209.まさかこういう役回りをする日が来るとは、これっぽっちも思ってなかった。
まさかこういう役回りをする日が来るとは、これっぽっちも思ってなかった。
準備をモト達に任せた私は、1人妖の格好のまま大講堂に残ると、さっきまで子供達に"演説"をしていた妖の元に歩み寄る。
「入舸沙月か…どうかしたかね?」
如何にも"お偉いさん"という風貌で背が高く、体格の良い、人で言えば40代の男といった感じの妖。
私の接近に気付いて問いかけてきた彼を、ジッと見つめた私は、僅かに首を傾げると、彼から感じる"異境の匂い"をアテにして、こう尋ねた。
「何時か、異境で会いませんでした?そう、去年の春に。"運び人"を探していた私に声を掛けてきたおじいさんが居ましてね。"姿形"は違えど"匂い"が同じなんですよ」
そう告げると、妖は目を見開いて驚いた顔を浮かべ、無言のまま、私を大講堂の外へ招く。
彼に素直についていくと、大講堂の外…人気のない廊下の隅で立ち止まり…そして、僅かに肩を振るわせて笑い始めた。
「あぁ…良く気付いたな。あの姿じゃ何もかも違う。クソジジィも良い所だっただろうに」
「まさか。得体の知れない雰囲気はそのままですよ。で、貴方は一体?…」
「それは知らんのか。沙絵や八沙からは…何も聞いてないか?」
「ええ。知ってるんですか?」
「長い付き合いだ。ワシは以津真天。どうだ?まんまだろ?聞いた事ないか?」
「……えぇ、まんまですね。聞いた事は、無いですが」
以津真天…確か、妖の中にそういうモノがあったはずだ。
茶目っ気混じりにそう名乗った妖に、ジトっとした半目で睨んでやると、妖は僅かに頬を赤らめて頭を掻いて見せた。
「それで…"以津真"さん。ちょっと確認しておきたいことがあります」
今のままだと妖のペースに飲まれてしまいそうだったから、私はやや強引に"本題"に入る。
妖は僅かに緩んだ表情を元に戻すと、私は"お題"が書かれた用紙を取り出して妖に渡した。
「これの真意です。無茶にも程があるでしょうに」
用紙を渡しながらそう言うと、妖は口元を歪ませて頷く。
「そうだな。入舸沙月、お前の言う事は正しい。無茶だ。怪我人が多数出るだろうな」
「ですよね?…少しでも"やった"ってアリバイを作るために、呪符の手ほどき位はしますけど…なんだってそんな"無茶"を"お題"にしたのか教えてくれませんか?」
「それはそれは…元に聞いてみることだな。ワシもそこまでは知らんよ」
「はぁ…?」
私は怪訝で不満な顔を隠さずに以津真さんの顔を睨んだ。
だが、彼はそれに少しも動じず…寧ろ"あの時"と同じように優しい笑みを浮かべて私を見返すと、私に用紙を押し付けながらこう言った。
「呪符の手ほどきか…良いじゃないか。それに免じて1つ、ワシから言えることがあるとすれば…元の興味は、端から入舸沙月ただ1人だろう。あの夢幻回廊を抜けられるだけの力があるのは、お前だけだ」
私は目を丸くして用紙を受け取る。
「この先、"防人"がどうなるかは…お前達次第だと、元が言っていたな」
以津真はそう言ってポカンと口を開いた私の頭にポンと手を載せ、軽く撫でてから私の横を通り過ぎていく。
「ワシは、お前のやりたいように任せる。ワシの"予想"を上回ったんだ。異議は無い」
去り際…大講堂の扉に手を掛けた以津真さんは、最後に一言そう言うと、私が何かをいう前に扉を開けて、中へ入ってしまった。
「……」
私は暫くその場で突っ立ったまま、以津真さんの言葉を頭の中で反響させる。
"夢幻回廊を抜けられるのは私だけ"…
今は妖の姿と言えど、それが出来ると思えるのは自意識過剰というものだろう。
「そんなの…後だ、後」
気持ちを切り替えるために、敢えて言葉に出して、肩を竦めて足を踏み出す。
カチャカチャと…妖になった体では歩きづらい木張りの廊下を歩き出した私は、ある程度の所まで歩くと、バサッと翼を広げて宙に浮いた。
そのまま廊下を滑空して、階段の所で急上昇。
2階まで一気に上がった私は、2階廊下の上に着地すると、腕をコキコキ回しながら集合場所の方へ歩き出す。
集合場所は、北西にある道場…そこで"赤紙の呪符"の使い方を手ほどきしてやった後は、異境に行って"仕上げ"るつもりだ。
異境に行くというのは危ない事だが、こうなってしまっては、危ないとも言ってられないだろう。
"少しばかり妖と対峙するのが早いだけ"…言ってしまえばそれだけなのだ。
何時かは挑まねばならない事…それが、ただ早く来てしまっただけなのだから。
「沙月!」
道場の前に着くと、扉の前で待っていたモトが私に気付いて声をかけてきた。
私はそれに手を上げて応えると、モト以外に居ない廊下を見回しながら近づいていく。
「千鶴達は?」
「中だ。皆、お面と耳飾りを付けてるから、不気味だな…もう呪符を配って回ってる」
「流石。こう言いたくないけど、千鶴さんとか、"洛中"の人間が"こっち側"だと楽だね」
「確かに、その点はラッキーだったな。それより、沙月はその恰好で大丈夫なのか?」
「この2か月でどれだけ"なって解除して"来たか。大丈夫だよ。お上のお墨付きさ」
「お上って、誰から?」
「沙絵と八沙。あとはココの屋敷の人かな」
「なら安心だな」
モトはそう言って、道場の扉を開けてくれる。
「サンキュ」「はいはい」
忘れていたが、道場の扉は洋風な丸いドアノブだった。
この手じゃ開けるのに苦労していた事だろう。
それを知ってモトは外に居てくれたらしい。
「…お待たせー」
道場に入ると、呪符を手にしてざわついていた皆がシンと静まり返る。
この空気はあれだ、嫌われ者の先生が来た時のクラスの雰囲気…
私は空気の冷たさに、僅かに顔を引きつらせて姿勢を正すと、私の横にいるモトの方に視線をやった。
「慣れの問題だ慣れの」
「そうだと信じたいね。モト、モトは面と耳飾り無しでいいから…手伝ってよ?」
「あぁ、今からやる事なら俺だって出来るからな。その気でいた」
「流石」
何とも言えない空気の中、モトと小声で言葉を交わした私は、道場の奥へと進んでいって全員の注目を集め…
そして、最奥の壁の前でクルリと皆の方へ振り返る。
「そんなに身構えなくていい。これからやるのは、基礎固めなのだから。怪我もしないさ」
そう言って、私は着物の中から"赤紙の呪符"を取り出して、念を込める。
この姿じゃ呪符を使う必要は無いのだが…
皆に"わからせる"にはこの手が一番早いだろう。
"赤紙の呪符"を眩い赤の光で包んだ私は、静まり返った"生徒"を見回すと、こう叫んだ。
「さぁ、今から軽く"爆発"させるから…その紙に"念"を送って防いでみな!」
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