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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
伍章:境界線上の妖少女(上)
243/300

243.こんなにも、将来について考える事になるとは思わなかった。

こんなにも、将来について考える事になるとは思わなかった。

私と同じ年頃の人ならば、分かってくれるだろうか?

考えなければならぬと分かっていても、どこか先回しにしてしまう気持ちを…


「境界線が欲しい…か」


まとまり切らぬ思考のまま、思いついたままに言った私の言葉を反響する防人元。

私は自分の言った言葉を思い返して、ギリッと奥歯を噛み締めながら、彼の反応を待った。


「入舸沙月。お主は…そうだな…道が、欲しいのだな?」

「道…ですか」

「あぁ、そうだ。こうせよという示しだ」

「そう…でしょうね」

「そして…その一方で、そんな決められた道には従わぬという反抗心もある。違うか?」

「……そうですね」


どこまでも、私の気持ちは防人元に見透かされているらしい。

背筋にビリビリとした緊張を感じたまま、優しい表情を崩さない防人元を見つめていた。

防人元は、私の答えを聞いて少し間を置いてから、再びゆっくりと口を開く。


「それと同じで、妖が…万物の"進化先"であるという事も理解しておるのだろうな?」

「そうですね。頭の中では、理解できています」

「一般人に憧れていると言ったが、最早、それは憧れで終わるという事も?」

「はい。防人の枠でしか生きられない…そう思っていますが…すいません」

「良いさ。物分かりが良いが、素直じゃないな。天邪鬼の血が邪魔してるのか」

「どうでしょう?思い当たる節は無くは無いですが…」


防人元の軽い冗談交じりの言葉に、軽口で返す。

それが虚勢に近い態度であること位、すぐにバレるだろうに…

防人元はそんな私の言葉を受けて軽く笑うと「そうだろうな」と言って、姿勢を崩した。


「ま、今はそれでいい。思う存分、矛盾に頭を悩ませろ。妥協点を見つけるがいい」


その言葉に頷くと、防人元は優しげな笑みを浮かべたまま…

スッと立ち上がり、窓の傍へと歩いて行く。


「それにしても…この雪、綺麗ではないか。覗いてみたか?」

「いえ」

「来てみなさい。ここからの景色は…良いものだぞ?」


私は急な話題転換に何とも言えぬ顔を浮かべつつ、正座から立ち上がって…

プルプルと痺れる足を何とか動かして、彼の傍まで歩み寄った。

まだ、この間みたいにずっと正座しっぱなしではなかったから歩けるが…痛い。

防人元はそんな私の様子を見て笑うと、少し呆れたように言った。


「だから楽にすればよかっただろうに」

「そうは…言ってもですね…」


顔を赤くしながら返すが、まだ足がプルプル震えたまま…

窓際まで行って、大きな丸窓から外を見てみれば、そこから見えたのは、ここが洛中…

街中だと思えぬ程の景色だった。


眼下には真っ白に雪化粧した中庭が見えて…その周囲を本家の贅沢な屋敷が囲っている。

目線を上に向ければ、大昔のお城の中にいる様に、屋敷が積み重なった様子が見え…

更に上に目を向ければ、都会の情景を隠すかのように雪化粧した太い幹の木々が見えた。

まるで、ここだけ異境の中にいるみたいだ。


「晴れていれば、遠くに雪化粧した山も望めるのだがな」

「…それは、贅沢ですね」

「四季折々…近頃はさほどハッキリせぬが…まぁ、景色を見て退屈はしないな」


丸窓の前に並んで言葉を交わす。

そのまま無言で、暫く景色を眺めていると…不意に、防人元がポツリと言った。


「1つだけ道を授けてやろう」


私の方を見ず、景色を眺めて言った一言。

私は目を丸くして防人元の方に顔を向けるが、彼はこちらを見ずに続けた。


「18まで…子供と言える間は、存分に悩むがいい」

「18まで…ですか」

「そうだ。それ以降、お主は防人を率いるのだ。人の上に立つ準備をしておけ」

「……は?」


防人元に言われた言葉に、私はポカンと口を開けて固まってしまった。

今、彼は何と言ったのだろう?私に防人を率いろとか言ってなかったか?


「わ、私に…?なんと…?」

「防人を率いろと言った。聞こえなかったか?」

「…なんの冗談を」

「冗談など言わないさ。防人も変わる時が来た。ただ、それだけの事」


唖然としている私を他所に…

防人元は飄々とした様子でそう言うと、そこでようやく私の方に顔を向けた。


「長らく"この世界"を見て来たが、そろそろ私も"隠れる"時が来たと、常々思っていた」

「待ってください!…防人は、貴方がいないと…!」

「そう思うか?私の姿を見た者等、最早この現代に置いては数える程しかおらんのだぞ?」

「……でも」

「なぁに、心配には及ばぬよ。私が"こうなった"時よりも妖力があるんだ。準備期間もやる。それに…さっき言っただろ?道が欲しいと」


私は唖然としたまま、ギリギリと奥歯を噛み締めて口元を引きつらせる。

道が欲しいと言っても、まさかそんな道を授けられるだなんて思わなかった。

いや、思うはずもないだろう!


落ち着いた頭の中が一気に騒めきたった頃。

私の気持ちを見透かしたような顔を浮かべた防人元は、ようやくニヤリと口元を綻ばせる。


「この塔に入った人間は、お主が初めて。それに、塔を護る妖を百鬼夜行に加えただろう?その事実だけでも十分だ」


何も言えなくなった私に、防人元は諭すような口調で言った。


「あぁ、勘違いするなよ?妖力は強いが…決して一番上ではないぞ?」

「はい。それは重々…ですが…それなら」

「私とて同じだ。言っただろう?お主は"私がこうなった時"より妖力が強いと」

「……はい」

「ただ、お主は"人の身で初めて"この塔に足を踏み入れた。それだけだ。それが出来る者が現れれば、防人を託す気でいただけの事。準備期間は2年もある。お主には長く短い2年になるだろう」


そう言いながら、防人元は着物の裾から何かを取り出す。

それは、さっき貰った"耳飾り"よりも数段上の妖力を貯えた"耳飾り"。

私ですら、全身がゾクリと来てしまう程の代物…


「これは…?」

「餞別だ。まだ、私は消えないから、少し早いが」


そう言いながら、手渡された耳飾り。


「着けてみろ」

「はい…」


言われるがまま、既に着けていた耳飾りを外し…貰った耳飾りを付ける。


「ん…」


付けた瞬間、防人元の"途方もない妖力"が流れ込んできて…

顔を青くして立ち眩んだが、なんとか持ちこたえて力を体に馴染ませた。


「倒れぬとは大したものだ。2年後まで、なるべくそれを付けて過ごし放すな」

「はい…わ、わかりました…」

「変革が必要な時…"下準備"はやる。お主はその時まで、爪を研いでおいてくれるか?」

「はい…」


私はクラクラする程の妖力を浴びながら、言われるがままに頷く私。

もう、後戻りできない…そんな所は、とっくに越えてしまっていた。

どこかで自覚して、先延ばしにしていた自分を呪いつつ…

私は私に馴染んできた"強大な妖力"に酔いしれて、雪化粧をした窓の外に目を向ける。


「…やれるだけ、やってみますよ」


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