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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
伍章:境界線上の妖少女(上)
242/300

242.正直言って、まだ"どちらか"でしか考えられない自分がいる。

正直言って、まだ"どちらか"でしか考えられない自分がいる。

人か妖か、そのどちらか…それでずっと迷っていたのだ。

その前提が、とりあえず覆されてしまっている今、私の頭の中は混乱の極地にあった。


「元様の欲しい答えになっていなくても、構いませんか?脈絡が無くても…?」

「全然構わぬ。お主の話を聞きたいのだから。なんだって"答え"になるだろう」


防人元から向けられる、優しい視線は変わらない。

私は自然と正座になると、胸の奥につっかえた事を全て吐き出す決意を固めた。


「では…」


そう言って一呼吸…スーッと息を吸って、ゆっくりと口を開く。


「私は、元々防人な自分が嫌いで、一般人に憧れを持っていました」

「一般人というと、妖力を持たぬ者達の事か?」

「はい。こういう家柄ですから、"普通"とかけ離れてると言わざるおえないでしょう?」

「そうだな。お主の言う通りだ」

「昔から家柄のせいで気味悪がられる事が多くて。小さい頃は、防人が嫌いだったんです」


私の告白に、防人元は目を閉じたまま頷いて見せる。


「勿論、中には家柄を気にせず関わってくれた人達がいて…その人達が、私の"人間"としての側面を作ってくれたのです」

「ほぅ…?」

「家の全ては…防人としての顔は、私にとって"妖怪"としての側面でしかなかった。だから、この前…ここで元様の話を聞くまでは、人か妖か…その天秤でしか物事を考えられませんでした」


この、私の凝り固まった考えは、鬼沙のせいだ。

他の防人家系からすれば"比較的自由"だった入舸家だが、妖との付き合いは"日常"だった。


家の中に居れば常に妖力を浴びて過ごす、常に妖と関わることになる。

"そうと知らなければ"何てことの無い"人"として接することが出来たのに…

"人への認知が歪まぬ様"、妖は妖、人は人としての分別が厳しく仕込まれて来た。

だからこそ、"人か妖か"という単純な問題でここまで悩んできたのだ。


「人か妖か…自分はどちらの立場なのだろう?常々考えてたんです。自分が"どっち"であるべきか。当たり前に考えれば、人なのでしょうけども。私は"こんなん"ですから。"いつか妖になるのではないか?"…"実は妖だったのではないか?"と恐れていました」


人か妖か、鬼沙が未だに"気にしていた"天秤。

私がそう言うと、防人元は目を閉じたままニヤリと口元を綻ばせる。


「そうか、そうだな。防人の掟では、身も心も、完全に妖になった者は"隠される"。そういう定めだものな」

「はい。だから、周りに言われるがまま修行はしてきましたが…いつかきっと、そうなると思って、怖かったんです」

「去年の夏だったか?人の心を持ったまま妖の姿になったのは」

「はい。その時も…どうして人の心を持ってると判断されたか分からなくなるくらいに…我を失ってて…」

「そうか。心の判断など単純。心が野生に還ったか…掟から逸脱してしまったか否かだ」

「私は…そうじゃなかったと?」

「あぁ、現にお主は"おかしくなったという自覚がある"だろう?今まで"隠してきた"者は、最早それすらない。あるのは"生への執着"のみだった」


それを聞いて、私は目を丸くする。

そうであれば、"消された"という先代の私、遠い過去に居た入舸沙月は、"そうなった"ということだ。


「あぁ、先程隠した外国人の言葉を借りれば…欲望を制御出来ない"失敗作"か」

「!!」

「人の心は脆いからな。"化け物"…"妖"になった者の多くは、そうなるものさ」

「だけど、私は、そうならなかったと?」

「だから、現に、なってないだろうに…鬼や天狗等、防人の使いとしている"元人間"もそうだ。"妖"に姿変われど、中身は人のまま。そうなった者しか、面倒を見ておらん」

「……そう…だったんですね……」


当たり前の事を言われているのに、どこか不意を突かれた気分になる。

制御不能になった者は"隠す"というだけの、それだけの事実なのに……

どうしてこうも、妖への変化は、人の進化だという考えが"おかしく"感じるのだろうか。


人の世界だってそうだろう。

罪を犯した者は裁かれる、最悪死刑で…国から直々に手を下される。

妖の世界で言えば、死刑は"隠す"のと同義。

どれだけ立場が"変わろう"が…罪への対応は変わらない。

ただ、それだけの話。


「人と妖。違いは異境に行けるか否か…生が1度で完結するか否か…それでしかないのさ」


頭の整理が付いたタイミングを見計らったかのように、防人元が口を開いた。


「人と妖。それは同じ測りの上には無い。外国人はその辺を分かっているらしいな。宗教観が違うせいか表現は違うが…妖とは、万物に備わる"進化先"なのだ」

「そう聞くと…人が下…下にいる様に思えてしまうのですが…」

「実際そうだからな。どちらかが良いという問題では無いぞ?進化前、後という意味でだ」

「そう…ですよね」

「人の立場で難しいのは…元々の"意思"があるからだろう。星1つ様変わりさせるほどの"知能"も入れて良いか。そのせいで、上下の認識が狂うのだ」

「……なるほど?」

「その点、動物や物が妖になる時は分かりやすい。奴等に意思が生まれるからな。意思が生まれず、妖になっても尚"生にのみしがみつく"のならば…野生動物と変わらない。そうだろう?」

「はい」

「異境でも、それは同じだ。意思を持ち、周囲と協調し…何かを捧げ何かを貰う。それが出来ぬ者は、何処へ行っても"淘汰される"。その基本は変わらない…だからこそ、人には"受け入れがたい"のだと、私は思っている」


防人元はそう言って、私はどうなんだ?と言いたげに目を開いて、こちらを見やる。


「その考えが…私の頭を混乱させるのです」


ぐるぐると混乱の極地にいる頭を動かしながらそう言うと、正座した膝を手で押さえつけて、グッと体に力を込めた。

長年の問いがひっくり返された今、私は曖昧な笑みを防人元に向けて口を開く。


「人と妖の間に境界線を引いて、今まで生きてきたのに。その境界線はそもそも無くて…実は階段だった。人に"次"があるのなら、妖だと…そういうことですよね?」

「あぁ、そうだ」


私の問いかけに頷く防人元。

その答えを得た私は小さな溜息をつくと、目を潜めて、ポツリと呟くようにこう言った。


「その話を聞いても…納得できても…やっぱり、私は境界線が欲しいんですよ」


お読み頂きありがとうございます!

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