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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
碌章:境界線上の妖少女(下)
285/300

285.廃トンネルの中は、味気ないものだった。

廃トンネルの中は、味気ないものだった。

人払いも済ませ、ゴクリと生唾を飲み込んで乗り込んだ廃トンネルの中。

入ったばかりの所から妖の相手をしなければならないと覚悟していた私達だったが、中は何てことの無い"廃墟"の様相を呈していて、私達の威勢は僅かに削がれてしまう。


「何もありませんね」

「明るいけどね…」


周囲を見渡す限り"廃墟"だった事を意外に思いつつ、ボンヤリとした、トンネルらしいオレンジ色の明かりが付いている光景を見てどこか不気味な雰囲気に背筋を冷やす。

私は着物の袖から取り出した呪符の力を借りて"妖"となり、手足まで"妖の姿"になったまま、そんなトンネルの奥へと足を踏み出した。


「大して長くも無いか」

「えぇ、短い方ですよ。しかし懐かしいですねぇ…この狭さ。良く通ってたものです」

「ホントにね。間違ってでも自転車とかで端を通りたく無いな」


このトンネルは、凄く長い!とかそういうことは全くない。

寧ろ、古いトンネルの中でも"短い方"。

私達がトンネルの中を歩けば、あっという間にトンネルの向こう側が見えてきて、同じように"蓋"が成された所に、見覚えのある車が1台、止まっていた。


「っと…もぬけの殻だ」

「鬼沙の車…ですよね」


青いスポーツカーは、廃トンネルの埃っぽさに反してピカピカで良く磨き込まれている。

車の横まで歩いて行って中を覗き込みながら周囲を1周してみると、ボンネットの辺りから僅かに熱気を感じられた。


「まだ、30分も経って無いんじゃないかな?この辺さ、温いよね?」

「どれどれ…あぁ、そうですね。走って来たばかりと言えそうな…」


沙絵に確認してもらって"止められたばかり"であると確定させると…

周囲に神経を研ぎ澄ませて、何か"異変"が起きていないかを探り始めた。

求めるのは、さっきまで居た異境で知った…"扉"から感じた妖力。

その妖力と同じ感覚が、きっとこのトンネルの何処かにある…


「……ん?」


そう思って車の周囲から徐々に離れていくと…

ふと、私達が歩いてきた方の壁に違和感を感じた。


「ちょっと来て」「はいはい…」


車から、数十メートル程入り口側に戻った所…

車線で言えば…入り口側から見て、対向車線になる方のトンネルの壁に感じた違和感。

沙絵を呼び寄せた私は、"一見普通に見える"トンネルの壁の前に立ち止まると、手に"妖力"を宿して赤く光らせ…その力を、壁に向かって"放出"して見せた。


「ちょ、沙月様…待っ…うわっ!!!!」


沙絵の驚きにも動きを止めず…トンネルの壁に攻撃を放ってみせた私。

真っ赤な妖力を宿した一撃は見た目こそ派手だが…トンネルの壁を僅かに抉る程度に威力を抑えてある。


「面倒な手間をかけさせるものさね」


パラパラと破片を浴びながら、壁の中から"現れた"扉を見てポツリと呟いた。

隣に居た沙絵も、破片の煙が晴れた頃に扉に気付いて「あっ」と声を上げる。


「鬼沙はこの中に居そう…と思った方が自然でしょうかね」

「そうだろうね。こんな"良い場所"ががらんどうなら…ね?」


扉の前で話し込む私達。

この扉が露わになったからといって妖がワッと出て来るような事も無く、どこまでもこのトンネルは"廃トンネル"のまま…シンと静まり返ったままだった。


「行ってみるしか無さそうだね。また"あんな町"を作られてちゃ、たまったものじゃない」


周囲を今一度見直して、そう呟いた私は扉の方に一歩踏み出し、ノブを手に取って沙絵の方に向き直る。


「準備は出来てる?」「勿論です」


軽い確認を取った後。

ノブを回して扉を開けて、トンネルから繋がった"異境"へと足を踏み出した。


「……!」「……!」


扉に足を踏み入れた刹那。

私達を襲ったのは強烈な閃光…思わず目を背ける程の閃光に驚き、足を止める。

そして、閃光の強さが"マシな程度"になって視線を前に戻せば、異境の様子が目に入って来た。


「これはまた凄い場所に出て来ましたね」

「あぁ、向こうに見える通りは"さっきまで居た場所"じゃない?」

「恐らく。でも、行けそうにないというか…見えるだけ、なんでしょうか」


そこは"ビルの屋上"とでも言えばいいのだろうか。

強烈なネオンの光に照らされた、不思議な空間…


扉がある場所こそ、ビルに繋がっていそうな所にあるのだが、こちら側に来てビルの柵に手を当てて向こう側を見やれば、ビルの周囲にあるのは一面の闇で、一度そこへ足を踏み出せば最期、何処にも繋がって居なさそうな光景が広がっていた。


更に目を遠くへ向ければ、さっきまで居た"ループする通り"に建っていたビルが見えるのだが…そこまで飛んで行けそうにも見えるのだが、恐らく"見えるだけ"で繋がってはいないのだろう。

それを"検証"する気も失せる程に、ビルの周囲を包み込む闇が不気味で…私と沙絵は柵から闇を見下ろして、顔を顰めていた。


「向こう側じゃないってことは、ビルの中か」

「入って来た扉の横から入れそうですが……」

「入ってみる?」

「入るしかないんじゃないですか?」

「それもそうか…」


ビルの外がそんな光景ならば、残された道筋は足の下にあるビルの中。

見やれば、廃トンネルに繋がる扉の横に、ビルの中に繋がるであろう扉が見えている。

私と沙絵は屋上の柵の前で言葉を交わした後、ビルの中に入ろうとそちら側に足を踏み出すと、ガチャリと音を立てて件の扉がギィっと開いた。


「!!」「!!」


身構える私達。


「んー?おねえさん、だぁれ?」


扉に目を向け何が出て来るかと体を強張らせれば、そこから出てきたのは"子供"だった。

可愛らしい女の子…彼女が首を傾げてそう尋ねられれば、私達の勢いは僅かに削がれるというものだが…

その子から感じる禍々しい妖気のせいで、警戒感までは解かれていない。


「……」「……」


構えたまま、言葉を失う私達。

この子にどう説明したらいいものか、どういったらいいものか…

思いつかずに黙り込んでいるうちに、扉から出てきた女の子は首を傾げたまま、クルリと扉の向こう側へと振り返ってしまった。


「……」「……」


そして、そのままビルの奥へと消えていく女の子。

私は沙絵と顔を見合わせ、頬に流れていた冷や汗を拭うと、先行して女の子が消えた扉の向こう側へと足を進める。


「居ない…」


扉の中へ顔を覗かせてみれば、既に女の子の姿は何処にもなく…

私は状況の不気味さに背筋にヒヤリとした物を感じながら、扉の中に入り込んだ。


「こんなに明るいのに、気分は肝試しか…しゃらくせぇ真似しやがって…」


お読み頂きありがとうございます!

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