192.まだ遊び足りないが、遊ぶ相手はもういない。
まだ遊び足りないが、遊ぶ相手はもういない。
宝石2つ、意識を失った男の子1人…並んだ机と椅子は滅茶苦茶に散らかり、中庭に面したガラス窓は全て粉々。
そこに唯一、意識を保っているのは、呆然とした表情を浮かべて立っている私。
「参ったな…やりすぎちゃったかな?」
惨状を見渡して一言。
やり過ぎたと思った所で、後の祭り。
腕に付いた死体と妖の血を払い落し、顔についた血を腕で適当に拭うと、蹴破った扉から外に出る。
多分、もうやる事がない。
だから、あとは漂うだけ…
どうしようかなんて、これっぽっちも思い浮かばなかった。
「……」
外に出て立ち止まり、胸に手を当てて、鬼沙が苦しんだ"感覚"に顔を歪める。
それは、あの妖特有の"手品"だろうか?
どんな状態からでも死体を復活させ…死体を支配下に置く力。
彼女にとっては、妖としての力を誇示する道具だったのだろうが…
死は死で受け流す私達にとっては、呪いも良い所だ。
空腹衝動の次は、これか…
殺してでも、自分のモノにしたくなる。
鬼沙はあの夜、これを堪えて私と戦った。
あぁ、流石は"お兄ちゃん"だ。
鬼の癖に、人から成り下がった妖怪の癖に、随分強大な精神を持ち合わせているようで…
「腹減ったな…」
立ち尽くしたまま、独り言をポツリ。
クルリと振り向けば、煤けた状態で寝転がる男の子の姿が目についた。
彼は気を失ったまま、目を覚ます気配がない。
「……」
彼を目に入れ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
流石にそれだけは無い…やっちゃダメだ…ダメなのだろうか?
体はGOサインを出しているのだが…どこかで、私を止める私がいる。
それでも、口の中に湧いた涎は止まる気配がなく…
それを何度飲み込んでも、すぐに口の中が濡れてきた。
「何か…食べるもの…」
足が勝手に、教室の方へ動き出してしまう。
止めなければと思っても、乾くような空腹には耐えられない。
…さっき、変な死肉の血を飲むんじゃなかった。
「……あぁ、参った…参った」
「沙月!」
教室に足を入れかけた私の耳に、誰かの声がつんざく。
顔を歪めて足を止め、気だるげに声の方へと振り返ると、竹刀を手にした男の子の姿が目に映った。
「んー?なんだ、君か」
少々息切れした姿。
何とも言えない表情を浮かべ、どこか生気が抜けている様に見える男の子。
ボンヤリとしてきた頭に、彼の名前は浮かばないが、とても大事な人だった気がする。
私は呆然とした視線を彼に向けると、彼は少し離れたところで立ち止まった。
「…ど、どうなってるかは知らないけどさ。早く戻らないと……はぁ…と、取り返しが付かなくなるぞ!」
息を切らし、焦った様子の男の子。
私としては、別に戻らなくても良い気がする。
それよりも気になるのは、彼の体調だ。
「どうでもいいさ。どうでも。それより、どうしたの?随分疲れてる様に見えるけど」
まるで悪霊に支配されたかのようなグロッキーさ。
だが、彼から霊の気配は感じない。
「あぁ、あぁ!ワケアリでさ!」
「そう」
疲れに震えた彼の声。
顔中を覆った脂汗の原因に、ちょっと興味が湧いた。
だが、同時に…どこか私の体が少し重くなってきている様な気がする…
「ねぇ」
彼の方に体を向けた私は、両腕を振るいながら、彼の目をジッと見つめた。
「もう少し、遊ぶだけの体力は残ってる?」
「はぁ?何を言って…」
戸惑いの表情を浮かべた彼の方へひとっ飛び。
ヒュッと軽く右腕を振り下ろすと、彼は驚いて飛びのいた。
「沙月!ふざけてんのか!?俺だ!」
「いやぁ、分かってるって。至って真面目さ。だから、ちょっと賭けをしよう」
「…んな暇あるか!呪符ならある!見つけてきた!美術室で!真北が持ってたんだ!」
そう言って男の子はポケットから特異な意匠の呪符を取り出す。
それは、私をツマラナイ"人間"に戻すための特効薬。
彼がやつれていた理由はそれだったか。
だが、残念。
私はもう、突っ走るしかないのだから。
「戻りたくないんだって…そんなもの持って、身を崩すよ?」
「俺を心配してるなら、サッサと戻ってくれ…」
「嫌だね。ボーヤ、手加減してあげるからさ、今の私を止めてみない?…私が勝てば、アンタも、そこで転がってる子も私の餌…負ければ、私は元通り」
そう言って、再び距離を取った男の子に向けて、血だらけの両腕を振るって見せた。
飛び散る血、何かが壊れた様な笑みを彼に向けると、男の子は青褪めた顔をこちらに向けて、手にした竹刀を握りしめる。
「なんか体が重いと思えば、きっとその呪符だ。原因は、長引けば、分が悪いな」
「なんなんだよ…沙月…どうしたってのさ」
「私が聞きたいよ、どうなってんのさ?訳が分からない!アーッハハハハハハ!!!!」
私の笑い声が廊下に響き渡った。
ひとしきり笑った後で、こちらをジッと見据える男の子の方をジロリと見やる。
「余興には十分。腕の良い剣士だったものね?君は」
腕をダラリと下げて、バサッと羽を広げると、トン!と足を踏み出し男の子の元へ一直線。
なんの考えも無く右手の爪を振るうと、それはいとも簡単に弾き返された。
「沙月!こんなことしてる暇無いんだって!」
「ならば、止めてみな!」
「あーもう!戻ってこい!」
柔らかな竹刀で、硬い爪を弾き返された事に驚く間もなく追撃に出る私。
ちょっと動きが重い体を強引に動かし首筋を狙い続けたが、男の子に難なく返され続ける。
「この!」
ヒュッと右手を突き出し、一瞬で引っ込めた。
「くっ」
フェイント気味の動き、攻め調子になった男の子は、簡単に引っ掛かる。
クルリと回って足を蹴りだし、足の爪が彼の顔目掛けて突き抜けた。
「うぉっ……!」
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