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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
伍章:境界線上の妖少女(上)
240/300

240.考え事をするには、この景色は丁度良い。

考え事をするには、この景色は丁度良い。

この場に私を呼び出した…いや、この場で私を待っていた妖が去った今。

私はその妖から渡されたメモ帳を手に、ボーっと鴨川の様子を眺めていた。


「分かったような事を言うなよなぁ…こちとらとんでもない事を聞かされたってのに」


正面橋の真ん中で、ポツリとそう呟く。

外国の妖組織に関しての情報等々…

鬼沙が"もたらすことになる"情報はきっと、防人本家を助けるだろうけども、今の私にとっては、それらはちっとも役に立たない情報だった。


「人か妖かなんて、二者択一じゃ無くなったんだからさぁ…奴は知らないだろうけど!!」


そう呟いてメモを着物の裾に入れ…橋の欄干に積もった雪で雪玉を作ると…


「何でもかんでも託し過ぎたっての!!」


ヒュッと風を切る音と共に、硬く作った雪玉を川に投げ入れた。

雪玉はある程度一直線に飛んで行くと、やがて放物線を描いてポチャン!と川に沈む。

今の私は、叫びたい気持ちでいっぱいだったが…何をどう叫べばいいかもわからない、不思議なもどかしさの中にいた。


「はぁ…」


鬼沙は防人元の"本心"を知らないのだ。

だから、まだ"人か妖か"という対比で物事を考えてしまう。

実際は…妖は、人から"進んだ"種族。

その考えは、防人元や…今日対峙した外国人が持っている考えだが、防人元と外国人では"そこからどうするか"の考えが全然違う。


防人元は、妖の事を"ある意味では人より進んだ種"としながら、人は人で尊重し"好きな様に"させたいんだと思う。

だからこそ、こんな"厄介な事"になっているのだけども…

そんな考えは、私に一番合っているというか、今のところは"同意"出来る考えと言える。


一方の外国人は、妖の事を"進化した人類"と信じて疑わず…

元々の人々を"下等生物"とでも言いたげだった。

まるで"選ばれた存在"とでも言いたげで、傲慢で、とても同調できそうに思えない。


「といってもなぁ…」


そこまで考えをまとめて、まだ"引っ掛かっている"のは、防人元の存在。

防人の長であるから存在は知っていたのだけども、会ったのは今回が初めてなのだ。

そんな存在を、それも、自らを"偽り続けている"存在をホイホイ信じてよいものか…

それが、私の中でどうしても引っ掛かっていた。


「……ん?」


ボーっと橋の欄干に手をかけたまま思考の海に沈んでいた私は、車のライトで照らされて、ようやく"こっち側"に戻ってくる。

狭い橋、通る車も殆どないこの橋で、ライトに照らされて見てみれば、やって来たのは"本家"が好んで使う黒塗りの高級車だった。


「沙月様、探しましたよ。寄り道は終わりましたか?」


車を運転していたのは、沙絵だ。

私は少し驚いた顔を浮かべながら頷くと、その車の助手席のドアを開けて中に収まる。

沙絵は、口を開かない私から細かいことを聞き出そうとせず、ゆっくりと車を発進させた。


「23時前…結構時間経ってたんだ」

「えぇ、ついさっきまでかかりましたけどね、円山公園の"復旧"は」

「ごめんごめん。でも、良くここが分かったね」

「走り回りましたから。その時に思い出したんです、鬼抄とよく来てましたよね」

「よく覚えてたね。大分昔の話なのに」

「いえ、すれ違いましてね。懐かしい車で…まぁ、"車だけ"だと思いますが…」

「それ、中身もだよ」

「え?」


私は驚く沙絵の横で、鬼沙から貰ったメモ帳を取り出して見せてやる。


「会って話してたんだ」

「…は、はぁ。鬼沙が、京都に」

「殺し損ねてるし隠し損ねてるなら…居てもおかしくは無いでしょ。隠す理由も無いし」

「それはそうですが…」

「外人問題に天手古舞の私達を見て笑ってたよ。馬鹿にされてるね、あれは」


そう言いながら、メモを仕舞いこみ…

私は沙絵の方から、窓の外へと目を背けた。


「それ以上の事は言わないよ。帰ったら…何かある?」

「いえ。沙月様には特に…ただ、沙雪様は、お戻りになられないでしょうね」

「どういう事?」

「はい、今回の1件で…元々危惧されていた戦力不足が露呈してですね。沙雪様や沙千様などの"動ける者"を教官として、直々に"訓練"を施すことになりました…それで」

「なるほど、出ずっぱりだ。八沙とかは暇が潰れたな」

「私もですよ。沙月様を送り届ければ、私も"教え役"です」

「アハハ…お疲れ様だね」


そう言って、本家に付いた後が"自由"であることを知った私は、家に着いてからの事を沙絵に言わず、自分の中に留めておくことに決める。

今日も夜更かしをすることになりそうだが…1日2日、無茶をしたところで体調を崩す訳でもない。


「しかし、鬼沙が京都にいるとなると…本家襲撃に備えて警戒をしなければ…」

「いらないよ。あの様子じゃ、何もする気は無さそうだったし」

「ですが…」

「大丈夫だって。それは保障する。鬼沙は"居なかった"。そう言う事にしても良い位に…殺気が無かったから」

「そうですか」


沙絵は少し怪訝な顔を浮かべつつも、口を閉じてそれ以上言ってこなかった。

本家までは後少し…歩けば凄く遠いのだが、車ならば、ほんのすぐそこと言える距離だ。


「そろそろだね」

「えぇ、そういう訳ですから、着いたら私は直ぐに"戻る"事になりますので」

「分かった。頑張ってね…因みに、何処に居るの?」

「異境です。入舸の者は、"ある程度動ける"者達を連れて異境へ行きました」

「なんだ。この間の私と同じことしてるじゃん」

「そうですね。それ位しか"手が無い"とも言えますが」

「確かに」


私と沙絵はそう言って笑いあうと、車は遂に本家の敷地内へ…

駐車場にズラリと並んだ"同じ車"…その中で、ポッカリと空いていた場所に車を止めた沙絵は、車を止めた直後、小さくため息をついた。


「これは…その道の家と間違われますよねぇ…」

「今更だね。知らないなら、絶対近寄りたくないもの。こんな車にさ」


車を降りて、ズラリと"怖そうな車"が並んだ光景を見て言葉を交わす私達。


「それでは…沙月様。私は先に行きますね」

「分かった」

「では、おやすみなさい」

「おやすみ」


沙絵が一足先に本家の方へと駆けて行き…

私はゆっくりとその後を進んでいく。

外から見れば、この街にある多くの"観光名所"と変わらない位の威を放つ、防人本家…

私は、こんな時間でも未だ明かりが消えず、数多の妖力が蠢き合っている"珍しい状態"を晒す本家へ歩み寄りながら、ポツリと呟いた。


「さて…もう少し、動かないとね」


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