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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
碌章:境界線上の妖少女(下)
289/300

289.そう言われると、ここは夢の中だろうか?と錯覚してしまう。

そう言われると、ここは夢の中だろうか?と錯覚してしまう。

自らの妖力によって生み出した"ビーム"によって1階フロアの殆どを更地に変えた後。

私を呼び寄せた女の子に話かけてワケを聞くと、彼女はニコっと笑ってこう言ったのだ。


「わたし、獏!!」


周囲には数多の妖の屍が転がる中、何んともフワフワした声色で言い切る女の子。

人間の容姿を持っていて、人にすれば…3歳位?だろうか、それ位の年頃に見える。

苦笑いを浮かべた私だったが、獏と言われ、ふと中国に伝わる幻獣の事を思い浮かべた。

夢を食べる…んだったか?詳しく知ってるわけでは無いが、そういった種のはず…


「獏…?…」

「そう!わたしがここを作ったの!!」


苦笑いを浮かべて聞き返す私に、彼女は自信満々!という様子で胸を張って答える。

ここを作ったのが彼女…とは、とてもではないが信じられない。

私は苦笑いを引き笑いに変えると、しゃがみ込んで彼女と目線を合わせて、幾つか質問を投げかけてみた。


「獏って言ってたけど…名前と、年…って言える?」

「獏はばく!!年…わかんない!!」

「…そう。ここを作ったっていうけれど…どうやってやったの?」

「かんたん!おにいちゃんの夢を食べて、それをドーン!ってやっただけ!」

「ドーン…?まぁ、いいや…おにいちゃんって、何て名前か分かる?」

「おにさ!!」

「あー…それで、どうして私を呼んだの?」

「おにさの夢にいた!夢でいっぱい会ってる!」

「はぁ…ならさ、どうしてさっきは逃げたの?」

「知らないお姉ちゃんが居たから…」

「なるほど…でも、大丈夫だよ。お姉ちゃんの"友達"だから」

「そうなんだ!」


死屍累々の様子に怖気づかないのは、流石妖…と言った所だろうか。

どうも、この獏は異境で生まれ育った妖の様に思える。

だから、年齢の概念も無く、名前も種族名で終わってしまっている…そう思うのだが…

如何せん、彼女が"幼過ぎて"そう判断して良いものか分からない。


「なら…さ」


でも…彼女と"出会えた"お陰で、鬼沙の元までは行けそうだ。

それに、こんな"出鱈目な力"を持った存在が、まだまだ"幼く"…そして"素直そう"なのは安心材料と言える。

彼女は妖だから、善悪の基準がそもそも違うのだけど、その辺りはまだまだあやふやで、もしかしたら…鬼沙を消した後で"引き入れる"事が出来るかもしれない。

私に"敵対しない"という事は、彼女は"利用されているに過ぎない"という事なのだから…


「お兄ちゃんの所まで、案内してもらえるかな?」


私は僅かに安堵を覚えつつ、獏の女の子にそう尋ねる。

すると、彼女は無邪気な笑みを浮かべたまま「うん!いいよ!」と言ってくれた。


「……ありがと」


とりあえずお礼を…だが、この雰囲気の中で、こうもフワフワされると調子が狂う。

ゆっくり、トテトテと歩き出した獏についていきながら、私は爪に付いた血肉を落し…

これからの事について考えを巡らせた。


鬼沙は殺す。

それは絶対だが…正臣の"中身"をどうするか?それが問題だ。

今の正臣は、何の力かは知らないが…体と精神を"分離"させられてしまっている。

精神の方を鬼沙が"確保している"と言えるだろうが…それを戻す手立てなんて、知ったこっちゃない。


「ね、一つ…良いかな?」「なに~?」


1階フロアを歩く最中、私は無駄だと思いつつ獏に尋ねてみる事にした。


「正臣って名前の男の子、知ってる?」

「あー!まさおみ君!!しってるしってる!!今も夢の中にいるよ!!」

「え?…なら、寝てるだけ?」

「ねてるー!!まだ、起きたく無いみたい!!」

「そう…」


そしたらなんと、アッサリ解決してしまった。

余りのアッサリ具合に、ポカンと呆けた顔を浮かべる私…


「起こす事って、出来るの?」

「できるよ!!でも、起こしちゃうの…?」

「起こしちゃうのって…ダメだった?」

「ううん、だいじょうぶ!」

「そ、そう…なら、なるべく早く起こしてあげて欲しいな…彼、結構眠ってない?」

「そうだね!長い間夢の中に居たから!後で起こしてあげる!」

「ありがと…」


とてつもないアッサリ具合にどこか釈然としない私だったが、これでヨシとしよう。

獏に連れられて1階フロアの端…私達が乗って降りてきたエレベーターとは反対側のエレベーターホール迄やってくると、獏は四基あるエレベーターの中で、一番右端のエレベーターのスイッチを押した。


「ここから鬼沙の所に行けるの?」

「そう!これだけ下にいけるの!」

「なるほど…」


どうやら、この一基だけが地下に繋がっているらしい。

エレベーターがやってきて、中に入ると…確かにさっきまでのそれと違い、地下階のスイッチも存在している様だ。


「よっ!」


獏が背伸びしてスイッチを押す。

地下階へのスイッチ…地下何階かは知らないが、1つしか無い当たり、地下には1フロアしか無いのだろう。


扉が閉まり、グーンと音を立ててエレベーターが動き出す。

すると、女の子が私の隣に来て、自然な所作で私の手を握った。

その様子を見る限り、彼女はこの手の揺れが少し怖いらしい。


「ねぇ、地下に着いたらさ…さっき私と会った屋上で待っててくれないかな?」


そこそこ長くなりそうな移動時間。

その間に、獏にそう言ってみると、彼女は私の顔を見上げてコクリと頷いた。


「いいよ!」

「少し時間がかかるだろうけれど、絶対に屋上に行くから…待っててね?」

「うん!!」

「そして私が屋上に着いたら…私達が来た扉から外に出て、美味しいモノでも食べよっか」

「うん!!」


鬼沙を殺しに行くとは思えないテンションで獏に言い含める私。

勢いで美味しいものでも食べよう!と言ったものの、夢を食べるはずの彼女は、人間の食べ物を食べるのだろうか?と疑問が湧き上がってきてしまう。

ま、それは"後々の問題"として…私はフワフワした思考を頭の片隅へと追いやると、今一度自分の体を見下ろした。


着物をはじめとして、体の一部には先程切り裂いた妖共の血肉が付いているが…

その程度で、私の体に傷は1つも付いていない。

手足を適当に動かしてみても"快調そのもの"で、体が軽く動くし、爪は鋭く"良い切れ味"を保っている。


(ひょっとしたら、刀以上に斬れるんじゃないかな?)


カシャカシャと手の爪をすり合わせて、爪の断面を見てそんな事を頭に巡らせて…

足元の爪は、エレベーターの床で研いで僅かに濁っていた部分を綺麗に磨いた。

準備万端…今すぐにでも"鬼沙を殺せる"様になった私は、エレベーターの到着を今か今かと待ち構える。


「さて、そろそろかな」


エレベーターの音が僅かに変わった頃。

私はそう呟いて、私の方に顔を向けた獏に笑顔を向けて、彼女にこう言い含めた。


「ちゃんと屋上で待っててね?お姉ちゃん、用事を済ませたら直ぐに行くからさ」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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