174.慣れないことをした次の日は、大人しくするに限る。
慣れないことをした次の日は、大人しくするに限る。
木曜日の昼間、私は授業の殆どを寝て過ごしていた。
ようやく訪れた昼休み、ボーっとしたまま机に座っていた私の下に、穂花と楓花、それにジュン君が呆れた顔を浮かべながらやって来る。
「沙月、らしくないじゃない。そんな大きな隈を作って…」
男友達と学食の方へ出かけた正臣の席に腰かけた穂花にそう言われて、私はハッと我に返ると、それをニヘらっと笑って誤魔化して見せる。
「笑って誤魔化さないの」
「そうなのです。夜に何かあったのですか?」
「いいや、寝れなくてさ。気付いたら朝だった」
人がはけた私の周囲の席に座る楓花とジュン君。
今日は、私の席を囲んでのお昼…なのだが、私は持ってきていた弁当を広げる気になれなかった。
ずっと眠っていたせいだろうが…全くお腹が空いていない。
「食べないのです?」
「うん。全くお腹減ってないもの」
「全く…具合は悪くないんでしょうね?」
「うん。快調そのもの…眠いだけ…」
呆れ顔を3方向から浴びながら、私は大きな欠伸を一つ。
気まずくなって教室中を見回してみれば、たまたまこちらに顔を向けていたであろう男子と目が合った。
「…っと」
ハッとした様な顔を浮かべた男子、この間校舎に結界を貼ってる時にすれ違った千羽君だ。
私はだらしなく開けていた口を手で塞ぎ、僅かに顔を赤らめて目線を逸らす。
「寝ぼけてると面倒な事になるんだから、顔でも洗ってきてシャキっとしなさい」
楓花にそう言われた私は、目を擦りながら何度か頷き、気だるげな所作で席を立つ。
「そうするー…」
私の机の上に弁当を広げだした3人を残して、ゆっくりとした足取りで教室を出て行った。
「……」
重たい頭、普段通り素の髪を抑えてウィッグを付けているのだが…
その締め付けが妙に痛い。
普段より締め付けすぎ…というわけでは無いのだろうが。
私は頭を抑えて摩りつつ、女子トイレまで行くと、空いていた洗面台の前に立ち、鏡に映る自分の姿を凝視した。
映ったのは、素ではない"表"の顔。
黒いウィッグで作られた髪型は、素の時と変わりない、ちょっとウェーブがかった髪型…
その下に見える顔は、伊達眼鏡と傷かくしの化粧で誤魔化しきれていない程、目元の隈が目立っていた。
「酷…」
私は鏡に映った暗い顔を見つめてポツリと呟くと、眼鏡を外して胸ポケットに仕舞い、水を出して手ですくい、それを顔にかけた。
化粧…といえど、特殊メイク染みた事をしているから、これ位じゃ傷元のメイクは落ちてこない。
数回冷たい水をかけて、幾分か生気を取り戻した顔が鏡に見えると、私はホッと溜息をついて、ハンカチで顔についた水を拭って眼鏡をかける。
滅多にしない夜更かし。
やった次の日、1日中ずっと寝て過ごす位には、夜更かしに慣れていないのだ。
「っと…」
鏡を見て、最低限の身なりを整えた私は、まだ僅かに眠気が残りつつも、さっきよりは大分マシになった足取りでトイレを後にして教室へと足を踏み出した。
・
・
「あ、入舸さん」
教室の前までやって来ると、丁度出てきた千羽君に声をかけられた。
「ん?」
珍しいこともあるものだと思いながら足を止めると、彼は若干目を泳がせながらも私の顔をジッと見つめてくる。
「どうかした?」
「いや、その…突然悪いんだけど…昨日さ、夜中、外に出てたりした?」
尋ねると、返って来たのは何とも答えにくい質問。
私は目を見開いて首を傾げ、彼の顔をジッと見つめると、頭の中に思い浮かんだのは、昨日…いや、さっき、"深夜"に助けた男の子。
キッチリと着こなす制服と、それなりに大きな眼鏡を付けているせいで全く印象が違うが、ジッと見つめてみれば、顔と髪型は、確かに助けた男の子そのもの…
正直、彼の事をジッと見たのなんて今が初めてだったから、全く気付かなかった。
「…いや?私のそっくりさんでも見たの?」
心臓がドキっとしつつ、背中に嫌な汗を感じつつ…だが、涼しい顔を作って否定する。
千羽君は僅かに表情を引きつらせたが、それ以上私を追及する気は無いらしい。
「そうか…いや、ごめんね?変な事聞いて。コンビニ帰りにソレっぽい人見かけたから」
「そう。ま、そう言う事で」
一刻も早く席に戻りたい気分。
私は、それ以上会話が続いてボロを出す前に話を区切ると、千羽君に手を振ってその場から去って行く。
「お待たせ」
席に戻ると、遠くでその様子を見ていた穂花達が一斉に私の方に顔を向けた。
「珍しいわね」
「うん」
背中に汗を感じつつ、僅かに引きつった顔を浮かべた私はコクリと頷くと、鞄から弁当を取り出して蓋を開ける。
「誰かと私を見間違えたんだって」
「へぇ…」
深夜の事は、まだ皆に話さない。
私は千羽君に聞かれた事と、それがただの見間違いだと言うと、箸を手にしてお弁当のおかずを突き始めた。
「すっかり左利きが様になったわね」
「え?ん、まぁ…右でも良いんだけど」
「格好いいのです。両利き」
「格好いいって言っても。ねぇ?」
千羽君との会話で、一瞬"素"の私が出かけたが、穂花達の輪の中に戻ると、再び他愛のない日常が戻ってきた気がする。
眠気も徐々に醒めて行った私は、既にお弁当を食べ終えた3人に弄られつつ、少々遅れた昼食を摂り始めた。
「…そうだ沙月。貴女、また勉強がおざなりになってそうね」
何気ない会話…突如として現実に引き戻される一言が私の胸に突き刺さる。
ギクっというオノマトペが私の周囲に浮かび上がったのではないかという程に顔を引きつらせると、楓花はニヤリと悪そうな笑みを私に向けた。
「今日の分のノートは後で見せてあげるけれど、それよりも、体育祭の後はすぐに中間テストよ?"バイト"も良いけど、勉強しないと。ただでさえ出席日数が少ないんだからね?」
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