262.何処かへ向かう道中は、昔話に花が咲く。
何処かへ向かう道中は、昔話に花が咲く。
余市の街外れで雪女と交戦し、更には先代入舸沙月が私達の目の前に現れた次の日。
私は正臣に行って部活を休みにさせてもらい、再び沙絵と共に仕事に出ていた。
「こっちのほうが快適じゃない?」
「快適かどうかじゃないんです。気持ちの問題なんですよ…今年中に直るのかなぁ…アレ」
昨日の1件で、沙絵の車の左半分はつららの銃撃に晒されて穴だらけ傷だらけ…
既に20年以上も前の車だから、替えの部品やら窓ガラスが無いやらで、修理から帰ってくるのはいつになるかは分からないらしい。
だから、今日は家の…父様が普段乗ってる何の変哲もないセダンを借りて外に出ているのだが、沙絵の機嫌は少々落ち込み気味だった。
「それで、昨日の今日で良く見つけたよね」
「…えぇ、メノウの手柄ですね。吹雪の中でも目を離さないで居てくれたそうです」
「それは凄い。普通に危険だったっていうのに」
「ですが、突き止められたのは雪女の居場所だけです。車の方は見失ったと…」
「全然、大金星さ。それに…鬼沙に"ちょっかいを出す"なら最後だ。まだ…今じゃない」
私は外の景色を眺めつつ、険しい顔を浮かべてそう言った。
今回の事件、行方不明になった外国人が道脇の雪山から遺体で出てきた連続怪死事件に…
お尋ね者の妖が小樽に呼び寄せられた件に、悪霊の大量発生。
どちらも、裏に居るのは、鬼沙と…先代の入舸沙月だ。
その2人を隠せれば良いのだが…そんなすんなり隠せる相手じゃない。
「家にも言ってないんでしょ?」
「鬼沙の事は言いましたけども、先代の沙月様の方は…まだですね」
「それでいいよ。おばあちゃんの耳にでも入れば大騒ぎだろうから」
「それは…そうでしょうね…まさか、自分の母親がって話ですから」
「ただ…京都の方には知らせておきたいなって思うんだけど、どうだろう?」
「京都…はぁ」
雪女の元へ向かう道中。
今度は積丹半島の最奥地に隠れた彼女の元まで行く間に、方針を決めてしまいたかった。
私の意図としては…先代沙月の事もあって家では大事にしたくはない…まだ彼ら自身の手では何も起きて無いし…のだが、京都の側には伝えておきたかったのだが…
「流石に無理があるのでは?どうせ鬼沙の周辺を調べてる時に見つかるでしょうし」
「それもそうか…心配、かけさせたくないんだけどね…」
「お気持ちはお察ししますが…先代の沙月様は、最早敵です。危険な妖ですよ」
沙絵は積丹に向かう一車線の道をノンビリと走らせながら、どこか寂し気な声色で言った。
「前の沙月がああなって、ショックだったんだ?」
「それはもう。防人の中でも滅多に無いですから…」
「どんな人だった?」
「沙月様と似ていますよ。見た目だけじゃなくて、中身も…まぁ、時代が時代でしたから、今から振り返れば、少しキツイ面もありましたが」
沙絵はそう言いながらチラリと私の方に視線を切ると、ニヤリと冗談めいた笑みを見せる。
「あぁ、頭の良さは向こうの方が上です」
「聞きたくなかった…こう見えても最近は勉強頑張って学年50位以内入ったんだけど」
「素の地頭が良いんですよ。防人に居た人間の中では…今でも5本指に入ると思います」
「はぁ…そりゃ、天才だ。入舸って名前が余計だった感じじゃない」
「あの当時はそこまで険悪じゃありませんでしたが…まぁ、そうですね。最後は時代に嵌められた面もありますから」
「おばあちゃんが子供の頃に隠されたんだっけ。妖に」
ラジオの音量を低くしてドアの内張りに頬杖をつき、ズレていた伊達眼鏡を直した。
沙絵の昔話…"1つ前の私"の話は、我が家では触りしか聞いた事が無かったから、つい聴き入ってしまう。
「消えたのは、1945年の7月です。沙千様が5歳になった直後の事でした」
「7月…なら、終戦間際だ」
「えぇ、この辺りは比較的戦火の影響も無く"普通"な方だったのですが、それでも、元々田舎ですし…経済的な貧しさから来る飢餓に見舞われていました。そんな中、入舸家は政府の影に隠れて"食糧"を栽培して地元の人間を生かそうとしていたのですが…」
沙絵はそこまで言うと、言葉を止めて少し考え込む。
そして「あぁ、そうだ」と思い出したような声を上げると、僅かに目じりを下げた。
「終戦間際のある日、その"裏家業"がバレまして。沙月様がやり玉に上げられてしまったのです。今から考えれば…ウチを快く思ってない者の告げ口だったんでしょうね。当時はまだ、妖の存在を信じる者も多かったですから」
「なるほど…その時に"発火"したわけだ」
「はい、推察の通りです。こういう所にも特高は出しゃばるものでして、沙月様は拷問にかけられたそうなのですが、その時に"妖化"してしまったんですね。彼らはやりすぎたんです。人が妖になる時必要な要素を、自ら揃えてしまった…」
私は沙絵の話を聞いて目を細め…遠くを眺める。
今は丁度長いトンネルを越えて、古平に入った所だ。
「鬼と化した沙月様はその場にいた人間を全て惨殺。そこで"人の味"を覚えてしまった沙月様は、最早人であれば誰でも良く、手当たり次第に襲って行ったんです。周囲を"食わせる"為にあの人は食べるのを我慢していましたから、空腹だったんでしょうね」
「だけど、隠されるには十分だ。警察組織の人間だけなら、まだ京都の威光があったかもしれないけど、一般人までとなると…」
「はい、擁護不能でしたから。あの時代にしては珍しく、2日も経たないうちに京都から人が来て、私達が何とか捕らえて匿っていた沙月様をあっという間に隠してしまいましたよ」
「そりゃ、この世に恨みも募るわけだ」
そう言って苦笑いを一つ。
私は背筋に寒いものを感じながら、先代沙月の"不運"に同情してしまう。
恐らく、私も…"妖"になった場所が場所ならば、空腹だったのならば、間違いなく彼女と同じ末路を辿ったのだろう。
"症状"だけで言えば、ほぼ同じなのだから…
「ですが、昨日の彼女を見る限り…鬼以外の素質もあった様ですね」
「へぇ?それは気付かなかったけど…どういう事?」
そろそろ雪女の居場所に着く頃なのだが…
私は沙絵の方に顔を向けると、そのまま彼女の言葉を待った。
沙絵はそんな私の視線に気づくと、チラリとこちらを見やってから、小さく口を開く。
「言うならば…"仙人"ってやつでしょうか。老婆に"なれた"…"年を重ねられた"と言う事は…沙月様は"鬼"になっただけでは無いってことですよ。"鬼"だけであれば、年齢はそこで固定されるんですから」
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