234.もう何も無いと思いたいが、まだ何かあると思ってる自分がいる。
もう何も無いと思いたいが、まだ何かあると思ってる自分がいる。
百鬼夜行を"終わらせた"私は、ボーっと呆けた顔で、人の捌けた清水新道を眺めていた。
「凄い…あっという間…だったね」
「あぁ。何も無かった見たいだ…」
静寂に包まれた中、千鶴と南大路君がポツリと呟く。
そうしている間も、降り出した雪は強さを増しており、京都の街は白く染まりだしていた。
「さて、仕事も終わり…皆は先帰っててよ」
私は誰もいない道の方を眺めて目を細めると、そう言って皆の方を振り返る。
当然というか、予想通りというか…皆は私の言葉に、直ぐには従わなかった。
「入舸さん。まだ何かあるんだろ?」「うん、隠してる声色だね」
雲丹亀君と三条君にそう言われて、苦笑いを浮かべる私。
短い付き合いだというのに、よく私の事を知っていると言えるのか、私が単純なだけか…
何とも言えない気持ちになった私は、首を小さく振ると、親や沙絵がいる方角を指さした。
「違う違う、家の手伝いさ。一時的に沙絵と八沙を取っちゃったからね」
「あぁ…」「なるほど…」
私の言葉に、どこか怪訝そうな含みを持たせて頷く5人。
だが、それ以上、押し問答をしている暇は無い。
私は足を踏み出すと、皆が付いてくると言い出す前に手を振って駆け出した。
「それじゃ、また後で!」
そう言って、再びお面を被った私は、人に見えない姿で雪の降りしきる京都を駆け抜ける。
清水寺の正面?の広場的な所を越えて、三年坂を通り抜け…
入舸家に警邏を割り振られた八坂神社周辺までを、ノンストップで走り続けた。
「さて…何処で見張ってるんだかね…?」
ねねの道を真っ直ぐ進んで、八坂神社…の敷地内にある円山公園に入っていく。
普段であれば、ここも観光客で賑わっているであろう場所。
だが今は、夕方の、暗くなりだす時間帯で…更にはこの雪だ。
人の気配は殆ど感じず、見える範囲に一般人の姿は見えなかった。
「雪化粧の景色も良いもんだけどな。流石に急過ぎるし…何より雪が強いか」
普段見る事のない、雪に覆われた京都の景色。
ポツリと一人、周囲を見回しながらそう呟くと、沙絵と連絡を取るために、着物の裾からスマホを取り出した。
「ん?」
スマホを見やれば、ついさっき沙絵からメッセージが来ている。
曰く、"降雪の為、早く切り上げて本家に移動中です。沙月様も早く戻ってきてくださいね"
「……」
雪が降りしきる中で、そのメッセージを見た私はガックリと肩を落とした。
たまには家の手伝いをしてポイントを稼ごうとすれば、こうなるのだ。
「まぁ、仕方がないか」
私は誰もいない公園内で一人、呟いて空を見上げる。
北海道でも「これは積もるなぁ…」とゲンナリしたくなってくる雪模様なのだ。
この辺りが雪に強いはずも無いから、明日明後日位まで、交通機関は大荒れになるだろう。
ひょっとしたら、帰りの飛行機が飛ばないかもしれない。
「大阪もこの様なら、ちょっとヤバいかもなぁ…帰れるかな?年明けまでに」
そう呟きながら、お面を外し、本家への帰路を歩き出す私。
少々歩くが、本家は京都御所の近く…歩くとしても、何てことの無い距離だ。
寧ろこの雪ならば、下手にタクシーを捕まえる方が時間がかかるだろう。
-カタカタカタカタカタ……-
「?」
帰路を歩き出した直後、私の背後で何かが囁くような音が聞こえてきた。
不思議な囁き声に振り返るが、私の背後には、誰もいない。
風の音のせい?それとも雪のせい?私は首を傾げて前に向き直る。
-ケタケタケタケタケタ……-
すると、さっきとよく似た囁き声が聞こえてきた。
不気味で、神経を逆撫でするような声。
私は少し歩みを早めて、その声から逃れようとする。
-カタカタカタカタカタ……-
だが、その声からは逃れられない。
円山公園を出て、車通りが疎らな道の、歩道の真ん中で立ち止まった私は目を潜めた。
(妖の気配?…それは、京都ならいつも薄く漂ってるものだけど、これは違う?)
違和感を感じながら辺りを見回しても、違和感の主は現れない。
気が付けば、雪は更に強さを増し…風も吹いてきた様だ。
横殴りの雪を浴びながら、私は違和感の主を探そうと必死で辺りを見回す。
-ケタケタケタケタケタ……-
私を嘲笑うかの様に、止まない囁き声。
何処を向いても、背後から、纏わりつくように聞こえてくる。
「……あー、畜生!」
いよいよ焦れた私は、着物の裾に手を突っ込んでボゥっと呪符を光らせた。
ドス黒い光が私を包み込む中、未だ鳴りやまぬ囁き声の主に聞こえるように声を張る。
「誰だ!?さっきから!!ケタケタカタカタ喚いてねぇで出て来な!!」
お面越しの叫び…妖にしか届かぬ叫び声。
叫ぶと、囁き声はピタリと止んで…暫くは吹雪の音が辺り一面を支配した。
だが…
-カタカタカタカタカタ……-
再び…
-ケタケタケタケタケタ……-
叫び声が私に纏わりついてくる。
凄く"喉が乾く"叫び声…凄く"お腹が空く"叫び声…
ゴクリと唾を飲み込んだ私は、嫌な感覚を味わいながらも"ソッチ側"に引きずり込まれぬよう奥歯を噛み締めた。
「何なんだ…一体…」
この叫び声を聞いていると、何故か1度振り切った"あの感覚"を思い出してしまう。
"人を食べたくなる欲求"だ…吹雪で、"いつもと違って"人通りが無くて本当に助かった。
-カタカタカタカタカタ……-
(妖の仕業なのは間違いない。"私"に動じない辺り、外国人だろうが…)
防人本家に帰ろうか?とも思ったが、放置して帰る訳にも行かないという考えも頭に残り…
結局、中途半端に帰路をジリジリと進みながら、辺りを見回している現状。
まだ、右手側に八坂神社の敷地が見える程度にしか進めていなかった。
何かで"形勢逆転"を狙いたいが、どうすればいいか、思いつかない。
「弱ったな…」
吹雪の中、ポツリと呟いた刹那。
パッと何かの破裂音がして、体の内側から、じんわりと熱い何かが込み上げてきた。
意識が反応するよりも早く、力を失って膝から歩道に崩れ落ちる…
「一矢報いる位は、許されるでしょう?」
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