249.皆も変わったような気がするのは、私だけだろうか。
皆も変わったような気がするのは、私だけだろうか。
周囲を変えたければ自分が変われとは…詐欺師の言葉だとしか思ってこなかったのだけど。
どうも、私が変わったせいか、周りの人達も変わり始めた様に見える。
「やるなぁ…沙月。"そのカッコ"でここまで追い詰められるとは思わなかったぜ」
「ソイツはどうも。その割には、まだ余裕があると思うんだけど?」
「少しはカッコつけさせろよ。正臣のあんちゃんと同じだぜ」
「なるほどね」
冬休みも終わって早1週間が過ぎた土曜日の午前中。
私は八沙の家を訪れて、彼の家の道場で剣道の手合わせをしてもらっていた。
今の私は、耳飾りもお面もない…"素"の人間。
八沙を汗だくにする位には追い込めた様だが…まだまだだ。
「カッコつけるだけの余裕があると?」
「はっ…休ませてくれねぇなぁ…沙月は」
「軽口を叩けるだけ、まだまだってことでしょ?」
竹刀を構えながら言葉を交わす私と八沙。
互いに防具の中身は汗でびっしょり濡れていて…
湯気が立ち込めるのではなかろうか?という位。
そうなるほどに激しく打ち合ったのだが…
開始から数時間たった今も互いに一本も取っていないのだ。
まだ、決着はついていない。
そろそろ、一本取るか取られるかしたいのだが…
"ゥゥゥウウウウウウウウウウウウーーーーーーーーーーーーー"
「……」「……」
12時のサイレンが私達の勢いに釘を刺した。
私と八沙は、防具越しに目を合わせて頷くと、どちらからともなく竹刀を下ろして防具を脱ぎ捨てる。
「ぷはっ…スゲェ汗だな。これは風邪ひくぜ」
「お互い様だね。お風呂、入ってもいい?」
「あぁ、入ってこい入ってこい。もう溜まってるはずだぜ」
「ありがと」
防具を脱いで、それらを片付けて…竹刀を道場の壁にかけて、私は道場を出た。
目指すはお風呂場だ。
「あ、沙月ィ!」
その刹那、八沙に呼び止められて振り返る私。
「着替え、忘れんなよ?」
「あっ…うん」
まず最初の目的地は、鞄を置いてきた居間だ。
汗を拭いながら道場を出て、家まで繋がる細く寒い廊下を小走りで駆け抜ける。
「寒っ…」
温まりすぎたと言っても過言ではない体が一気に冷やされ、汗は冷水へ変わった。
廊下から八沙の家の中に入ると、今度は暖房の暑さにクラクラしてくる。
この寒暖差だけで体調を崩してしまいそう…
私はそう思いながら、居間に置かれた鞄を取って、風呂場へと急ぐ。
再びさっきの廊下に出て…脱衣所の扉を開けて中へ。
ずぶ濡れになった衣類を洗濯かごに放り投げ、用意されていたタオルを手にして風呂場へ足を踏み入れると、私はシャワーに手を伸ばして、キュッとレバーをひねってシャワーを出した。
もうもうと湯気が立っているお風呂。
そのまま入れば、火傷しそうなほどに熱いのだ。
だから、先ずはお湯を水で薄めながら…シャワーを浴びて、頭と体を洗ってしまう。
「沙月様。洗濯物を取りに来ました」
頭と体を洗って、さぁ湯船に浸かろうかという所で、八沙の小間使いになってる妖に声を掛けられた。
如何にもなおばさんといった風貌の妖で、八沙の家の家事をやったり、漁が忙しい時は港にも出て手伝うという…"なんでも屋"みたいな妖だ。
「あ、ありがとう。ずぶ濡れなんだけど…ごめんね?」
「いえいえ。バスタオルはここのを使って下さいね~」
「はいはい~」
適当に受け答えをしてから、湯船に浸かる。
少し薄め過ぎたのだろうか…?ぬるく感じるが、これはこれで丁度良い湯加減だ。
「ふぃ~」
天井の高い、"昔ながら"の風呂場の湯船につかって気の抜けた声をあげる私。
体も洗ってサッパリした所で、薬味が効いたお湯…良く体に染み渡ってくる。
「今時、こんな風呂も無いよねぇ…」
暫し気持ちよさに蕩けたあとで、ふとお風呂場の中を見回して呟いた。
石が敷き詰められた様な床の上にお風呂マットが敷かれた光景…
腰の高さくらいまでは水色のタイルが張りになっていて、あとは白い壁…
妙に高い天井と、背伸びしないと手が届かない位置にあるすりガラスの窓。
如何にも"昭和"な光景だ。
「平成も後少しだってのに」
静寂に包まれ…湯気に包まれた風呂場で独り言を呟く私。
ニュースでやっていたが、どうやら来年の4月で平成が終わるそうだ。
タイミングが良いのか悪いのか…
防人が大きく変わろうとしている時に、元号も変わるとは…不思議な縁を感じてしまう。
「あと2年」
防人元に告げられた、"時間"は2年。
私が高校を卒業したら…18歳になったら、防人元は私を防人の長に据えるのだと言った。
今思い返しても、何の冗談かと思うのだが…冗談ではないのだ。
彼は本気で、防人の長から退く気でいる。
あの殺風景な部屋を出て異境に隠れ、"自由気まま"に旅をするのだろう…
「冗談じゃ、ないんだよなぁ…」
湯船につかったまま、ボーっと天井を眺め、この間の事を思い出す私。
最近、ボーっとすることがあれば、脳裏に思い浮かぶのは、防人元と過ごした光景だった。
目の前には、大河ドラマの主人公といった風貌の…"菅原道真公"の姿をした防人元がいて、その前には、着物に身を包んだ私がいる。
実際にあった光景…実際に、乗り越えてきた光景…
今でも夢だったのではないか?と思う時があるのだが、間違いなく現実にあった光景だ。
「……」
たった数時間しか顔を合わせていない私に、彼は長を任せると言った。
彼に言わせれば、理由は色々とあるのだろう。
彼の言葉の通り…あの塔の護りを最初に退けた人間だったからだろうし…
私が、"人の心を持ったまま"妖に変化できたからというのもある…
更に邪推すれば、私の力…百鬼夜行に興味を持ったから?とも思う。
とにかく、彼は私に防人を任せると、決めてしまったのだ。
「冗談じゃ無いんだよなぁ…」
更にポツリと呟いた。
CAになる夢なんて諦めて…将来の事等ぼんやりとしか思ってなかった時に"コレ"だ。
防人元が私にくれた2年という時間…それは一見、長い様で余りにも短い時間だ。
2年間で、私は防人を率いる程の人間にならねばならない。
そうなるんだと思ってしまったとき、強く自覚した時、私は今の私に絶望していた。
今の私は"たまたま"強い側にいるだけ…
妖力だけを見れば、もっと強い存在は防人の中に大勢いるはずだ。
力ですら一番になれないのに、私と来たら、頭はからっきしで…妖術にも疎いときた。
ないない尽くし、知らないことだらけ…それではとても、長になるなんて言えない。
だから…この2年間で、少しでも"強く"、"賢く"ならねば…そう思った。
「強さと賢さ…それだけじゃないんだろうけども。あと2年…どうにかしなきゃ…」
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