196.少しは出来た方が良いのは知っているが、向いていないんだと思う。
少しは出来た方が良いのは知っているが、向いていないんだと思う。
あちらこちらから、正臣との仲を"弄られる"様になって早数日。
不思議と嫌な気分にはならなかったが、それも食傷気味になっていた頃合い。
「知った顔がいれば安心だよな。魚料理なら尚更。雨次さんが居るのはラッキーだけど…」
「正臣も筋が良いので安心なのです。ただ、ちょっと約1名、不安なのがいるのです」
家庭科の時間、くじ引きで作った4人1組のグループで挑むのは簡単な昼食作り。
私と、ジュン君と、正臣と…そして、この間巻き添えにしてしまった千羽君のグループ。
正臣と同じグループになったせいで一部が沸き立ったが…それはもう終わった話だ。
「不安って、私の事?」
「そうなのです。沙月以外いないのですよ」
「いや待て、雨次さん。千羽も中々だった気がするぞ?」
正臣とジュン君が、私と千羽君に目を向ける。
私は言い返せるだけの腕は無いから何も言い返せないが、それは千羽君も同じらしい。
「あれま、お仲間さんだった?」
「らしい。どーもダメなんだよな、手先不器っちょで」
「千羽は単純にめんどくさがりなだけだ。ちゃんとやれ。沙月は筋金入りだからな?」
「いやいや、そんなまさか」
「そのまさかなのです。今回は沙月を火に近づけないのです」
「あ、はい…」
どうやら、序列最下位は私の様だ。
大真面目な顔を向けてそう言ったジュン君の横でちょっとだけ小さくなると、正臣は私を見て苦笑いを浮かべた。
「沙月には野菜を洗ってきてもらうのです」
「千羽も行って見ててくれ。沙月だけなら、キャベツとか玉ねぎの原型が消えそうだ」
「そこまではしないって!」
「前科持ちだからな…」
「そうなのです。魚はボクと正臣でやっちゃうですから、洗い終わったら教えて下さい」
有無を言わさぬ進行。
テキパキと準備を進めるジュン君と正臣を見て、私は千羽君に苦笑いを向けると、野菜の入ったボールを手に取った。
「行きましょっか」
そう言って、ちょっと離れた水場へ。
既に他のグループの人達がズラリと並んでいたから、ちょっと待って、開いたところでボールを流しに置く。
「…もう洗うだけでヘマはしないっての」
「もうって…昔はやったのか?」
「まぁ、正臣が言ってた通り、中学の時に玉ねぎとキャベツをバラバラに…」
「えぇ…」
「いや、だってさ。スーパーとか行ったら皆剥いでるでしょ?だから、剥いだ方が良いのかなって思って」
「限度があるでしょうに。じゃぁさ、雨次さんが言ってた火に近づけないってのは?」
「それは、この間の調理実習の時にボヤ騒ぎを起こしかけた事かな?」
「あー…言われてみれば、なんかあった気がする」
水を流して中に入っていた野菜を洗い始める私達。
初動がちょっと遅かったせいか、周囲にいた別グループの人達は、次々に卓へと戻っていった。
「洗うって、これ位で良いよね?」
「あぁ。それ位」
キャベツに玉ねぎにジャガイモに人参。
4人でこの分量が多いのか少ないのかは分からないが、洗うのにそこまで時間は掛からない。
サッサと済ませようと手を動かす私の横で、ふと千羽君が私の方に目を向けた。
「ん?何か髪に付いてる?」
「いや、その、この間の金曜日の事、ぼんやりと思い出してさ」
「え?何のこと?」
ジャガイモを水洗いしたまま、私は口元を引きつらせる。
彼にも記憶処理はやったはずだ…それも、他の人間よりも厳重に。
"裏"の顔の時の私と一度でも関わってしまった人には効果が薄いのだろうか…?
いや、まさか…
「全部は思い出せないけど、誰かに連れ去られたのは覚えてるんだ」
「へぇ…」
「本当だ。というか、入舸さん、その場に居たじゃないか。それ、ウィッグだろ?」
「……まさか。ここで髪でも引っ張ってみる?」
確信めいた目を向けられると、どうしても言い逃れできない自分がいた。
否定気味の言葉を告げて、洗い終わったジャガイモをボールに戻すと、出していた水を止めて千羽君の方へと向き直る。
「ここで出来るわけないだろ」
「だろうね。千羽君、戻ろ?」
ボールの水を切って、千羽君にボールを押し付けてそう言うと、彼は何とも言えない顔を私に向けた。
「知らない方が良いって言うんだろ?」
ちょっとだけ不満げな彼の声。
直接的な証拠を示せない辺り、彼の記憶は本当にぼんやりとしたものらしい。
そのまま卓の方へ足を踏み出し、数歩歩いた所で足を止める。
「今は、まだ、ただの言いがかりさね」
私は普段通りの調子でそう言うと、制服の裾に手を入れて、中に仕込んでいた呪符に、僅かな念を流して彼の方へと振り返った。
「普通の人でいなさいな。好奇心は猫をも殺すんだ。碌な事にならないよ」
そう言って妖力の籠った、藍色に輝く目を彼に向ける。
手にした呪符は、念のために持ち歩くようになった"記憶を混濁させる"効果を持った呪符。
彼はニヤリと笑った私の顔をじっと見てくると、僅かに立ち眩んだような素振りを見せた。
「っと」
「大丈夫?」
「あぁ、うん。もう、洗ったっけ?」
「終わったばかりでしょ。大丈夫?」
「あぁ…そうだった、そうだった…なんだろ、急に…」
「寝不足なんじゃない?貸して」
私はそう言って呪符から手を放し、彼からボールを取り上げると、サッサと卓の方へ戻る。
「洗ってきたよ」
トンと卓にボールを置くと、手際良く魚を捌いていた2人の手がピタリと止まった。
怪しみの籠った視線が2つ…私はまだフワフワしてる千羽君の方を見て肩を竦める。
「大丈夫なのです。よくやったのです」
「あぁ…なら、雨次さん、残り任せていい?」
「はい。正臣は2人の面倒見お願いします」
検品が通った所で、正臣はキリの良い所まで終わらせると、包丁を置いて私達の元へ。
彼は私と千羽君の間に入ると、ボールに入った野菜を取って眺めながら、少々様子のおかしい千羽君の方に顔を向けた。
「どうした?貧血?」
「ん、いや…なんかね」
「?…ま、とりあえず起きろ、ジャガイモの皮剥いて。ピーラーあるから」
千羽君に指示を出した彼は、少々ゲンナリした表情で私の方に顔を向ける。
私は彼に何か言われる前に、目線と"袖の中に指をさす"ポーズでワケアリであることを示すと、正臣は僅かに首を傾げつつも、頷いてくれた。
「…沙月は、どうすっかな」
何かあったことを理解したらしい正臣は、それを気にすることなく卓の上を見回す。
そして、「あっ」と何かを思いついた様な顔を浮かべると、私の方に顔を向けた。
「ソースでも作るか。混ぜるだけだし、事故らないだろ?」
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