198.思い付きに従うというのも、良いかもしれない。
思い付きに従うというのも、良いかもしれない。
弱めの呪符を使って僅かに"妖"へ寄せた私と正臣で、沙絵に止められるまで続いた"夜練"は予想以上に効果的だった。
「ぁー?ぁー、あー、あー、うー、うー…んっ戻ってきたかな?」
後遺症と言えば、久しぶりに妖言葉が出てくる様になった程度。
それも、寝て起きれば元通り…昨日まで感じていた、どこか靄のかかった感情は、何処かへ消え去っていた。
「おはよ~」
カーテンを開ければ、窓の外は見事な秋晴れ…清々しい朝だ。
土曜日だというのに、寝坊することなく、寧ろ何時もより早くに目を覚ました私は、軽い足取りで居間の方へと歩いていく。
「おはようございます。沙月様」
居間へ行くと、早起きな沙絵が台所から顔を覗かせた。
「おはようなのです。沙月」
そして居間にもう一人、早朝の我が家に居るには不自然な人影が1人。
「え?」
居間のテーブルセットの一角にちょこんと座っているのは、ジュン君だった。
「え?ジュン君、どしたの?」
「手伝いでこっちまで来たので、この間のお礼を渡すついでに遊びに寄ったのです」
「はぁ…」
「天狗が来ましてね。この間のお礼にと、たらこを持ってきてくれまして」
「なるほど?迷惑もかけちゃってるけど…じゃ、あれだ。朝市か何かに卸しに来た感じ?」
「そうなのです。ちょっとしたお小遣い稼ぎです」
「へぇ…」
そう言いながら、彼女の向かい側に座る私。
動き易そうな服装に身を包んだジュン君は、寝起きの私をジッと興味深そうに見つめてくる。
「何か付いてる?」
「いえ、寝起きの沙月はレアなのです」
「見せもんじゃないよ」
ジッと見つめられて顔を赤くしたところで、沙絵が台所からお盆を持ってやって来た。
「というわけで、今朝はたらこのおにぎりと玉子焼きです」
「ん、ありがと。ジュン君も、ありがとね。持ってきてもらって」
「美味しいのですよ」
テーブルに皿が並べられていく中で、ジュン君の前にはお茶の入ったコップしか置かれない。
「あれ?ジュン君の分は?」
「ボクはもう食べて来てるので要らないのです」
「そう。それもなんか悪い気がするね」
「お姉さんが一杯食べさせてくるから、ちょっと辛いのですよ…」
私の問いにそう答えたジュン君は苦笑いを浮かべてお腹をさすった。
その答えに頷きながら、早速おにぎりを一口…
少々味の濃いたらこと、炊きたてのご飯の組み合わせに、私は思わず頬を緩ませる。
「…それにしても、沙月も早起きですね」
「今日が特別早いだけですよ。珍しい時に当たりましたね」
「へぇ…何かあったのですか?」
「ん?いや、何も」
「昨日、正臣君と遅くまでずっと道場で動いてましたからね。そのせいじゃないですか?」
「あ、沙絵…!」「え!?」
悪気を一切感じさせずに言った沙絵の一言で、私とジュン君の手が止まる。
私は手にしていたおにぎりを落としそうになり、ジュン君はハッとした顔をこちらに向けてきた。
「あ、すいません。沙月様」
まだ僅かに肌寒さを感じる居間。
凍り付いた私達の様子を見て、ようやく"ミス"に気付いた沙絵が引き笑いを浮かべて謝って来るが、もう遅い。
私がジュン君の方を見て目を点にすると、ジュン君は私の顔を見て含みのある笑みを向けていた。
「皆まで言わなくても分かるのです。噂とか、気にする2人じゃないのですよ」
「まぁ…」
「一時だけ剣道部のマネージャーをしてる事も、それをやる事になった理由も知ってますし、そもそも沙月が剣道をやってた事も知ってるのです」
「はい」
「多分、練習不足だとか、色々とワケがあってそうなったのも想像が付くのです。昨日の沙月は元気が無かったですから」
「はい、その通りです」
有無を言わさぬ雰囲気のジュン君に、大人しく相槌を返す。
「そうは言っても、こうも勘違いされる様な真似をすると、気になってしまうではないですか!」
バン!と軽くテーブルを叩いて身を乗り出すジュン君。
私はおにぎりを持ったまま、引きつった顔を彼女に向けて僅かに仰け反った。
「多分!そう言うのをナチュラルに出来る関係なのです。ちょっと羨ましいのですが!こう…刺激が強い時があるのです。2人共、あと一歩踏み込めてないのです!」
「すいません…って、なんで謝ってるんだろ」
理不尽に怒られている気がする私。
その横で沙絵が噴き出すのを堪えている。
ジュン君は私をジッと睨むように見据えると、「はぁ…」と溜息をついて椅子に座った。
「本当に、そういう気持ちは無いのですか!?曖昧なままだと2人共哀しい事になるのです!」
「いや…その…うーん…ずっと一緒にいるだけだし…ね?」
「はぁ…正臣も似た様な反応をするのは簡単に想像ができるのです。カップルというより熟年夫婦なのですよ。段階を飛ばし過ぎなのです」
「ぷふっ…!」
ジュン君の一言で、遂に沙絵が噴き出す。
「もしかして、今日も正臣と約束があったりするのですか?」
「いや、別に…今日は暇だけど」
「日曜日はありましたよね?」
「沙絵!」
何故か四面楚歌。
凄くいい笑顔を浮かべている沙絵を小突くと、ジュン君は私の方をジトっとした目で見つめてきた。
「ふむ…そう言えば沙月、この間、皆で選んだお洒落着をダメにしてましたね?」
「…まぁ、うん」
「なら、丁度良い機会なのです。後で街に出て服選びするのです」
得も言われぬ迫力で言われると、頷くしか出来ない。
有難迷惑…なのだが、どこかでホッとしている私がいた。
「沙月様、放っておけば家でずっとTシャツ短パンですからね」
「素材が良すぎるから勿体なさすぎるのです。正臣も、今回は凄く頑張ったから役得の1つはあって良いのですよ」
「役得って…そんな」
呆れ顔でジュン君を見る私。
だが、こうなってしまえば、私の事なのに、私に拒否権は無いに等しかった。
「穂花と楓花にも協力を仰ぐのですよ!」
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