第90話 懐かしきエンバンス王国
「懐かしいなぁ……!!」
飛行船の進空からおよそ二週間。
俺は奴隷市場へと向かうべく、皆とともに大樹海を出た。
かれこれ、一年ぶりぐらいだろうか。
あまりにも様々なことが起きたので、もう十年ぐらい樹海にいた気がする。
「このメンバーで行動をするのも久しぶりですね」
「森に来た時のことを思い出すな」
「私が増えていますけどね」
今回、俺に同行したのは暁の剣の面々とマキナそしてチリの五人だった。
ちょうど、大樹海に来た時のメンバーとほぼ被っている。
今いないツヴァイたちは、後から飛行船で追ってくる手はずだ。
「奴隷市場があるのはワイズマン公爵領の領都ヴェチアです。ここからだと、徒歩で二か月ほどはかかるでしょうか」
「だるー。ゴーレムに乗っていけば一週間もかかんないのに」
「あれは目立ちすぎます。今回の作戦には適しません」
不満を漏らすミーシャさんを、チリが宥める。
奴隷市場へ行くのにゴーレムなんて使ったら、あまりにも目立ちすぎるからね。
警戒されて潜入できなくなったら元も子もない。
それに、俺が森を出たということを兄さんたちに知られたくないし。
特にヴィーゼル兄さんは知ったら絶対にちょっかいを出してくるはずだ。
「ところで、マキナ殿のそれは何ですか?」
ここでふと、アリシアがマキナの後頭部を見て言った。
いつものホワイトブリムに加えて、金属製の棒のようなものが立っていたからだ。
するとマキナはそれを擦りながら言う。
「アンテナです。私の本体は大樹海にありますので、遠出するためにはこれが必要なのです」
「ああ、そう言えばマキナたちの本体は地下にあるあれだもんね」
たまに忘れそうになるが、ここにいるマキナはあくまで身体だけ。
頭脳である巨大魔石と演算装置は研究所の地下に鎮座している。
そこからの信号を受信するため、わざわざアンテナを準備して来たらしい。
「これでも受信は完全ではありません。恐らく、レベルで言うと七百前後にパワーダウンしているかと思います」
「七百もあれば十分。むしろありすぎ」
チリは引き攣った顔でそう呟いた。
奴隷市場の内情を知る彼女が言うならば、きっと大丈夫だろう。
もともと、大樹海よりもエンバンス王国の方が平均的なレベルは低いのだ。
「しかし、ヴェチアか……懐かしいな」
「行ったことがおありなのですか?」
「行くも何も、小さい頃は住んでたんだよ。俺、フィローリ様の学友として選ばれたからな」
俺がそう言うと、アリシアさんたちは揃って驚いた顔をした。
あれ、そんなに意外だったかな?
これでも伯爵家の息子だから、十分あり得る話だと思うんだけど。
「大丈夫でしたか? その、フィローリ様はあまり評判が良くない方ですが……」
「そうなの? 俺、学園に入ってからはあんまり交流が無くて」
学園に入学してからは、ずーっとゴーレムの研究に明け暮れていたからなぁ。
領地に戻って来てからも、アルファドの街の経営で忙しかったし。
他貴族との外交はもっぱら父上や兄上にほぼ完全に任せていた。
そのため、フィローリ様の噂についてはほとんど聞いたことがない。
するとアリシアさんたちは、渋い顔をしながら言う。
「先代の公爵様がご病気になられ、早々に家督を譲られたのはご存じですよね」
「うん、流石にそれは知ってる」
「それからというもの、後を継いで抑えがなくなったフィローリ様はやりたい放題しているという話です。館の新築はもちろん、女狩りに明け暮れているとか」
「女狩り?」
まさか、公爵ともあろうものが盛り場でナンパでもするのか?
俺はとっさに眉をひそめたが、アリシアさんが語った現実はさらにひどかった。
「何でも、美人で胸が大きい女がいると聞くとその女の元を尋ねて強引に使用人にしてしまうとか」
「うわぁ……ひどいな」
「そのせいで、公爵領内では女は胸にサラシを巻くのが流行っているそうです」
……ほんとにやりたい放題してるな。
あまり素行の良くないお坊ちゃんだとは思っていたけど、まさかここまでとは。
こういう貴族だからこそ、奴隷市場を黙認してるのだろうけど。
「こうして領内から集めた選りすぐりの巨乳美女たちに、胸元の空いたメイド服を着せて侍らせているそうですよ。私も一度だけ、公爵領で女を連れたフィローリ様の姿を見たことがあります」
「…………それは最悪だな」
「いま、妙な間がありませんでしたか?」
俺が反応するのに間があったことをアリシアさんは見逃さなかった。
女性陣の視線が容赦なく注がれる。
……仕方ないじゃないか、やってることは最低でも少し羨ましかったんだから!
巨乳美女のメイドを侍らせるなんて、一度は経験したいものである。
「と、とにかく! 奴隷市場は必ず潰さないと。それで資金源を断てば、フィローリ様も少しは懲りるかもしれない」
「そうですね。それだけ好き放題できる裏には、灰被り猫の暗躍もあるでしょう。奴隷市場は組織の大きな資金源なので、そこを断つのは効果的だと思います」
冷静にまとめるチリ。
何はともあれ、俺たちは奴隷市場のあるヴェチアに向かって草原を歩きだすのだった。
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