173.尻尾を撒いて逃げるのなら、追いかけるつもりは無い。
尻尾を撒いて逃げるのなら、追いかけるつもりは無い。
沙絵はあの2人をどう扱っているのだろうか?もし、逃げたとしても、監視の目があるから、今日は逃れられても私達から逃れられはしないのだが…
別に、管轄外に出てしまえば、深追いするつもりは沙絵にも無いだろう。
「さて…」
最後に残ったスーツ姿の男を"隠した"私は、抱えていた男の子から手を離す。
どういう理由でこんな夜中にほっつき歩いていたのかは知らないが…
住宅街の道のど真ん中、白菫色の髪に、お面を半分付けた和服姿の女に出会うというのは、中々にホラーな体験になっただろう。
「あ、ありがとう?…助けてくれたんですか?…どう…やって?」
手を離すと、腰を抜かしてしゃがみ込んでしまった男の子。
私は彼を見下ろして、何も答えず、ジッと彼の顔を見据えると、何処かで見たことがある様な気がした。
「……」
思い出せない…
男の子にしては髪のボリュームがある、ちょっと地味目な見た目。
目元の辺り、何かが足りないような気がするが…まぁ、良い。
「あの…」
彼に"その瞬間"は見られていない。
だから、このまま帰してやっても良いのだが…この格好を見られているのは、ちょっと不味いだろうか。
私が目を細めてジッと男の子の方を凝視すると、彼は背筋を正した。
「さっ!…さっきの…人は?」
「私を見て逃げたよ。幽霊とでも思ったんじゃない?」
「まさか…いや、そう…ですか…その、あ、貴女は…」
「通りすがり、にしちゃぁ…格好が変だよな?」
完璧にテンパっている男の子。
口元をニヤリとさせて言うと、彼は引きつった顔を貼り付けたまま何度も頭を縦に振る。
「ま、深追いしない事さね。こんな夜遅くにぶらついてんなら、こう言う事もあるって覚えときな。好奇心は猫をも殺すんだ」
彼の様子を見て、私の格好以外が"印象"に残っていない事を確信した私は、更に目を細めて笑うと、半分だけ被ったお面に手を伸ばした。
「今日の事を忘れるまでどれだけかかるか知らないけど。ま、早い所忘れちまいな」
お面を被り直そうとした手を止めて、しゃがみ込んだ男の子の方へ手を伸ばす。
ここでお面を被って"姿を消す"訳にいかない…それはちょっと迂闊な行動だ。
私は自然と出た素振りにヒヤリとしつつ、男の子の手を引っ張って立たせる。
「おっと、案外デカかったのか」
立たせて見て、ちょっと驚く私。
正臣よりも少し背が高いだろうか?170半ば位の身長…身体つきは細く、素の私でも押し通せそうな位。
彼は私の顔をジッと見つめると、何も言えずに目を泳がせる。
そりゃ、こんな夜中にこんな事になっていれば、どうすれば良いかも分からないか。
私的には、そのまま帰路に付いてくれて構わないのだが。
「家、近所かい?」
「あ、はい」
「そ。なら、さっさと帰りなさい。学生かい?学校じゃないの?今日もさ」
私はそう言って男の子の肩をパン!と叩くと、彼の横を通り過ぎてその場から立ち去っていく。
振り返ることはしない、多分、私が角を曲がるまでジッと見られているだろうから…
私はゆっくりと路地を歩き、最初の角を右に曲がった所で、お面で顔を覆った。
そして、トン!と地面を蹴飛ばして民家の屋根の上へ。
一応、彼がちゃんと帰路に付いているか確認するために、屋根を伝って戻ると、男の子がトボトボと歩いている姿が確認できる。
「御伽噺みたいなもの…か」
ポツリと独り言を言うと、徐に袖の中に手を入れてスマホを取り出す。
夢中になって追いかけて、さっき沙絵と共に押し入った家がどの辺にあるのかが分からなくなってしまった。
「もしもし?沙絵?終わったんだけどさ…その、場所忘れちゃって」
手際よく沙絵に電話をかけると、落ち着いた声が返ってくる。
「そんなことだろうと思ってました。迎えに行きますから、GPSだけ入れといて下さい」
「入れてる。そっちはどうなった?」
「男は確保。外人は逃走です。ま、監視が付いてるので、諸々を片付けたら、また尋ねてあげましょう」
「分かった…じゃあ、待ってるね」
「はい。すぐに向かいます」
短い通話。
思った通りに近い展開。
私は民家の屋根から飛び降りると、路地の隅に立って…そして民家の塀に背を預けて座り込んだ。
滅多に起きてる事が無い時間帯。
やる事が終わって緊張感が抜けると、お面を付けていても眠気が襲ってくる。
緊張が抜けて、僅かにウトウトし始めた頃。
私の耳に、聞き覚えがあるエンジン音が入ってきた。
「はっ…」
眠りかけてた事に驚き、私はハッとして目を覚ます。
お面越しに、黄色いスポーツカーが放つヘッドライトの光が差し込んで、私は思わず目を瞑った。
「路上で寝ないでくださいよ。酔っ払いじゃないんですから」
車が私の目の前で止まり、窓を開けて運転席から顔を覗かせた沙絵が私を見て呆れた表情を浮かべる。
私はお面を外して"人"に戻ると、苦笑いを浮かべながら立ち上がって砂を払って助手席へ。
車に収まり、シートに背を預けると、大きな欠伸が勝手に出てきた。
「明日、学校サボろっかな」
「何言ってるんですか。たった1度の夜更かし位で」
「えぇー………で?あの男は何処にやったのさ」
「持ってってもらいました。"離れ"まで。あの外人2人の事も、明日中には分かるでしょう」
沙絵は車を走らせながら、何てことの無い様な雰囲気でそう言うと、私の方に一度、チラリと目線を切る。
「そっちは何かありました?」
「いいや。6枚以内でキッチリ収めたよ?あぁ…1人、男の子を巻き添えにしかけたけど、セーフ」
「男の子…こんな時間にですか」
「なんか嫌な事でもあったんじゃない?ただの深夜徘徊さ、きっと。普段からやり慣れてる気もしなかったし」
「まぁ、何も無かったのなら深入りはしませんが」
私の言葉に、沙絵は僅かに表情を曇らせたが、すぐにその表情は素に戻った。
「とりあえず、明日以降、また"悪霊狩り"を再開しましょう。相手方の危険度も"力"も測れましたので」
沙絵がそう言うと、私は眠気が一気に押し寄せてきた頭を強引に起こしつつ、曖昧な返事を返す。
「わかった…も…ねる…うん……」
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