどはあるだろうか。
見事な六角柱だが、その一角にえぐられたような大きな窪みが出来ている。
この部分に、少女が眠っていたということだろう。
「とても信じられないな……」
「そうだ、何か証拠はあるのか?」
「証拠、証拠!!」
たちまち客席から声が上がった。
それはそうだろう、こんな話を鵜呑みに出来るはずもない。
確かに、南方のアロヴァヌス帝国は秘密裏にダンジョンやラバーニャの遺産を調査しているとか言われているけれど……。
それにしたって、いくら何でも信憑性が薄い。
すると司会者はこの反応を予期していたのか、パチンっと指を鳴らして言う。
「もちろん、もちろんございますとも! 確たる証拠が!」
司会者の声とともに、再び会場の照明が落とされた。
それと同時に少女の姿がぼんやりと青く光りはじめる。
この光は、なんだ……?
会場にいる誰もが息を呑み、少女の姿を見守る。
「生体に魔法陣が刻まれている?」
少女を凝視しながら、短く疑問を発するマキナ。
その口は小刻みに動き、俺には聞き取れない何かをつぶやいている。
この短い間に、様々な可能性を検討しているようだ。
ゴーレムの優れた感覚器が、人ではとらえられない何かをとらえている。
「あれは……! ラバーニャの月……!?」
やがて少女の目に、三日月のような紋章が浮かび上がった。
古代遺跡に時折見られる『ラバーニャの月』と呼ばれる意匠だ。
かの帝国において最も権威のある紋章で、これが瞳に浮かび上がるとは確かにただ事ではない。
会場の客たちも、おぉっと目を輝かせる。
人間の瞳に紋章を浮かび上がらせるなんて、今の技術ではまず不可能だからだ。
「さあ、いかがでしょう! 古代の紋章を瞳に宿した不思議な少女ですが、彼女の真価はそれだけではありません! すでに失われた古代語を正確に読み解くことができます」
「え、マジで!?」
司会者の言葉に、俺はたまらず声を上げた。
古代ラバーニャ帝国の言語は既にその大部分が失われ、読解不可能と化した技術的資料が山ほどあるのだ。
もしそれらを読むことが出来れば、その価値は計り知れない。
古代技術の数々を蘇らせ、大陸を席巻することもできるだろう。
ものすごく欲しい、喉から手が出るほど欲しい能力だ。
「……ヴィクトル様、興奮しすぎです。さっきの声で注目を集めてしまいました」
「ごめんごめん、でもつい」
「言っていることが本当であれば、貴重な能力であることは間違いありません。ラバーニャの技術が手には入れば、魔人族の錬金術の解明にも有意でしょう」
「そうだね。錬金術はもともと帝国の技術だし」
「はい。有機物の身体を用意できる日も近いです」
結局はそこに行きついてしまうのか……。
俺が何とも言えない表情をする一方で、マキナは会心の笑みを浮かべた。
いやまぁ、俺としても楽しみでないと言ったら嘘になるのだけれど。
せっかく古代帝国の技術を手に入れるのなら、もっと別のことに――。
「では、能力の説明も終えましたところで! オークションに移りたいと思います! 金貨百枚からのスタートです!」
俺があれこれ思案を巡らせているうちに、オークションが始まった。
うげぇ、流石は目玉商品!
いきなり金貨百枚とは、ずいぶんと飛ばしているな。
しかもそこから、ぐんぐんと値が吊り上げられていく。
「百十枚!」
「百五十!」
「二百だ!」
「ええい、三百!」
ものの数十秒で、初期値の三倍にまで跳ね上がった。
恐らく、ここにいるほとんどの貴族はラバーニャ帝国の言語に等興味はないのだろうが……。
古代帝国の末裔という神秘的な肩書は彼らのコレクター意欲に火をつけるには十分すぎたようだ。
ぐぐぐ、もし安かったら入札も考えないではなかったが……。
流石にこれでは手の付けようがないな。
まぁ、奴隷を買うという行為自体が嫌なのでこれで良いけれど。
「四百!」
「五百だ、五百!!」
「一千!!」
こうして、どこかの大貴族が景気よく大台超えを叫んだ瞬間だった。
どこからともなく、カンカンカンと半鐘の音が聞こえてくる。
「おっと、これは……」
予期せぬ出来事に戸惑いを見せる司会者。
参加者たちもおやおやっと騒ぎ出す。
やがてスタッフの一人が舞台に駆け込み、司会者に耳打ちをする。
「ええ、皆さま! 大変です、火災が発生いたしました!」
先ほどまでの作った声とは異なり、やや低い声で告げる司会者。
その内容に、参加者たちはにわかに慌てだすのだった――。
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