219.楽しい時間も過ぎてしまえば、ただの思い出にしかならない。
楽しい時間も過ぎてしまえば、ただの思い出にしかならない。
昼間の交流時間は、他愛の無い話で笑いあっているうち、あっという間に過ぎて行く。
だがそれも、夕方あたりから、ポツポツと"大人達"が帰って来たことによって、"元の空気"へと逆戻りしていった。
(重たいねぇ…全く。この空気が嫌なんだ。誰が作ってんだか知らないけどさ)
私の親はまだ帰ってきていない。
モトや"洛中組"の親たちは既に帰ってきてしまっていて、再び1人になった私は異境の前にある、"いつもの"休憩スペースで1人、ボーっと夕暮れ時の庭の景色を眺めていた。
(沙絵達も遅いのか…仕事、積みに積まれたなぁ…きっと)
ついさっき、スマホに入った通知には"遅くなります"と、ただ一言。
異境の中で動いている沙絵や、親の手伝いとして動いている八沙も、まだ本家に戻ってこれないらしい。
「……ん?」
私は徐々に暗さを増していく中でポツリと一人。
緊張感のある、ピリ付いた空気が流れる防人本家の中で、私は自然と口元がニヤけていた。
「ほ~……」
寧ろ好都合だ。
そう思い始めた矢先、母様からのメッセージ…"明日になるかも"と、ただそれだけ。
私は適当に返事を打ち込むと、スマホを着物の裾に仕舞いこみ、フカフカのソファから立ち上がった。
そのまま廊下を戻り、階段を降りて私達の家に割り当てられた部屋へ。
道中、さっきまで談笑していた子と何人かすれ違ったが、気まずい表情で目を背けられた。
気まずいのは私も同じ…互いに"大変だね"と思うだけ…
苦笑いを貼り付けたまま部屋に戻った私は、部屋の中に隠してある"呪符"を幾つか見繕い、それを裾へと"仕込み"始めた。
(携帯は…いいか)
代わりに、持っていた財布やスマホ…"人間としての持ち物"を取って鞄に突っ込んでいく。
「ん?」
財布を鞄に放り入れ、スマホを…というタイミングで、正臣からメッセージ通知が来た。
思わず手を止めて、メッセージをまじまじと眺めてしまう私。
"今、京都だったよね?大変そうだけど、頑張って。正月はこっちに居るんだよな?"
そこそこ長い文章…それを読んだ私の頬は、勝手に緩んでいる。
沙絵達や親には適当な絵文字返答しか返さなかったが、正臣は別だ。
私はロックを解除して、慣れない手つきで返事を返す。
"ありがとう。正月はそっちだと思う。多分、大丈夫"
そう送り返して、既読がつくのを確認せずにスマホの電源を落として、鞄に放り投げた。
一瞬顔が緩んだけれど、今からやろうとしてることは、自分でも"おかしい"と思ってる事。
生半可な覚悟じゃあ、先は見えてこない事。
「よしっ…行こうか」
仕舞う物を仕舞って、裾に仕込んだ呪符を再確認して…身なりも一応整えて。
準備を整えた私は、1人しかいない部屋で軽く気合を入れると、ゆっくりと足を踏み出し部屋を出る。
「……」
さっきとは違う空気が張り詰める廊下を歩き…
普段は歩く事の無い廊下をゆっくりと進んでいく。
夢幻回廊…防人元が棲むと言われるその建物は、防人本家の中心部…中庭にある塔だ。
広い本家の廊下を行くと、中庭が見えてくる。
そこから見える、五重塔の様な建物…それが夢幻回廊…
見た目と中身が一致しないと言われる、防人元の要塞。
そこは、"こちら側の世界"の中でも一際強い妖力を漂わせていた。
「今日は半月か。いや、もう少しあるか…それ位かぁ」
静寂に包まれた廊下。
廊下から空を眺めれば、太陽が沈んで暗くなった夜の空に、月と星が見え始めている。
私は月の具合に、僅かに眉を潜めると、そっと右腕を左裾に入れ込んで、中の"呪符"に念を込めた。
金色の光に包み込まれて、一瞬のうちに"妖"へと変化する。
バサッと頭から生える翼を羽ばたかせながら宙を舞い、中庭へ降り立つと、俄に塔の方から音がし始めた。
「庭に降りただけで反応するのか。どんなカラクリなんだか…"何かいる"なぁ…?これは」
私は引き笑いを浮かべながら、両手の爪をカシャカシャとすり合わせる。
塔から聞こえるのは物音だけ、何かが"居る"気配はすれど、何かが出てくる様子は無い。
だから、私はゆっくりと塔の入口へと近づいていく。
1歩、2歩、3歩…人間のそれとは全然違う、猛禽類の様な足跡を、小砂利が敷き詰められた中庭に付けながら塔へと近づいていく。
塔まであと僅かな所までやってきたところで、塔の扉が急に開かれた。
「!!」
足を止めて身構える。
階段を数段上がった先にあった扉は勢いよく開かれて、その先に見えたのは、1人の妖の姿だった。
「これはこれは…律儀なもんだな。入舸沙月、"お題"に挑みに来たのかな?」
「以津真天か、あぁ、そうだよ。出迎えにしちゃ、最初から面倒な相手だな」
私を出迎えたのは、この間、この"お題"について話を聞いた以津真天。
口調は相変わらずなあの妖…だが、この間の様に無防備で隙だらけな様子は何処にもない。
僅かに相手を威圧するような気を放ちながら、扉の前に立ちはだかって…中庭に佇む私を見下ろしていた。
「面倒も何も、お題は与えたが…簡単に入らせるわけにはいかないのでな」
「それだよ。その煮え切らない態度が気になってね。だからノコノコ来てやったのさ」
「そうか、元が聞いたら喜びそうだ。思った以上に"意識が高い"。その体でやってきた修行の成果かな?」
以津真天は私の姿を見ても、何一つ怯む様子は無い。
それどころか、まだ私のことを"ひよっこ"扱いしてそうな節がある。
「言ってろよ。"ヤワな言葉"なんざ、"人のフリ"してりゃ簡単に吐けるもんだぜ」
私は僅かに奥歯を噛み締めると、先程からすり合わせていた両手を楽にして、手先に念を込め始めた。
「今夜までのお題だろう?0時まで後数時間…くちゃくちゃ駄弁ってる間に終わっちまう」
真っ黒な靄を纏わせた両手、それを見た以津真天は、僅かに眉を潜めて表情を引き締める。
私は体中の妖力を両手に纏わせながら、顔を引きつらせた彼を見て嘲るような笑みを見せると、狼煙代わりに空に向かって右手の力を"発散"した。
「さぁ、遊ぼうか!入舸の"鬼"らしく、真正面から突っ込むぜ!」
お読み頂きありがとうございます!
「いいね」や「★評価」「感想」「ブクマ」等々頂ければ励みになります。
よろしくお願いします_(._.)_




