180.心地よさを知ってしまうと、この姿でいるのが苦痛に思えてくる。
心地よさを知ってしまうと、この姿でいるのが苦痛に思えてくる。
妖で居られた土日の後、"人"に戻った挙句、身体を覆う呪符の量が減ってしまった今、私の体は何とも言えない不調を訴えていた。
別に、風邪だとか何だとか、そう言うわけでは無いのだが…あの心地よさから比べてしまうと、"人"の体は随分と弱々しく思えて、不安になってくる。
ジェフリーを"罠にハメた"次の日、月曜日。
午前の授業が終わって、今は昼休み、私は珍しくスマホを付けて、適当なニュースサイトを開いていた。
開いたサイト、表示されている全国ニュースの隅に、昨日の出来事を報じる一文が見える。
"38人殺害の指名手配犯 小樽で発見 逮捕"
昨日、よりにもよって"天狗"をターゲットにしてしまったジェフリーは、手も足も出ず私達に打倒された挙句、"沙絵が用意した筋書き"に沿って行った通報を受けてやって来た警察官に逮捕されて行ったのだ。
容疑は婦女暴行。
恐らく、そこまでならば…圧力のかけようもあっただろう。
そこからの展開は、恐らく相手側の斜め上を行ったはずだ。
何てことの無い事件であるはずなのに、あっという間に地元のテレビが入ってこれを報道。
報道の中で、彼の本名が「ジャック・C・ハラルド」であるという情報が出てきた挙句、更には彼がアメリカ本国で指名手配されている事まで大っぴらにしてしまったのだ。
人死にが出ていないただの暴行犯なのに、とんとん拍子で出て来る情報。
当然、沙絵が裏から手を回した結果なのだが、その結果、本国でも"手出しが出来なかった"男はあっという間に自由を失う羽目になった。
そこから先の話は、私の興味の範囲じゃない。
ただ一つ、記事を読んでわかった事があるとすれば、ジェフリーは二度と娑婆には出られないと言う事くらいか。
「沙月、偶には中庭に行かない?」
スマホを消したところに丁度よく、穂花が私の席にやって来る。
私は「おっけー」と軽い返事をすると、弁当を持って立ち上がった。
顔を上げてみれば、面子はいつも通り、穂花に楓花に、ジュン君だ。
「今日、体調悪そうよね」
4人でぞろぞろと移動し始めると、私の隣を歩く穂花がそう言って私の方に顔を向けた。
「そうなのですよ。風邪気味ですか?」
その声に、前を歩いていたジュン君が反応して振り返り、何も言わないが楓花もこちらに顔を向ける。
「違う。ちょっとね。今日は殆ど仕込んでないからかな」
私は3人に目を向けられると、素直に今の状態を白状した。
「そう。大変ね、調整」
「まぁ…学校で変わるわけにもいかないし」
「確かに」
「そういうわけで、ちょっと体が重く感じるってだけ。別に、元気だよ」
そう言って弁当を手にしていない方の腕をクルリと回して見せる。
「無理しないでよ?」
「そうそう、沙月には次の金曜日に活躍してもらわないとダメなんだから」
「そうなのです。その後にはテスト勉強会も控えてるのですよ」
「……現実に戻さないでよ」
3人は、特にこの状態を掘り下げて来なかった。
気を使われたのだろうけど…最後のテストの話だけは聞きたくなかったな…
私が口元を引きつらせると、隣にいた穂花がグイっと私の肩に手を回してくる。
「ねぇ、この後の英語と数学、どっちも宿題出てた気がするけど、出来たのかしら?」
「え?あったっけ?」
急に現実味が増した話題。
私は宿題の事など全く身に覚えが無く、思わず背筋を正してしまった。
それを見て、珍しく穂花が噴き出す。
「冗談よ」
「えっ?」
ピンと伸びた背筋、私は顔を真っ赤にすると、肩に回った彼女の腕を払った。
「やめてよ、怖すぎる冗談は…」
「ふふふ…ごめん。まさかそんなに効くとは思わなくて」
「すっごく焦った…今日で一番焦った…」
鳥肌が立ったのを感じながらそう言うと、前を行く2人がこちらに振り向いて呆れた顔を向ける。
「沙月、それ、普段から余り話を聞いてないって事じゃないかしら」
「そうなのです。それに、宿題がある日は皆、教室で写し合いしてるのですから、気付けるはずです」
楓花とジュン君にそう言われた私は、顔を赤くしたまま口を塞ぐ。
その様子を見て、更に穂花の笑みが深まった。
「懲りたら、今度からちゃんと授業を受けなさい」
・
・
中庭に出ると、最近にしては暖かい日が続いていたからか、それなりに生徒の姿が目に付いた。
私達は空いていたテーブルセットに陣取ると、弁当を開いて手を付け始める。
「今週は楽だよね。木金が体育祭だし」
箸を片手に話を振ると、穂花が「そうね」といって頷いてくれた。
「明日明後日も練習代わりの体育が2時間入ってて楽なのです」
「出るのはバレーだけだし、今週は平和だぁ…」
そう言って、玉子焼きを口に放る。
楓花もコクコクと頷きながら聞いてくれていたが、ふと何かに気づいた様に私の方に顔を向けた。
「そう言えば、マサと動いてたのはもう大丈夫なのかしら?」
「ん?あぁ…それも、もう大丈夫。終わったよ。とりあえずね」
「そう」
話題に上がったのは、私が正臣と取り掛かっていた悪霊退治。
昨日、インビジブル・サークルの1人を対処した後、小樽に戻ってみれば、祓っていなかった悪霊たちは綺麗サッパリ姿を消していたのだ。
「グール騒ぎも、もうほとんど終わり。それも、週末までには片付くんじゃないかな…」
「そうなの。なんか、アッサリね」
「あれ?もう一つ何か無かった?」
「もう一つ…妖怪が出て来たって事?」
「そう。それ」
「それは、まだ続いてるけど、被害は無いから監視だけ。いつもウチでやってる事の範疇さ」
私は弁当を食べ進めながら、殆ど"終わり"に近づいた諸々の問題の事を簡単に告げていく。
3人はそれを聞いて頷いてくれたが、ジュン君だけは、昨日の私の姿を思い浮かべたのか、若干顔を引きつらせた。
「私の出る幕も、もう殆ど無いから、あとは私がシャキっとするだけさ」
そう言うと、私の方に顔を向けた皆を見回して、小さく口を開く。
「体調はまだ良かったり悪かったりするから、迷惑かけちゃう事もあるけど…」
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