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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
碌章:境界線上の妖少女(下)
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287.黒ずくめの男についていくこと程、不安になるものがあるだろうか?

黒ずくめの男についていくこと程、不安になるものがあるだろうか?

私の世代…といって正しいかは分からないが、大抵この手の"黒ずくめ"な格好は"怪しい"者がするものだと相場が決まっている。

だが、今は何の手掛かりも無い状況…黒ずくめの男2人の案内に従って付いていくしかない私達だったが、当然、私達の表情は硬く、いつでも"動ける"様に身構えていた。


「1階の総合案内所って、ここはデパートか何かなの?」

「そういう呼び方が…」「正しいかは分かりかねますが…」

「「その様なモノだと思っていただければ幸いでございます」」


ゆっくりと、音も振動も少なく1階へ降りていくエレベーターの中。

最奥の壁に寄り掛かった私が前で突っ立っている2人に話しかけると、2人は"2人で1人"かの様な反応を見せてそう答える。


「アンタ方は何者さ?そんな、2人で1人みたいな事言って」

「私達は1つの存在だからです」「そちらの世界には居ないでしょうけどね」

「はぁ…」

「何と言えばいいのかは分かりません」「私達は多数で1つの存在」

「当然、まだまだ他にも"私"がいます」「他所に居る"私"と全てを共有しているのです」

「……頭が痛くなってきた」


今の質問はしない方が良かったかもしれない。

私が顔を顰めて呆れ顔を浮かべると、横に居た沙絵も同じような顔を浮かべていた。

このスーツ姿の男達…前に見たのは学校で皆を"連れて行く"所だったか…

つまりは、大勢いると思ったあの連中は"1個体"ってわけだ。

通りで全く同じ、"統率の取れた"行動をしていたわけだが…深く考えるのは止めにしよう。


「お連れ様というのは誰の事なんでしょうか?私達は2人でやって来たのですが」

「羽瀬霧正臣様です」「ご存じ無いでしょうか?」

「そう言う事…でも、連れ去ったのはソッチだろ?どういう風の吹き回しさ」

「そう尋ねられましても…」「我々も、"ビルの所有者"として動いているだけですので…」

「はぁ?…何さ、近くに古めかしい趣味の鬼が居たりしないのかい?」

「え、えぇ…その通りです」「今、我々に与えられた仕事はビルの保全です」

「なら、正臣は今、1人で居るってワケ?」

「そうなります」「1人で彷徨っていた所を保護致しました」

「……そう」


エレベーターがそろそろ1階に着く頃。

私は"話の噛み合わなさ"に顰めた顔を更に歪めたが、全ては"見れば分かる事"なのだ。

深く追求せずに黙り込んで、エレベーターの向こう側の景色を見て決める事にしよう。


「到着致しました」「こちらでございます」


ポーンとした電子音と共に、エレベーターが止まって扉が開く。

目の前の妖2人…(1人とは言えまい)について外に出ると、そこは正に"エントランスホール"といった様子で、出入り口の向こう側は真っ暗闇になっている。

エレベーターを出て直ぐ近くの所に、案内所の様なスペースが出来ており、そこに新たな"スーツ姿の男"が立っていて、私達を出迎えた。


「「連れてきました」」「お疲れ様です」


3人に増えたスーツ姿の男。

同一人物という割には個体差というか、顔も背格好も違うのだが…

妖の種族としては、"そう言う事もある"として捉える他無い。


「「……」」


彼らは案内所の裏手側に回っていき、一瞬…周囲が静寂に包まれた。

私達は彼らについていく事無く、案内所の前で止まって顔を見合わせたが、どうすることも出来ずそのまま"待つ"事にする。


「お待たせいたしました」


待つこと数瞬…案内所の奥から1人、スーツ姿の男が姿を表して…

彼の後ろには、憔悴しきってフラフラになっている正臣の姿が見えた。


「正臣!!」


正臣の姿が見えた途端。

私は彼を"取り返して"肩を掴み、顔を見合わせる。

スーツ姿の男は、それに苦笑いを浮かべて見せると、何の抵抗もせずに案内所の裏へと消えて行った。


「正臣!大丈夫?迎えに来たの!もう大丈夫だから!!…ね?ま、正臣…?」


正臣は、私の叫び声には反応を見せるものの声を返してくれず…どこか"心ここにあらず"といった様子に見える。

何と言えばいいのだろう?ロボット…?息をして、声に合わせて動きはするけど…それだけみたいな、そんな状態。


「ねぇ!正臣!私!沙月だよ?気付いて無いの?ねぇ!正臣?正臣?…まさおみー!!!」

「沙月様…少々失礼します」


顔を真っ青に染めてブンブンと肩を振って声をかける私を諫め…

沙絵が正臣の正面に立って彼の様子を見る。

すると、ちょっと正臣を見つめただけで、沙絵は目を細めて険しい表情を浮かべて見せた。


「これは…」

「どうなってるの!?」

「"心だけ"抜き取られてます。なので、今の正臣君は"器"だけです」


沙絵の診断結果を聞いて、私はポカンと口を開ける。

そして再び正臣の方に目を向けると、彼の眼は、さっきまでと違って"真っ赤"な光を宿していた。


「ソイツが必要らしいからなぁ…チト、"協力願った"ってわけだ」


正臣の異変に気付いた刹那。

ビルの音響設備から鬼沙の声が聞こえてくる。

私達はすぐさま正臣を護るように身構えると、スピーカー越しに鬼沙の高笑いが響いた。


「無駄だ!ソイツは所詮"器物"!!護る価値なんざねぇし、コッチから手を出す価値もねぇよ!」


嘲る口調で叫ぶ鬼沙。

どこまでも、彼は"黒く染まってしまった"らしい。

私は一瞬にして茹で上がった脳内を冷ましてスピーカー越しの声に耳を傾けると、暫しの静寂の後、鬼沙はゆっくりと話し始めた。


「お前の答えは十分に分かったぜ。沙月を…よくも消してくれたもんだな。見つけんのも、連れて来るのも、大変だったのによぉ…」


何処から見ているかも分からない。

黒いスーツ姿の妖は案内所の裏へ姿を消してしまったままだから、今ここに居るのは私達だけのはず…なのだが、懸念通り"監視カメラ"があるのだろう。

鬼沙はそれを見て、私達に語りかけているのだ。


「ま、試しに作った場所だから…どうせ長くは持たなかっただろう。だが、ここは違うぜ。俺達の"第2の故郷"になる世界だ。まだ作り始めて間もないが…出来れば、俺達の都が浮かび上がってくる…あと半年もすれば、全国の妖がここを求める事だろう。ここで表と同じように暮し…偶に"豪華な食糧を調達してくる"んだ」


鬼沙は悦に浸った声色で話しを続ける。

妖らしい思考に染まり切って…"人"を"下"に見た考えをべらべらと捲し立てた。


「防人なんてもう要らねぇ。表にかける迷惑なんざ、たまに出る行方不明者位なモンだ。だが良いだろ?俺達が手を出さなくたって、毎年数万人は消える世の中なんだ。誤差だよなぁ?そして、あの国から妖が消えれば、この間見てぇな外国の"拝金主義者"共も見放すだろうよ…妖の居ない土地に価値なんざねぇからな」


落ち着いた鬼沙の声色…その裏から、何かサイレンの様な音がなり始めた。

警報とでも言うのだろうか?ジリリリリリリ!!と鳴るサイレンの音が辺りに鳴り響き…

その直後、どこに隠れていたのか、妖が次から次へと出てきて、あっという間に私達を取り囲む。


「指示があれば…」「逆らう事は出来ませんからね…」


私達を取り囲んだ妖の中には、案内所に戻ったスーツの彼らも混じっており…

ここにいる妖達が"鬼沙の支配下"に居る事が良く分かった。

そんな彼らに囲まれた私達…その様子を見ているであろう鬼沙の声は、更に楽し気なモノに変わっていく。


「ここまで来ただけ褒めてやるよ沙月。成長したなぁ…ホント。だけどな?それもここ迄だ。お前を殺して"ガワ"だけ再利用するさ。ここの連中は、お前如きに倒せねぇだろうよ」


お読み頂きありがとうございます!

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