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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
伍章:境界線上の妖少女(上)
244/300

244.眠りについた覚えも無いのに寝てしまった時は、起きてすぐに身構えてしまう。

眠りについた覚えも無いのに寝てしまった時は、起きてすぐに身構えてしまう。

不思議な心地よさを感じながら目を開け、目の前に見知らぬ天井が見えた途端。

私は大きく目を見開きながら飛び起きた。


「やっと起きたか。体は正直なものだな、疲れを隠さなかった」

「……は、はぁ?」


思わぬ光景…ここは、防人元の部屋。

部屋の主は、昨日、私と話し込んだ場所に置物の様に座ってこちらを見ていた。

私は彼の目線上…部屋の隅に敷かれた布団の上で、ぐっすりと眠ってしまっていたらしい。


「昨晩、窓際で倒れたのさ。ただの気疲れだ」


寝起き特有のだらしない顔を晒して、眠っていた布団に目を向ける。

白く分厚い布団に…前時代的な、時代劇でしか見た事の無いような足のあるタイプの枕…

よくもまぁ、こんな所で寝て、首元に変な疲れが残らなかったものだ。

いや…枕から落ちなかった事と、寝相を崩さなかった事にホッとすべき…なのだろうか。


「あぁ、安心してくれ。準備は使いの者にさせたからな」

「え?あっ…はい、はいっ…」


言われて体を見れば、着物も違うし呪符やら持ち物が無い…なんなら下着まで違う。

というより、髪もいつもより"艶々"で…肌も、汗や血が消え…スベスベしている気がする。

そこまで確認して、ようやく"普段の調子"が戻ってきた私は、パッと布団の上に正座した。


「姿勢を正す必要もないだろう」

「いえ…その、す、すみません。面倒をおかけしてしまい…」

「気にするな一晩位。どうせ戻るにも遅い時間だったんだから、泊める気だった」

「ですが…その」

「男女間の間違いなど、私とお主の間に起きると思うか?」

「い、いえっ!!」

「ならそれ以上言うな。朝食は用意できぬから、落ち着いたら戻りなさい」

「わかりました。あ、ありがとうございます」


顔を真っ赤にしながらペコリとお辞儀をして、私は周囲を見回す。

丸窓から入る光…南向きの部屋だという事は分かっていたが…

光の入り具合から察するに、今はもう11時とかその辺りではないだろうか?


塔から出たくない気持ちがムクムクと沸き立ったが、直ぐにそれを押し殺し、飛び起きた時に乱れた布団を直し始める。


「あぁ、そのままで良いぞ?どうせ片付けるのだから」

「で、ですが…」

「律儀だな。そして気づいておらんのか?」

「え?」

「ほれ」

「わっ…!!」


首を傾げた私…直後、防人元が指を鳴らすと、私が乗っていた布団がパッと消え失せ、私は畳の上にぺたりと落ちた。


「そういえば…妖術の類は、苦手だったみたいだな」

「は、はい…そうですね。こ、こんなことにも使えるとは」

「そうだ。だからこそ、妖に科学は要らんのさ。必要なのは"想像力"だな」

「なるほど…それは、これからの課題ですね。私の」


そう言いながら、何も無くなった畳の上に立ち上がる。

手足を適当に動かせば、昨日の夜から変に纏わりついていた違和感の様なものが綺麗に消えていた。

きっと疲れだったのだろう…それが、さっきの布団で解消したとは…中々思えないのだが。


「それでは、私はこれで」

「あぁ、また近いうちに」

「そうですね…では」


そのまま部屋の扉まで移動して、ペコリとお辞儀をして部屋を出る。

明るい時間帯に見る塔の通路は、これが初めてだが…

思った通りの、時代劇に出てきそうな…お偉方の棲み処という装飾具合だ。


普段見る事のない異質な景色に囲まれて、周囲を見回しながら塔の出口の方へ歩いていく。

さっきまでいた場所は塔の最上階…

そこから降りて私が"大暴れ"した塔の中庭を囲む廊下を何度も歩き…ようやく地上へと降り立った。


「寒っ…」


誰とも顔を合わさず塔の外に出た私は、外の冷たい空気に体を震わせながら、小走りで本家の方まで戻っていく。

思い出してみれば、昨日、あれだけ吹雪に見舞われたのだ。

吹雪が"妖"の仕業だったとしても…寒気がやってきてしまったのだろう。

白い息を吐きながら本家に戻った私は、今日もどこか"賑やかな"本家の空気を感じながら、食堂の方へと歩いていった。


ここまで、怖いくらいに誰ともすれ違っていない。

人の気配だけはするのだが…それは少し遠く感じる。

不思議に思いつつ、食堂の扉を開けると、そこでようやく他人の姿を見る事が出来た。


「!!!」


入り口ですれ違いになったのは、どこかの家の大人達。

彼らは修行後?なのだろうか…どこか疲れた様子で出てきて私を見て…

ギョッと顔を青褪めさせながら、すれ違ってそそくさと廊下の奥へ消えていく。


「…そんな、お化け見たって顔しなくても良いでしょうに」


普段であれば、仲の悪い家相手でも、会釈程度はしてすれ違うというのに…

食堂の入り口で、ポツリとそう呟いた私はお盆を持って食事を取るレーンに並んだ。


「あー!!いたぁ!!沙月!!」「!!!!」


列に並んだ瞬間、席の方から大声があがる。

余りの声の大きさに…私に向けられたその声に驚いて見やれば、声の主は千鶴の様だ。


「って…さ、沙月…だよね…?」


レーン近くの席で、洛中組+モトの集まりで座っていた彼女は、バッと立ち上がってこっちに近づいてきて…声のトーンを小さくして尋ねてくる。


「そうだけど。そんなに、今の私…何か変?」

「変って…変だけど。今まで何処にいたの?」

「あー…夢幻回廊の中の…最上階?」


千鶴の反応を見て苦笑いを浮かべつつ、変にボカして質問の答えを返す私。

千鶴はそれを聞いて目を見開いたが、その直後、直ぐに何かを察したような顔を浮かべて、着物の袖から手鏡を取り出した。


「見てごらんなさい。その状態で良くもまぁ…騒ぎにならなかったわね」

「うえぇぇ!!??」


鏡を見て直ぐ、私はさっき出口ですれ違った人の反応に合点がいく。

鏡に映った私は、確かに私の顔をしていたが…明らかに昨日までの私と違っていた。


「え?千鶴…これ、どういうこと…?」

「私に聞かれても…こっちのほうが聞きたい事多い位なんだし」

「そ、そうだよね…」


千鶴の手鏡に映った私の顔と髪は、これまでの私のそれとは大きく違っている。


「……原因は、思い当たるけどもさ」


白菫色の髪は、薄紫色だろうか?光の当たり具合では水色にも見える様に変色し…

目の色も、防人らしい藍色ではなく、爬虫類の様な目になり…瞳は緑色に変わっていた。

それだけならまだしも、白目の部分はぼんやりと白系の薄紫っぽく変色していて…

白かった肌までもが僅かに紫っぽさを帯びて、左頬の傷は、妖化した時と全く同じ"模様"へと変化している。

それを見てから手足を見やると、爪の色が僅かに紫色へと変色していた。


「なるほど…こうなる…のか」

「凄い変わってるんだけど…一体何があったのよ?」


私は自らの変化を自覚して、背中に一筋の汗を感じると…

理由を促してくる千鶴達の方を見て何とも言えぬ苦笑いを向けて、上ずった声で言った。


「とりあえず…ご飯にしていい?あと…こうなった訳は…暫く話せないかなぁ…」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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