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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
伍章:境界線上の妖少女(上)
224/300

224.こういう時は、行ける所まで行くものだ。

こういう時は、行ける所まで行くものだ。

私は周囲に倒れた4体の妖の様を見回すと、口元を二ヤりと歪めて首の骨を鳴らす。

コキコキと動かして、戦いのせいで少し歪んだ体を矯正して…

カシャン!と爪を擦り合わせて付いた血肉を削ぎ落した。


「あーあ、こりゃ再建費用が嵩むな。物価高だとか、ニュースでやってなかったっけか?」


気を失って倒れている妖の周囲、私が吹き飛ばしてきた"瓦礫"を眺めて気の抜けた独り言。

とりあえず、塔を護る連中をどうにか出来たが…だからといって、防人元の居る場所はまだ分かっていない。


「まさか、瓦礫の中に埋もれたなんてオチは無いよな。笑いたくても笑えねぇぜ?」


緊張感の抜けた私は、足元の瓦礫を蹴飛ばしながら冗談を一つ飛ばす。


「!!!!!」


その刹那、全身を貫くような妖力を感じて、即座に身構えた。


「こうも派手にやられるのか…ちょっと、想定外だったよ。まだだと思ってたからね」


まだ、パラパラと細かな破片が舞い散る中庭周辺。

入り口からは奥側の、唯一被害を免れた通路の方から声が聞こえてくる。


「そこに立ってるのは…入舸沙月さん…かな?話は聞いているよ。狐の耳と、鬼の角…そして天狗の翼と手足を持った"混ざり者"とね」


その声の方を見やれば、影が見え…やがて輪郭が浮かび上がって色付いた。

その姿は、私達防人と同じ白菫色の髪を持つ鬼とでも言えるだろうか…

背丈にして175cm程度、体躯は華奢とも筋肉質とも言えない平均的な体躯。

そんな平凡な中年男性風の見た目からは、全身の毛が逆立つほどの妖力を感じられた。


「見たこともない長にまで名前が知られてるってのは…どう捉えていいんでしょうね?」

「どうとも思わなくていいだろう」


私はやれと言われたわけでもないのに、自然と膝立ちになって防人元を迎え入れる。

"態度"は崩したまま…自然体でいたいのだけども、この妖の"妖力"がそうはさせなかった。


「楽にしてくれよ。所詮スピーカー越しからしか指示できない小心者なんだ」

「そう言われましても…」

「鬼沙と大差ないじゃないか。"防人の長"が前に居るというのは…緊張するかね?」

「…えぇ、とても…緊張しています」


膝立ちのままそう言うと、防人元はクスクスと笑い声を上げる。


「そうか。そうだよな…まぁいい。立ちなさい。私の部屋に案内しよう」

「元…様の部屋へ…ですか?」

「あぁ、探させるつもりだったんだけどね。探すより先に、塔を崩されては敵わないだろう?ここに住んでるんだから」


立ち上がった私に、彼は冗談めいた口調で言って私の方に顔を向けた。

彼の仕草に背筋が凍り付き、私は何とも言えない歪な愛想笑いを返すしか出来ない。


「緊張しないで良いって」


元来た通路の方へ足を進めた防人元の、少し後ろをついていく私…


「あぁ、でも、そうだね。その血濡れた格好だけはどうにかして欲しいな。どれ…おい!」


彼は私の方を振り返って、格好をもう一度上から下まで見回すと、通路の奥の方へ声を張り上げた。


「!!」

「何か御用でしょうか?」

「あぁ、この娘の格好を整えてやりなさい」


防人元が声を張り上げた直後。

私達の目の前に、煌びやかな格好に身を包んだ女が何処からともなく現れて跪いた。


「この娘ですね?」

「あぁ。終わったら、私の部屋に連れて来てくれ」

「御意…」


侍女…というやつなのだろうか?

私がポカンとした顔を晒して眺めているうちに2人の話が終わり…

防人元は通路の奥へ、私は呼び出された侍女の視線を浴びて動けなくなっていた。


「それでは、ご案内いたします」

「あ、はい…よろしく…お願いします」


 ・

 ・


「お待たせいたしました」

「あぁ、入って良いぞ」


時間にして1時間ほど経っただろうか。

防人元が呼び出した侍女に"体の隅々まで"綺麗にされた私は、血濡れた自前の着物ではなく、向こうが用意した上質な着物を着せられて防人元の部屋に足を踏み入れた。


「失礼いたします…」


そこは、日本の家特有の殺風景な和室…夢幻回廊の最上階を一杯に使った防人元の棲み処。

大きな丸窓越しには、雲一つない夜空が望めた。


「おぉ、似合っておるな」


私が着せられているのは、赤を基調とした、紅葉をイメージした紋様で彩られた着物。

軽く化粧まで施されたくらいにして…これが時代劇ならば"愉しませてこい"という事なのだろうけども、相手が防人元と来れば、そんな事もないだろう。


私は防人元に促されるがままに座布団の上に腰を下ろす。

準備の最中"人"に戻されていた私は、座布団の上で慣れない正座をして、背筋を正した。


「見事にお題を達成してくれたな」

「まさか…こうも上手く行くとは思いませんでしたが…そう言えば、"外"の方は?」

「外…?あぁ、そっちは主が"仕込んだ"連中がよくやったらしい。怪我人は出てるが…既に収まったと聞いた」

「そうですか…よかった…その、親達は…?外の外人騒ぎとやらは…?」

「それは…そうだな。その前に、私の方の"話"をしたい。構わないか?」


対面する防人元は、そう言って私の目をジロリと見やる。

私は開きかけた口を閉じて、何も言わずに頷いた。


「夏に鬼沙と一戦を交えただろう。その時に何かを吹き込まれてるといけないからな。幾つか、認識を合わせたいんだ」


座布団の上で胡坐をかいて、楽な姿勢になった防人元は、口調に合わない真剣な眼差しで私を見つめそう言うと、そこから幾つか質問が飛んできた。


「私の種族は、鬼である。それは是か?非か?」

「是…です」

「防人は妖を助ける為に作られた。それは是か?非か?」

「是…」

「ならば、防人は妖を見捨てない。それは是か?非か?」

「非…」

「防人が操る呪符は皆、私が創り出した呪物である。それは是か?非か?」

「是…?」

「防人達は皆、妖の血を強く引いた一族ばかりである。それは是か?非か?」

「是…」

「異境に居る妖は皆、こちら側の世界に居た妖である。それは是か?非か?」

「非…?」

「異境へ飛ばされた妖は、二度とこの世界に戻ることができない。それは是か?非か?」

「非…」


ゆったりとしたペースで尋ねられた7つの問い。

私がそれらに即答し続けると、防人元は満足げに頷いた。


「そうだな。入舸沙月、お主は、至極平均的な防人の考えを持っている様だ」


満足げな一言…そう呟いた刹那、防人元の表情は冷たい無表情に変わり、こう続けた。


「だから困ってるんだ。少し、聞いてくれるか?菅原道真公と呼ばれた男の、戯言を」


お読み頂きありがとうございます!

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