167.あの約束を果たせる人が、どれほどいるのだろうか。
あの約束を果たせる人が、どれほどいるのだろうか。
日曜の昼下がり、唐突に現れた強い食人衝動…
苦しさに苛まれている最中、帰って来た沙絵と正臣。
我を忘れた私は、目の色を変えて正臣に襲い掛かっていた。
「うぉっ!」
沙絵の制止も効かず、呪符を使って足止めもできない彼女の横を通り過ぎて…
あっという間に正臣の眼前へ。
首筋目掛けて手を伸ばすと、驚愕に染まった顔を浮かべた正臣は、それでも冷静に私の手を掴みあげた。
「…っとぉ!」
腕を捕まれ、勢いをそのまま利用されて…
足をかけられ、フワッと体が浮き上がり…
一瞬のうちに、私の視界に天井が映り込む。
そのままクルリと1回転。
そのまま床に叩きつけ…られる前に、正臣は少し強引に私の腕を引いて、私を床に座らせた。
「……」「……」
それでも、多少の衝撃はある。
その衝撃で、私は自分を取り戻し、困惑した表情を浮かべてクルリと首を回した。
「沙月、大丈夫?」
「え?…うん。ごめん」
何とも言えない空気が流れる中、正臣は冷静で、パッと私の手を引いて立たせてくれると、トンと額を小突いてくる。
「やっぱり、殴って止めるのは無理だね」
正臣はそう言って小さく笑うが、私はどういう顔をしていいのやら。
そうしている間に、沙絵がやってきて私の手を引き居間の方へ引きづられて行った。
「もしかして、部屋にいなかったんですか!?」
椅子に座らせられると、怒声混じりの沙絵の声が耳に響く。
私は首を左右に振って否定すると、ボサボサの髪に手を伸ばした。
「部屋で寝てたよ。さっき起きて、テレビ見てたら急に…そこに2人が帰って来たのさ」
「え…」
事情を話すと、沙絵の勢いが一瞬止まる。
大方、私が部屋に戻らず"妖気が少し漂う"居間にずっといたとでも思ったのだろう。
私は次の言葉を探している沙絵の手を取ると、沙絵の手を頭に載せる。
狐耳と、羽が生えたあたりを触らせると、沙絵の表情は一瞬のうちに引きつった。
「なぜ…」
沙絵は驚きつつも、連れ帰って来た正臣の方を一瞬チラリと見やって私から手を放す。
「厄介な事がまた1つ、増えましたね」
そう言って、溜息をつきながら、沙絵は私から手を放して隣に座る。
「すいません、こちらに」
「はい」
その様子を眺めていた正臣が、沙絵に示されて向かい側の椅子に腰かけた。
「申し訳ありません。次から次に巻き込んでしまって…」
正臣を連れ帰って来たと言う事は、何かあるのだろうが…その前に謝罪から始まる会話。
沙絵が頭を下げた横で、私も頭を下げた。
「ごめんなさい」
「良いですって!全然…気にしなくて…沙月には元々忠告されてましたし」
「そうなのですか?」
「はい。こうなるかもしれないから、殴ってでも止めてくれって…流石に女の子は殴れないですけど」
「ふむ…そうですか…」
沙絵は正臣の言葉を聞いたのち、私の方にジロリとした目を向けてくる。
私が彼の言葉を肯定する意味で頷くと、沙絵はそれ以上何も言ってこなかった。
「…沙月様のは後でどうするか考えるとして、正臣君の方から片付けましょうか」
「すいません、お願いします」
「いえ、これも仕事ですので」
沙絵はようやく本題に入ると、懐から幾つかの呪符を取り出してテーブルに並べた。
「沙月様にも知っておいて欲しいのですが、正臣君の力は彼由来のものでした」
「へぇ…家系?」
「それは無いかと。何かの拍子に得られたものでしょうね」
「私とツルんでたからとかじゃないの?」
「それも無いでしょう。昔は、幽霊が"視える"者が大勢いたんです。それは今の人間にも言える事…表に出て来てないだけで、正臣君には強めの素質があったのでしょう」
そう言いながら、沙絵は取り出した5枚の呪符を正臣の方へ向ける。
「その辺りの仕組みは分かっていません。宝くじに当たったものと思ってもらう方がまだいいでしょうね」
「で、その呪符は?」
「この5枚であれば、正臣君にも"操れる"ものなので、それを預けようかと」
さも当然のように言われた内容に、私は目を丸くする。
防人達は平気で扱うから麻痺しているが、一般人にとって呪符は毒なのだ。
「正気?」
「えぇ。大丈夫です。妖に効く類の物では無いんですから」
私の問いに沙絵はそう答えて、1枚の呪符を私に寄越す。
それを手に取り、久しぶりに"念を流す"事をしてみたが、その呪符は何も反応しなかった。
「呪符は妖力を込めて作られて、妖力で発動します。この"お札"は別の力が必要なんです」
「別の力」
「沙月様、霊力使えましたっけ?」
「さぁ…使ったことも無いや」
私は沙絵に言われて、"大丈夫"と言われた意味が理解できた。
本来、人間しか持たない力を使う訳だから"悪影響"がある訳が無い…そう言いたいのだろう。
「防人の人達は案外、扱えないんですよね。妖力が強くて…きっと沙月様もでしょう?」
「うん。私には無理だ」
そう言って苦笑いを浮かべて、呪符というより、お札を正臣の方へ戻す。
霊力と聞いて、理解は出来るが使い方は全く…お札は私にとって只の紙でしかなかった。
その様子をじっと見つめていた正臣は、不思議そうな顔を浮かべて、私が返したお札を手に取る。
「正臣様には、これから"手伝って"頂けるというので、これらを扱えるようになってもらいたいのです」
「なるほど…と言っても、俺が霊力とやらが使えるとは…」
「あの力があれば使えます。そのサポートで沙月様が必要だったんですよ」
「へ?私?どしてさ?」
「力の使い方自体は似ているそうなので。あと、多少ですが正臣様に妖力を流し込んでやれば、自ずと正臣様が霊力の使い方を会得するでしょう」
沙絵はそう言うと、久しぶりに見た"白紙の呪符"を取り出して、私の首筋に貼り付けた。
「さっきの事を考えると怖いのですが…人が"勝手に"封印している霊力を解放するためです。ちょっとだけ"人由来"の"妖力"を分けてあげてください」
そう言われて念を込められ、久しぶりに私の中で"妖"の活力を感じられた。
何か枯れた様な感覚に陥っていた私は、"満たされる感覚"で僅かに口角を上げると、正臣の方に顔を向ける。
「なるほど…そういうことなら…正臣、ちょっとこっちを向いてくれない?」
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