225.自分が向いていないと思うものに限って、お鉢が回って来るものだ。
自分が向いていないと思うものに限って、お鉢が回って来るものだ。
防人元と対談する最中、私は背中に嫌な汗を感じながら、そう思った。
目の前の妖…防人元は今何と言ったか?…自分の事を"菅原道真"と言ったのか?
(なら、北野天満宮で祀られてるのはなんなんだよ…一体…)
余りの想定外な展開に、思わず脳裏で突っ込みを入れてしまう私。
だが、表情は崩さずに、目を見開いたまま僅かに頷いて、"菅原道真"に先を促す。
「私はな。この姿になって"永遠"を得られたんだ。見た目なんざ、最早関係が無いのだ」
そう言って、一瞬のうちに姿を"変えて"見せた防人元…
妖力の感じから察するに、八沙の使う術とは僅かに違うようだが、結果は同じだ。
私の目の前には、さっきまでいた平々凡々な中年男性の姿はなく…"菅原道真公"としての姿があった。
「それが…本当のお姿…といった所ですか?」
歴史の教科書で見たまんまの束帯姿。
感じる妖力から察するに、一番"オリジナル"に近い格好だろう。
全盛期…がいつかは知らないが、40代そこそこ位の風貌に見える。
「そうだな。これが素の私だ。死に歳より若いが…そこは察してくれ」
「えぇ…」
私は口元を引きつらせて頷く。
こういう場で茶目っ気を出されても、笑うに笑えない。
「死して尚、この姿で居られたのだ。最初は化物になったと、絶望した」
そして始まる"独白"。
私の脳裏は騒めいたままだったが…
どこか"催眠作用"を感じる"防人元"の声をスーッと受け入れていく。
「最初は数多の妖の様に暴れた。防人を結成する前の事だ。その辺りは、概ね歴史に記された通りだな。私を死に追いやった連中が苦しみ抜き…私の名誉を復権するまで、私は怒りに震えるがまま暴れたんだ」
防人元は、そう言って昔話を始めた。
話の取っ掛かりは彼が死んだ後の事だから…まだ、1000年にも達してない頃だ。
「名誉が戻り、私は矛を収めたが…やがてすぐに私の存在は"忘れられた"。当たり前だな。時が経てば、生前の私を覚えている者は居なくなる。私は、私を覚えている者が居なくなったその時、初めて"解放された"と感じたんだ」
私は彼の話をジッと聴き入り…適当な相槌しか返さない。
聞く限り、"解放"された後の防人元は、各地を放浪する"妖"だった様だ。
全国各地を自由に行き交う妖…その頃には、自らの姿を自由に変える事が出来たらしい。
放浪して、姿を変え…時には孤児…時にはその土地の地主に取り入って過ごしたのだとか。
話しぶりから察するに、そうしていた時期ですら、まだ"戦国時代の前期"位だ。
「そんな時だ。そんな"自由な者"が、私だけではないと気付いたのは」
「自由…ですか」
「あぁ、そうだ。こんな"自由"を享受したのだよ。僥倖という他ないだろう。だが、私が見て来た"自由な者"は、そうは思っていない様だった」
「その…"自由な者"が、妖だったと?」
「そうだ。話が早いな。鬼沙と知り合ったのもそれ位だったな」
「鬼同士だったと聞いていますが…」
「そうだよ。鬼に"化けて"接触し…仲を深めたんだ」
私はそこまで聞いて、口角を僅かに引いてしまう。
鬼沙は、ついこの間まで…いや、"今も"防人元が鬼だと信じて疑っていないのだ。
幾年もの間、この妖は、ツルんできた者にすら本性を明かしていない…
「まさか…今の全てを知ってるのは…」
「入舸沙月、君が初めてだよ。さっきの使いも、塔を護っていた4人ですら。防人元は鬼だったという事実しか知らない」
「……そう、ですか」
私は全身に嫌な汗を感じ始めた。
飄々と、何てことの無いという様に告げられた事実…
これを知ることが、どういうことか…私には"分からない"が、この事実の重大さは"忘れたいくらいに"良く分かる。
「当時は荒れ果てた時代だった。妖になった者も多くてね。私は"自由仲間"が増えたと思っていたんだが…そうでは無かったのさ」
「そうでしょうね。妖と言っても、人から変わるのと、自然発生の者が居ますし…」
「あぁ、なにより"妖"が絶対悪だったからねぇ…その常識を持ったまま妖になった者は、そりゃぁ中々"常識を覆せない"だろう?今の防人の大人達みたいに」
「……えぇ…そうですね」
私は、この妖の"得体の知れなさ"に寒気を感じていた。
全身が僅かに震え…背中の汗は止まる気配を見せない…
「だから、防人を組織したんだ。妖を護る為に。自由を"知らせる"為にね」
話はいよいよ防人の話へ。
設立の目的は、いつか小樽で対峙した鬼沙が言っていた理由と合致しているが…
細部が微妙に異なっている。
「どうにかして、私は彼らに自由を教えたかった。だけど、無理だったのさ」
「はぁ…」
「彼らの多くは人間に戻りたがった。だから、彼らに"人に化ける術"を教え…時代の節目を利用して"人の身分"を与えた。それでも、奴等は"満たされなかった"んだ。分かるか?」
「さぁ…何故でしょう?」
「"人として死ねない"からさ。どれだけ外面を見繕っても、立場を与えても、死ぬときは"妖"としてだ。それに、妖として死んだとて、どうなるか知ってるか?」
「いえ…」
「異境に飛ばされるだけなんだよ。"全く同じ姿"でな」
「え……」
私は防人元の言葉を受けて絶句する。
これ以上は驚くまいと思っていたのに、アテはあっという間に外れてしまった。
「人が死ねば、それで終わりだ。だが、妖には"次"がある。異境は、この惑星を覆う宇宙並みに広いんだ。そのどこかで"次"がある。この意味が分かるか?」
「妖の世界はな、永遠に続くのさ。こうして"姿"を変えられるのは、"次"があるからだ。事あるごとにそれを伝えてるんだが…どうも他の皆は"認めたくない"らしくてね」
防人元は、唖然とした顔を向ける私を気にせず…一定のペースで話を続けていく。
「どうしても"人"という括りから脱せないらしい。人の身分を与えて以来、防人は私の手から離れてしまったのさ。私は"象徴"だとさ。そうなったのが、江戸時代辺りか…私の手から離れた防人は、"人"に戻る為…"妖"を増やさぬ為、ありとあらゆる手を打って来た」
俄には信じがたい話…だけど、今の防人の状態を照らし合わせれば、分かってしまう話。
「今では、妖は害獣で、殲滅すべきとの声もあるのだろう。妖と共存するという考えもあれば、その真ん中もあると聞いている。私からすれば、そのどれもが聞くに堪えない事なんだが…最早"私ではどうしようも無い"のさ。私に求められているのは、"防人"の象徴…スピーカー越しに、耳障りの良い事を囁くだけ…私と面会した"人間の防人"は、お主が数百年ぶりだものな」
そう言い切ると、防人元は改めて私の目をジッと見つめてくる。
「挙句の果てには、外国の妖連中すら茶々を入れてくる。もう、滅茶苦茶だ」
「……それは親たちが対処したと」
「あぁ、一時的にな。だが、この国がそうされたように、ありとあらゆる手を使ってくるだろう。下らん争いに巻き込まれるのは、時間の問題さ」
「……」
絶句する私に、防人元は初めて柔らかな表情を浮かべてこちらを見据えた。
彼は、私に一体何をさせるつもりなのだろうか…?
「その…私に、一体何をさせるおつもりなのですか…?」
少しの間訪れた静寂。
溜まらずそう尋ねた私に、彼は深く頷いて…
間を溜めに溜めてから、ゆっくりと口を開き、私にこう告げるのだった。
「防人の"変革"をしたいんだ。私の手足に、私の耳口に、なってはくれぬだろうか?」
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