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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
碌章:境界線上の妖少女(下)
294/300

294.色々と考えてたことはあれど、やっぱり動く時は無心になるものだ。

色々と考えてたことはあれど、やっぱり動く時は無心になるものだ。

貫手によって鬼沙の心臓をギュッと掴み上げた私は、苦悶の顔を浮かべる鬼沙の体を"持ち上げて"、足場になっていた残骸を蹴飛ばし宙へ舞い上がった。


「まだドクドク動いてる」


妖の肉体は強靭だ。

人ならば、既に死んでるダメージを受けてもピンピンしてる事が殆ど。

今も鬼沙の体外に出た心臓を掴んでいるのだけれど、僅かに繋がった血管が心臓に血を巡らせて、心臓がバクバクと動いているのだから驚いてしまう。


「しゃらくせぇや…」


鬼沙の体に腕を貫いたまま残骸や壁を蹴り上げてフロアの天井付近までやって来た私。

心臓をギュッと握りしめて血飛沫に変えると、宣言通り"すりおろし"てやるために、眼下に広がる残骸の山に目を向けた。


「終わりだ!!!!」


鬼沙の体を"腕で貫いたまま"…器用に手足を伸ばしてフロアの隅に体を突っ張らせた私は、グッと足に力を込めて眼下に広がる残骸の山へとダイブする。

一瞬の後に残骸の山に到達すると、私は左腕諸共、鬼沙を残骸で"すりおろす"為にフロア中を駆け巡った。


派手な音はしない。

ただただ地味な、機械の残骸が掻き分けられる音が耳に反響する。

当てもなく、兎に角左腕に"刺さった"ままの鬼沙の体を削るために足を動かし体を動かす。

手足や体が、残骸によって傷つこうが…残骸の破片が体に刺さろうが、そんなことは気にせずに、ただただ鬼沙を"すりおろす"為に、私はがむしゃらに動き回った。


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


声にならない喚き声。

怨嗟なのか思慕なのかも分からない声を適当にまき散らし…

後悔なのか喜びなのかも分からない遠吠えの様な叫び声を喉が枯れるまで叫び続ける。

ここまで憎悪に満ち溢れていても、心の中では、まだ"過去の"鬼沙が笑顔を見せていた。


…時間にすれば、たった数分の出来事だったように思える。

だが、鬼沙を左手に吊るして辺りを適当に駆け巡っている時間は、今日これまでの、どの時間よりも長く感じた。


「はぁ…はぁ…はぁ…はー…これで、終わり…だなぁ?…鬼沙ァ…」


気付けば私はエレベーター前に佇んでいて…

見るに堪えない姿の鬼沙がエレベーター前のマットの上に死にかけの姿を晒していた。


手足を捥がれて何処かに消えて、その断面からドクドクと血を流し…

私が貫いた左胸の辺りからも、相変わらず血や内臓の一部がダラリと出てきて…

その顔色は青くなっていて、さっき殺した先代沙月以上に"萎れた"その姿は、とてもではないが尊敬と畏怖に満ちた"防人"だった鬼とは思えない。


「……良い姿だ。ここまでやれば、ただの"死にぞこない"だなぁ?鬼沙ァ?」


全身についた鬼沙の血肉を適当に拭って…全身についた細かな切り傷を癒していく私。

ただ佇んでる間に、荒れた呼吸も段々と素に戻っていき、少しの後、私は完全に"素"の状態に戻って、死を待つばかりになった鬼沙の傍に立ち尽くしていた。


「傷一つ無い。骨も何んともない。汚れだけは酷いけれど、これは仕方がないか…」


最早物言わぬ姿となった鬼沙の前で、ボソボソと呟く。

虫の息というか…死ぬ間際の呼吸とでも言うべきか、鬼沙は苦し気な呼吸を繰り返していて、私の言葉にピクリとも反応しない。


「どうやって生きてるんだか」


心臓を潰され、全身をここまですりおろしにされても、まだ生きている…

それだけで驚きに値するのだが、それも、もうあと数分の事。

私は呆れ顔を浮かべて、憑き物の落ちた顔を浮かべて呟いた。


そして、ゆっくりと鬼沙の傍に腰を下ろして、鬼沙の最期を看取るために楽な姿勢を取る。

別にこのまま屋上へ向かっても良いのだが…少し位"遅れたって"大勢に影響は無いだろう。


「最後に残るのは聴覚だったか。ってことは、冥途の土産話をする位は許されるな」


鬼沙の傍に座って鬼沙の顔を覗き込んだ私は、普段通りの声色で鬼沙に話しかける。

一方通行にしかならない会話だが、それでいい。


「さて、元様が今、この光景を見てるかは知らないけれど…この死にゆく鬼には"聞いた話"を話したって良いでしょ?防人を立ち上げたんだからさ」


防人元に貰って付けている耳飾りをちょんと触りながらそういうと、私の耳元にリィン…と涼し気な鈴の音が聞こえた気がした。


「良いって事にしておこうか」


それを"OKの合図"と都合よく捉えた私は、鬼沙の顔を覗き込んで、ゆっくりと口を開く。


「防人元は、鬼沙が知ってる"鬼"じゃないんだ。人だった頃の名は菅原道真っていう…歴史上の偉人。鬼沙が人だった時代よりもずっと前の人間。妖になって以降、様々な姿形で人や妖に接して暮し、彼は長い時間をかけて妖の事を体得していった。そして、妖は"自由な存在"だと気付いた頃に、鬼沙に会ったんだ。鬼沙に会う時に鬼に化けてたらしいよ?」


最期に伝えるのは、鬼沙の親友だったであろう防人元の話。

こんな話をする時は、防人元に掛けられた"呪い"のせいで話せなくなるはずなのだが…

呪いの気配も無くスラスラと話せる辺り、元様は今、耳飾り越しに私の目と耳を共有していて、死にゆく鬼沙の様子を眺めているのだろう。


「防人元が結論付けたのは、妖は"自由"だって事。ま、そうだろうね。姿形を変えて暮らして"自由"を得たんだから。その自由を鬼沙達と謳歌したかったそうだが、そうしなかった」


今話しているのは、鬼沙を後悔させる為ではない。

ただただ、鬼沙には知る権利があると、そう思っただけ。


「妖は絶対悪だった時代。その常識を覆す前に、鬼沙達は人に戻りたがったみたいだね。だから、防人元は自らの欲求を抑えてそうしてやったんだ。自由は時間と共に"思い知る"とでも思ったんだろう。だから、人に化ける術を与えて、偽りの身分も用意した。そうして大勢の要求に応える…いやはや、いい政治家じゃない?」


自分の考えも交えて鬼沙に告げる、防人元の真実。

自由を知ってもらえる、そう思った彼の目論みはあっという間に外れてしまうのだが…

それは鬼沙が一番よく"分かっている"事だろう。


「だが、人に戻った妖達は"人になり切れない"事を悩み人に拘った。防人元ですら"人に戻ってはいない"中で、鬼沙達は防人を組織したんだ。"人に戻る"為に…"人として死ぬ"為にね。妖を制御しながら永い時を過ごし、いつか人として死ぬ…その為に防人を組織したけれど、結果はこの通り。人と妖の間に立って、人が妖を監視する組織になってしまったワケだ。そりゃ、鬼沙からすれば"面白くない"だろうさ」


「防人元の思惑に気付く前に、自分達の思惑で外枠を括っちゃった訳だ。鬼沙、妖はね、死んでも死にきれないみたいだよ?死ねば異境で再び生を受けて、"異境で永遠に過ごす"んだ。姿かたちをも好きに変えられるなら、死ぬって最早関係ある?無いよね?死を気にせず、異境の生活を謳歌する。常識だのなんだのは違うけれど、だからこそ、好きにしていい自由がある。防人元はね、私に防人を任せて異境へ赴き、好きに旅したいみたいだよ?」


「…そう言ってみれば、ある意味、鬼沙の行動は間違いじゃなかったな…妖は私達の世界から逃れて過ごすべきだっていう、"今回の"思惑は、大外れじゃなかった。だけどもね、それは防人元の"自由"からすれば…自分で自分を制限する哀れな考えなのさ」


「妖になった以上、死を超越してしまった何かになった以上…自由にさせてやるべきだ。防人の人間として、防人元と話した人間として、防人を背負う者として!私はそう思ってる。場所毎に掟はあって良いだろう。それを選ぶ権利があって良いだろう?永く続く妖人生、飽きるまで、あの世界の行く末を眺めてみたって良いじゃないか」


延々と、一人語りを続ける私、鬼沙の呼吸は、もう止まりそうだ。

私は鬼沙のそんな姿を眺めながら、永い永い"独り言"を締めくくる。


「なにはともあれ、人と妖の境界線上に立つ者が防人だ。人と妖の間に立つ者として掟を定め、人と妖が"何事も無く"過ごせる様に監視する。そうして…妖が人の世で永い時を過ごすうちに、防人元の様に"自由"に気付いて…気付いた暁には"選択"出来る様に手助けする。私はね、防人をそういう風に変えていくよ。それと…そうそう、防人の人間も死んだら異境に再誕するんだってさ。だから、私がコッチで死んで、異境で妖として生まれた暁には…」


「また、隣に立って手を握ってくれる?お兄ちゃん?」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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