300.綺麗な夜景も、大空から見てしまえば変わり映えが無い。
綺麗な夜景も、大空から見てしまえば変わり映えが無い。
5月下旬、水曜日の夜8時を過ぎた頃…
呪符を使って妖に姿を変えた私は、家の近くの廃電柱から夜空へ飛び立った。
妖になって夜の空に繰り出した事に、理由などは特に無い。
強いて言うなら、空中散歩みたいなものをしたかったから…だろうか。
「綺麗なもんだけど」
メノウやニッカが飛ぶ高さより少し低い所までやってきてみて一言。
地上はそろそろ暖かく…時折暑いかな?というくらいにまでなってきた頃なのだけども…
空まで来てみると、そんなことは関係無く結構寒い。
体の調子を考えてみればもっと上まで行けるのだけども、寒さに耐えかねて"この程度"に抑えているのだ。
「ここまで来れば地図だなぁ…」
この"低さ"でも、この光景。
小樽の家々は点に見えて、道行く人々なんて目に見えない。
道行く車は…目を凝らせばゴマ粒みたいな光が動いているのがそれだろうか。
旅客機が飛ぶ高度程高くは無いが、小さなプロペラ機が飛ぶ高度よりかは高い。
その程度の高さ…だが、初めて生身で体験する高さは、何処か私の中にあったワクワク感というか、童心を燻ぶってくる。
(積丹辺りまで飛んでみようかな)
暫く小樽の上を浮遊して、ふと思い立って体の方向を積丹半島の先の方へ向けた。
異境等で、頭の翼を使って気付いたのだが…どうやら私は長距離を飛べるらしい。
今もそこそこ…時間にすれば15分程度飛びっぱなしなのだが、全然疲れは感じない。
(古平の手前で一休憩…かな)
バサバサと翼を羽ばたかせて移動を始める。
速度で言えば、時速40キロ位…なのだろうか?
気流の様なものを見定めて、上手くソレに乗れれば結構速度が出るものだ。
数回翼を羽ばたかせて、スーッと滑空…そしてまた翼を羽ばたかせる。
それを繰り返していくと、眼下の光景が徐々に徐々に変わっていく。
景色の変化はとてもスローに感じるが、それでも地上からみれば結構速く見えるのだろう。
夢中になって飛んでいると、あっという間に小樽の市街地を視線の隅に追いやって…
気付けば余市の駅辺りが見えてきた。
「空から見れば、妖術も簡単に見破れるものだな…」
余市辺りから増えてくる"自然"。
その中には、妖達が独自に持っている"集落"が幾つかある。
妖術によって結界を張り、人が簡単に入ってこられない様にしている場所があるのだが…
空から見れば、その結界は簡単に見破られ、どういう建物があるのかが良く分かる。
(こういうのは航空写真じゃ出ないからなぁ…)
この目で監視してみるのも良いのかもしれないな…
等と防人絡みの思考をしながら、余市の上を飛んで行く。
この手の妖集落というものは、人のカメラ等には写らないのだ。
「一旦降りようかな」
余市の街中を越えて、自然を貫いていく道の上を飛ぶと、古平の街が見えてきた。
まだ体に疲れを感じないが、一旦高度を下げて適当に降りれる場所を探し始める。
今は妖の姿…別に誰かに見られる可能性は無いのだが、目立たないに限るというものだ。
「…っと」
降り立ったのは、古平の街の手前にある海岸の上。
道の駅の近くで、その海岸は夏場になればキャンプする人間で埋まる海岸なのだが、今はまだ時期じゃないからか人が一人もいない。
夜の海が見える海岸に降りた後、トンッと飛んで歩道の上にやってくる。
カサカサと歩道で爪が削れたが、そこはちゃんと"対策済み"だ。
車通りが無いのを確認すると、私は呪符を使って"人に戻り"…
着ていた着物の中に仕込んでいた草履を履いて歩きはじめる。
妖から人に戻ったことで"周囲が暗くなった"が…街灯があるから問題はない。
「暗いなぁ…まぁ、良いけどさぁ」
そのままトンネルを越えて古平の市街に入ると、コンビニを目指す事にした。
今は素の姿だが、今の私は妖術が使える…ゴールデンウイークの間に、以津真達に教えてもらった"幻覚"を操る術を使えばいい。
(やっぱ田舎だねぇ…車1台通りやしない)
コンビニの近くまでやって来た私は、自らに妖術をかけて人から見れば"素の姿"をしている様に思わせる様にして、コンビニの中へ入っていく。
コンビニに客はおらず、私と若い男の店員が1人だけ…
恐らく私と同年代だと思うのだけど、彼は私の姿を見ると「えぇ〜」と面倒くさそうにレジの方に向かっていった。
(そこまで露骨にしなくたって良いじゃないのさ)
その面倒くさげな顔を見て、ちょっと悪戯心が出てきた私は、彼を焦らそうとコンビニの中を数周して欲しいものを1つずつ集めて行き、ちょっと時間をかけてレジに向かう。
買ったのは500mlのお茶とホットスナックのザンギだけだ。
(さて…)
何となく寄ったコンビニで飲み物と食べ物を買った私は、近く…人目につかない所に移動して草履を脱いで妖に戻ると、再び夜空に飛び立った。
「んー…これはこれで…」
コンビニの袋を腕に絡めて、鋭い爪がある手を人のそれに戻して…
器用な動きでザンギを1つ、口に運んで顔を綻ばせる。
その後でペットボトルのお茶を流し込んで喉を潤すと、一気にテンションが上がって来た。
空を自由に飛び回って、夜景を眺めながら好きな物をつまむ…なんとも贅沢ではないか。
何となく目指し始めた積丹…次に降り立つのは、半島の隅のちょっと前…入舸町の近くにある島武意海岸の駐車場としようか。
「意外と明るい?いや…暗いか…月がなぁ…もう少し明るく出てくれれば良かったのに」
古平から美国の上空へやってきて、遂に眼下に町の景色が見えなくなる。
点々とする街灯の明かりを辿って空を飛び、遂に目的地が見えてきた。
「ついたっと」
翼を羽ばたかせて、降り立ったのは車が一台も止まっていない島武意海岸の駐車場。
地上に降り立った後で足も人のそれに変えて、再び草履を履いた私は、誰もいない、暗い駐車場を歩いて行って、島武意海岸の景色を見るために奥へ奥へと進んでいく。
景色を見るためには、狭いトンネルを歩かねばならないのだ。
トンネルの向こう側に降りれば良いだろう…と言われそうだが、そういうのは粋じゃない。
トンネルを越えた時の感動というか「あぁ~」というのを感じたいだけだ。
「人の目なら、暗くて何も見えないだろうなぁ…」
私の背でも低く感じるトンネルを越えて、トンネルを越えると…
「おぉ…」
島武意海岸の景色がトンネルの向こうに見えてくる。
良く晴れた、青い空に雲が何もない日ならば誰もが感動するであろう光景…
夜に見るそれは、暗いせいか、昼間に見るそれ程の感動は無かったが、夜に見たという"人では味わえない"不思議なワクワク感が私の五感を燻ぶった。
「意外と時間は掛らなかったなぁ…」
くたびれたベンチに腰かけて、コンビニで買ったお茶とザンギを取り出して…
突発的な"夜散歩"の非日常感を体をしみ込ませた私は、ふーっと溜息をつくと、誰にも聞かれない呟きを1つ、ボソッと呟いた。
「あと2年もしないうちに、こういう暇つぶしも出来なくなるんだろうなぁ…」
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