164.打つ手が無い時は、逃げるに限る。
打つ手が無い時は、逃げるに限る。
正臣に手を引かれて駆けだした私、背後を振り向けば、それなりに大きなガタイを持った男が数名、私達目掛けて追いかけてきた。
「何なのあれ!?」
「なんちゃらサークルってやつだろうさ!」
「聞いたな?」
「あぁ!」
そこそこ距離があったから、追いつかれる前に大通りまで逃げることは出来るだろうが…
それでも、心臓が早鐘を打ち始め、嫌な寒気が全身を駆け巡る。
それはきっと、正臣も同じ。
握った手から、彼らしくない手汗を感じた。
更に力を込めて、私達は通りの端まで駆け抜ける。
「あっ!」
路地を駆け抜け、角を右に曲がり駅前の通りへ。
その通りすがり、外壁工事の足場が組まれている建物の前を通った時、正臣は何かに気付いた様な声を上げて、咄嗟にフリーの右手を突き出す。
「?」
走り続けながらも、彼の行動を不思議に思う私。
その謎の答えは、私達がその建物を通り過ぎた瞬間に理解できた。
ゾッと感じる寒気。
建物の方から感じる突風。
カシャン!と何か金属が当たったような音。
「なっ…」
"何か"が起きる前、最後に私が感じたのは、悪霊が祓われた気配。
私は走りながら、"何か"が起きた方へ首を回してみれば、見えたのは、外壁工事の為に組まれた足場を覆っていたブルーシートが、バサ!っと私達と追手を遮る様に捲り上がった瞬間だった。
足は緩めない。
駅前の通りまであと数十メートル。
分厚いブルーシートが捲り上がる音が聞こえ、やがて、何か金属が軋むような音がした後、幾つかの金属部品が落ちてきた様な音が背後から聞こえてくる。
「っと…ここまで…来れば…良いか…」
「そうだね…はぁ…朝から、走る羽目になるとは…」
辿り着いた大通り。
駅の方へもう少し走ってから駆け足を止めると、上がった息を整える。
少しの間立ち止まって息を整えた後、私は来た道の方を振り返った。
「何?…さっきの…あれは」
「それ、どっか入って話したい。ここじゃ…し辛いし」
「なら、そこのスモウで良い?」
「あぁ」
追手が来ない事を確認した後で、私達は近くのスモウバーガーへ。
日曜日の早朝…客は何人かいれど、そんなに多くない
適当に飲み物とポテトだけ買って、奥の席に陣取ると、周囲を見回してから本題に入った。
「何処からいえば良いんだろうな…」
向かい側の席に座った正臣はそう言ってコーラを一口飲むと、もう一度周囲を見回してから、私の方に僅かに顔を寄せる。
「気付けたのは、憑いた奴のお陰なんだ」
「それは、そうだと思ったさ。何者なのかも分かったの?」
「グールだと…なんだ?グールって。聞いたことあるけどさ」
「え?」
正臣から告げられた単語に現実感を感じなかった。
パッと見、黒い服装に身を包んだ大男程度にしか見えなかったが、本当ならば洒落になっていない。
「グール…食人鬼ね。食べる人の鬼と書いて食人鬼。本当?それ」
「あぁ、マジ。外人らしいが…昨日の…」
「インビジブル・サークルの下っ端か」
「だと思う。憑いてきた奴もそこまでは知らないみたいだが」
「そう…」
私は正臣と話しつつ、スマホを取り出して沙絵にトーカーで今あった事を共有し始めた。
「追手についてはOK。それだけでいい。後は私達の問題…でも、足場が崩れたのは?」
追手の事を知れただけでも大金星だろう。
だが、私個人として気になるのは、逃げている時の出来事。
正臣から一瞬、嫌な気配がしたあの瞬間の出来事だ。
「それは、咄嗟に手が動いたのさ。なんか、ブルーシートが落ちそうだなって思って、ほら、風を起こせるって言ったろ?」
「ええ」
「夢中でさ、やってみたら突風みたくなって。でも、剥がれたのも崩れたのも偶々だと思う。普通はちゃんとくっ付いてるだろうし」
正臣の説明を受けた私は、頷きつつも、呆然とした表情を彼に向けるしか出来なかった。
ポカンと口を開けて、何も言えない。
正臣も、私の様子を見て察してくれたのか、それ以上は何も言わず、曖昧で引きつった笑みを口元に浮かべたままコーラに口を付けた。
「……」
「……」
色々な気持ちが沸き起こってくるのを、フライドポテトでリセット。
右腕に付けた腕時計を見れば、時計の針はようやく朝の9時を指そうかという頃。
私は正臣の身に起きていることをようやく飲み込み、小さくため息を付くと、肩の力を抜いて脱力した。
「そう。護ってくれたの」
「そうなんだけど、面と向かって言われるとムズ痒いな」
「ありがと。なんか最近、色々やってもらってばかりだね」
そう言って笑っていると、スマホが鳴って、沙絵からの返答が画面に映し出された。
昨日の諸々…そして今朝の"グール"騒ぎ、沙絵は私達にこれ以上仕事をさせるつもりはないらしい。
"了解しました。すぐに戻ってきてください。我々が出ます"
画面に表示された内容を正臣に見せると、画面を少し凝視して、コクリと頷いた。
「ま、当然さ。迎えに来て欲しい位だけど…正臣は何かやる事ある?」
「ん?…んー…まぁ、何も無くなれば暇してるしかないよね」
「そう。ならさ…」
私は沙絵に返信のスタンプを送りながら、少し間を置いて、正臣に頼み事を1つ。
「家に来ない?…最近、八沙とも余り会って無くて…ちょっと練習相手になって欲しい」
頼み事は、運動不足がてら剣道の練習相手。
正臣は二つ返事といった感じで頷くと、すぐに普段の優しい笑みを浮かべてくれた。
「やった。最近、部活でやってもマンネリしてた所なんだ」
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