168.押してダメなら引いてみろと良く言うが、やるには勇気が必要だ。
押してダメなら引いてみろと良く言うが、やるには勇気が必要だ。
正臣を襲ってしまった次の日、月曜日。
私は"久しぶり"の制服に身を纏って平日の生活をスタートしていた。
「沙月、制服、元に戻したのね。内側の仕掛けもあるのかしら?」
「まぁ、うん。ちょっとワケアリでさ。お蔭で監視付きだよ」
「監視?…どこから?」
「空から」
「空…?」
2時間目は体育の時間。
来週末に迫った体育祭の練習に当てられている時間。
出場種目であるバレーの練習試合をしているのだが…
今は、私達以外のチームが試合をしていて、ちょっと暇な時間帯。
体育館の隅で、私は楓花と駄弁っていた。
「…危ないんじゃなかった?」
「…それは正臣に聞いて。色々あったのさ、昨日、一昨日で」
今の私は、体育の時間なので学校指定のジャージ上下だが、それ以外の時は少々オーバーサイズな冬服のセーラー服、上には黒いカーディガンを羽織った姿。
緩めに着こなした裏側には、ビッシリと"呪符"を仕掛けた"いつもの"状態だ。
「晴れて正臣も"こっち側"…助かると言えば、助かるんだけどさぁ。なーんか、ね」
そう言って溜息を付くと、楓花は不思議そうな顔を浮かべて首を傾げる。
「マサじゃ不満?」
「いや。全然…その逆だから嫌なのさ。正臣は優秀だよ。だからさ、一般人のままでいてほしかった」
楓花は私の言葉を聞いて頷くと、男子たちがバスケに興じている方に顔を向ける。
私も釣られてそっちの方を見てみると、丁度正臣が試合をしている所だった。
「結局はさ、私の我儘なんだけど」
剣道部で、バスケは門外漢なのに、それなりに動けている正臣。
優男で、頼りない感じはするが…そう舐めてかかって痛い目にあった人がどれだけいるか…
私は溜息を付くと、これまでよりも数段軽く感じる腕を回す。
「そうだ、後で皆にも言うけど…暫く街に出ない方が良いからね」
「今朝、先生が言ってた不審者絡みかしら」
「あぁ、そう言ってたっけか。そう。それ絡みさ。外人に気を付けて」
「どういうのかは聞かない方が良い?」
「お勧めしない…っと」
そう言った直後、私達の方にバレーボールが飛んで来た。
それを取って、コートの方に投げ返す。
得点板を見れば、そろそろ試合が終わる頃だった。
「とりあえず、色々あっても…ちょっとは体調、良くなったみたいね」
「うん。やっぱ、多少の毒が必要ってわけさ」
・
・
午前中の授業が全て終わって、今は昼休み。
すっかり"私達のスペース"と化した食堂隅の一角に皆を集めた私は、昨日までの出来事と、"外国人"についての事を告げた。
「一応、ウチの連中が見張ってるし…街に住んでる妖にも見てもらってるから、何も無いと思うんだけどね」
弁当を食べながらの共有…空になった弁当箱を仕舞いながらそう言うと、正臣を覗いた3人は、僅かに表情を曇らせる。
食人鬼や、私の食人衝動については、まだ彼女達には伝えていない。
悪霊騒ぎに、外国人の妖の事…正臣が私の家の"手伝い"をしてくれている事を伝えただけ…
全部を話しても訳が分からないだろうし…今告げた情報だけでも、それとなく不気味に聞こえるはずだ。
「そう。そう言えばさっきもはぐらかされたけど、沙月がまたその恰好になったのも、それ絡みで動くからなのかしら?」
皆も弁当を食べ終えて、後は昼休みが終わるのを待つだけの状態…
隣に座っていた楓花が、私の袖を摘まみ上げながら尋ねてきた。
「不思議と、顔色は良いのです」
「そうね。今もクヨクヨしてそうだけど。身体は元気そうよ?」
私は僅かに表情を歪め、正臣も何とも言えない苦笑いを浮かべる。
それを見ていた穂花は、見逃してくれるような人じゃないのは、私が一番よく知っていた。
「まだ、何か言ってない事があるでしょ?ね?マサ?沙月?」
獲物を狙うが如く。
穂花にそう言われてジッと目を向けられれば、私は口元を引きつらせて正臣の方へと目を逸らす。
正臣は「俺を見るなよ」と言いたげな反応を見せると、諦めたように肩を竦めて見せた。
「やっぱり隠してるのです」
そこへジュン君の追撃。
彼女だけは、純粋な興味という感じだが…穂花と楓花はそれよりも一歩踏み込んだ感情をこちらに向けている。
「マサは知ってるのね?」
「知ってるが、俺からは言わないぞ?というか、言えないな」
「ふーん…あ、もしかしてプライベートな話だったりするのかしら。それなら…」
「違う違う違う!」
「なら、沙月。言ってよ。無理でも、その理由は知りたいわ」
穂花と楓花が、正臣と私を交互に攻めてくる。
私は背中に嫌な汗を感じつつ、もう一度正臣の方をチラリと見やったが、正臣は「任せる」と目で告げてきた。
言っても良いのだが…時間が悪い。
聞いてて気分が良い話では無いから…
「言っても良いけど。今は嫌だな」
「そう言われると、尚更に気になるわね」
「まぁ…そうだろうけどもさ、ねぇ?正臣」
「え?あー…うん。でもさ、俺が沙月に言われた時、この時間だったよね」
正臣に振ると、まさかの返し。
「あっ」と違いに表情が固まったが…思い返せば、正臣に"白状"したのは、確かに昼休みの時間だった気がする。
だが、それでもう逃げ道は無くなってしまった。
穂花と楓花と、ジュン君の視線が私に突き刺さる。
こうなるなら、素直に白状しておけばよかった。
「はいはい…白状しますよ。その、退院してから、偶に人を食べたくなっちゃって…ね?」
恐る恐ると言った告白。
ジッと私を見つめていた3人の表情は、僅かに強張ったが、それでも少し呆れた様な顔に変わった。
「それだけ?」
「それだけって…うん。正臣には先に相談してて、何かあったら止めてって。したら、昨日…それが来て襲っちゃって」
「で、こうしている辺り、マサがちゃんと止められたのね。やるじゃない」
「やるじゃないって軽いなぁ…割とヤバかったのに」
「何も無かったんでしょ?じゃ、最近、沙月が何もしてなかったのはそれを抑える為だったの?」
「うん。そうなんだけど、余りに潔癖過ぎるのもダメなのかなって事で、一旦戻してるのさ」
私がそう言うと、穂花と楓花は呆れ顔を深めて、ジュン君は「やれやれ」と言いたげな素振りを見せる。
そのうちに、穂花が私の顔をジッと見据えると、僅かに表情を和らげて口を開いた。
「沙月、あんな姿見せられてるんだから、今更よ。前にも言った気がするけど、溜め込まないでちょっとは私達を頼りなさい。勝手に弱られてちゃ、こっちが変に気を使うわ」
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