215.影響を強く受ける者もいると思っていたが、まさかこんなに早く出るとは。
影響を強く受ける者もいると思っていたが、まさかこんなに早く出るとは。
私は廊下の奥から姿を表わした人影を見止めて、僅かに目を見開いた。
「千鶴。寝て無かったの?」
「うん、寝付けなくてね。なんか、まだ昼間って感じ」
やってきたのは千鶴だった。
彼女は私の隣、さっきまでモトが座っていた所に腰かけると、少しソワソワした様子で私の方に目を向ける。
「そうなんだ。…ラッキー?かな。ここに沙月が居てくれて良かった」
「…え?…どういう事?」
「誰もいなかったら異境に出ようかなって思ってさ。寝れなくて散歩してて…ちょっと、こっちまで来ちゃったからついでにね?チラッと…」
「なるほど、そりゃ…私が起きてて良かったよ。ホント…」
彼女のカミングアウトを受けて、驚きつつも呆れ顔を浮かべた私は安堵の溜息をつく。
私が居なければ、彼女はそのままここを素通りして、異境へフラフラ入っていった訳だ。
今の異境なら沙絵達が動いている訳だし、危ない目に遭う事も無いと思うが、それでも危険な場所に変わりは無い。
もしかしたら、大人達が帰って来るまで、私はここに居た方が良いのかもしれないのか…
「そろそろ部屋に戻って寝ようかと思ったけど、ここで寝た方が良いかもね」
私が軽く冗談を飛ばすと、千鶴はクスッと笑って…そしてフッと表情を消した。
どこか緊張しているというか、普段との違いに戸惑って浮ついているというのが正しいのだろうか?そんな様子。
「千鶴。今悩んでる事、当ててあげようか?」
そんな彼女を見た私は、千鶴から僅かに感じる"妖の匂い"を感じてそう言うと、彼女は私の方に目を向ける。
「異境に行った時、妖力が"心地よく"感じちゃったんじゃない?それで、悩んでるんだ」
「……アタリ。まぁ、沙月ならわかっちゃうか」
「そりゃあね。私もそっち寄りなんだし」
私の予想は正しかった様だ。
千鶴は周囲を見回して、私の他に誰もいないことを確認すると、私の方を見て何とも言えない苦笑いを向けてくる。
「言い辛そうだね」
「うん…沙月が付いてきても…異境にいっちゃダメかな?」
「止めたほうが良いと思うよ。まだ千鶴は"慣れてない"んだし。去年の私よりも酷い事になるかもしれない」
「そう…そうなんだ」
「私の家は"色々混じってる"らしいけど、千鶴の家もそうなの?妖力、強いよね?」
「どうなんだろう…ただ、百目鬼っていう鬼?みたいなのは先祖にいるみたい…」
「ふーん…」
私は千鶴の様子を見ながら、彼女から感じる"妖力"に注意を向けた。
百目鬼…確か目が百個ある鬼だったっけか?余り詳しくないのだが、たしかそんな妖怪だった気がする。
でも、目が百あるだけで、あそこまで"目が良く"なるわけもないだろう…
私は頭の中で色々と妖の"候補"を探っていたが、条件に合う妖は思い出せなかった。
「まぁ、何にせよ…慣れるなら徐々にってね。私の家、妖を使ってるの知ってる?」
「え?うん。入舸家は特にそうだって、よく耳にするから」
「そう。それで、妖力に慣れてる私ですら"ああなった"んだよ?人に妖力は毒だからね」
私は千鶴に説明しながら、裾から呪符を1枚取り出して彼女に見せる。
何の変哲もない、ただの呪符…彼女はそれを見て首を傾げた。
「…それは?」
「応急処置。千鶴の気持ちも分かるよ。喉が乾いてる感じでしょ?なんか物足りないって」
「そうだね…なんか、上手く言えないけれど…物足りなさがあるかな」
「それを緩和するのさ。ちょっと失礼…」
そう言って、取り出した呪符を彼女の額に貼り付けて、私の妖力を僅かに流し込んでやる。
「あ…不思議…」
妖力を流してすぐ、少し体調が悪そうに見えていた千鶴の顔色が良くなっていく。
私は"これくらいでいいか"という所まで彼女に妖力を"分け与えて"やると、役割を終えた呪符を額から剥がして、適当な念を流して"消滅"させる。
千鶴はその様子を不思議そうな顔で眺めた後、気持ちが軽くなったような様子で私の方に目を向けた。
「凄い…こう言う事も出来るんだ」
「怪我の治療も出来る。妖を傷つけたり、隠す以外にも使い道はあるんだよ」
元の調子を取り戻して、活発そうな女の子に戻った千鶴。
私は彼女の様子を見て僅かに表情を和らげると、強張っていた姿勢を崩してソファに埋もれる。
「皆、私のあの姿を見て引いてたけど…半分くらいは"そうなる素質"があるんだ」
「みたいだね。私もきっと…百目鬼みたいな姿になっちゃうんでしょ?」
「どうだろ。どこまで"先祖返り"するかは人次第。別の妖も混じっていれば、もっと不思議な姿になるかもね」
「そうだよねぇ…母さん達が妖を遠ざけたがってた訳だ。こうなるから」
「でしょうね。完全に妖になった防人は"隠される"から」
「沙月が消されてないってことは、そんなことも無いんだろうけどさ」
「違う違う。私は"まだまだ人間"だよ。あの姿でもね。もっと上の状態があるんだとさ」
私はそう言って、妖に変化する為の呪符を裾から取り出して千鶴に見せた。
防人でないなら、ただの怪しい紙にしか見えないであろう呪符。
千鶴は、その呪符から感じる強大な妖力を感じ取って僅かに表情を歪める。
「どう?これでなんとなく分かった?」
「なんとなくね。その呪符に溜められた妖力を超えれば…最早人じゃない訳だ」
「正解。この呪符で"制御"出来るうちは、防人は人として扱う」
「へぇ…ならさ、その呪符って沙月専用かと思ったけど、そうじゃないんだ?」
「そう。妖に近づいてしまった証拠みたいなもんだね」
「それを今まで見た事なかったってことは…沙月が防人の中で一番"妖に近い"わけだ?」
「そういうこと…ふゎあぁ…」
そう言って、欠伸を一つ。
そろそろ眠たくなってきた。
「そっかぁ…私、何も分かって無かったのか。知ってたけどさぁ……ふわ…あぁ…」
眠くなってきたのは千鶴も同じらしい。
彼女も喋った直後に小さな欠伸を一つつく。
「でも、知れば知るほど、悩んじゃうなぁ。知らなければ、親の受け売りで良かったのに」
眠そうな声色でそう言ってソファに沈み込むと、私の方に顔を向けて…
そして僅かに声を潜めて、ポツリとこう呟いた。
「沙月、私達ってさ、人間なのかな?それとも、本当は妖なのかな?…」
お読み頂きありがとうございます!
「いいね」や「★評価」「感想」「ブクマ」等々頂ければ励みになります。
よろしくお願いします_(._.)_




