163.境目が曖昧になってしまうのは、私の頑張りが足りないせいだと思う。
境目が曖昧になってしまうのは、私の頑張りが足りないせいだと思う。
1人でなんとか出来ないことは十分に分かっているが、正臣の様な"ちょっと危うい一般人"を巻き込んでしまった今、私の中の罪悪感は時間を追うごとに強くなっていった。
居心地の悪いディナーを経た日曜日の早朝、私は今日も正臣と悪霊祓いに繰り出すのだが…
いざ靴を履いて出かけようという所で、腰が上がらず、座り込んでしまっていた。
「あら、沙月様。出ないのですか?」
ボーっと扉を眺めていると、洗濯駕籠を持った沙絵が通りかかって私の傍にやって来る。
私が何も言わずに呆けた顔を沙絵の方に顔を向けると、沙絵は怪訝な顔を浮かべた。
「どうかされました?」
昨日の出来事は沙絵にも伝わっているから、今日から入舸の人間も数名、"パトロール強化"の名目で、"インビジブル・サークル"探しに動く予定なのだが…
そんなことはどうでもいい。
いや、唯一文句を言いたいと言えば、母様は京都へ暫く出張みたいなものでおらず、おばあちゃんはおばあちゃんで、少しの間、俱知安で仕事詰め…という事だろうか…
準備を整えて、あとは扉を開けて外に出るだけなのに、そうすることが出来なかった私…
沙絵の顔を見て、諸々の怨嗟が頭の中に巡り切った所で、ようやく重い腰を上げられた。
「眠気が残っててさ」
欠伸を一つしてそう誤魔化すと、私は玄関扉の鍵を開ける。
「それじゃ」
沙絵に何か言われる前に、逃げるように扉を開けた私は、昨日よりはまだ暖かい外へと足を踏み出した。
正臣の家であるマンションまでは、徒歩で数分。
いつも通り、"表向き"の格好に身を包んだ私は、少しだけ重たい足取りになりつつも、待ち合わせ時間に間に合うようなペースで歩いていく。
正臣を頼ってしまう罪悪感に、隠したはずの妖達が再び小樽に現れた事への動揺…
何かが起きるという事への、得体のしれない恐怖。
いつも通りの仕事が出来るならまだしも、何かの拍子に"妖"へと振れてしまう今、私の気持ちは沈む一方だった。
「珍しい。沙月の方が遅いなんて」
マンションの前までやって来ると、既に外に出ていた正臣が私に気付いてこちらへ寄ってくる。
「おはよ。待った?」
「全然。今出てきたとこ」
「そう。なら、早速昨日の続きと行こっか。あの量なら午前中で終わるさ」
「了解」
彼に気付かれぬように、なるべくいつも通り風を装うが…
私も彼も、昨日の夜の1件が頭から離れていないのか、どこかよそよそしい。
昨日と同じように並んで歩いていても、何か会話を弾ませる切欠の様なものが無いと話せそうも無かった。
今日の目的は、昨日祓い損ねた悪霊を祓う事。
肌感覚だが、あと50匹もやれば綺麗に片付くだろう。
悪霊なんて、毎日毎日増産されるわけでもないから、ここまで綺麗にすれば一旦は解決…
なのだが、どうも頭に引っ掛かっているのは、昨日死人に言われた内容。
それに、正臣が何処かで言っていた"この辺りの悪霊じゃない"という言葉。
残っている悪霊を綺麗に掃除したところで、それで終わりになるとは思えない。
「そう言えば、また心霊騒ぎとか起きてないのかな」
2人で歩き始めて数分後。
ようやく沈黙が破れた。
「今朝調べてみたけど、そんな話は見なかったな。調べきれてないだけかもしれないけど」
「そう。正臣も何かやってるんだっけ?」
「全然。トーカーだけだけど、まぁ、イッターとかは登録しなくても見れるし」
「そんなものか」
ぎこちないながらも、ある程度いつも通りの調子で言葉を交わせる。
それだけでも、私の気持ちは大分和らいでいた。
「なら、早い所済ませよう。したら後はウチの仕事だ」
「あぁ、終わったら、沙月はジッとしてるのが仕事だね」
「ジッと出来ればいいけれど」
ひとまず向かうは小樽駅。
狭い住宅地の道を越えて、線路の上を渡れば、その先は駅がある通り。
まだ朝の早い時間帯、日曜日と言う事もあって人は疎らで、私達の周囲に人は殆どいなかった。
「朝食べた?」
「一応。正臣は?」
「食べた」
「どうする?どっか寄ってからでも良いけど」
「ちゃちゃっと済ませたいな。それに、昨日、折角ヒントをくれたんだ。探りを入れる時間も欲しい」
「そこまでは…ありがたいけど。余り無理しないでね」
「こっちの台詞だって」
大きな通りに出た私達は、サクッと方針を決めて悪霊狩りへ。
通りを渡った向こう側、細々と店が並ぶ狭い路地へと足を踏み入れて行った。
「せいぜい、雇い主がどんな奴か程度は聞き出してやりたいな」
昨日も歩き回った土地…路地に入ってみれば、まだ微かに靄が覆っていて、それらは正臣を認識すると、一直線に憑りついてくる。
「っと」
弱い力しか持たぬ悪霊。
正臣は憑りつかれ、それを体感して、少し"やり取り"した後で自力で祓ってしまう。
私の手が欲しい時は合図を出してくれるが、それ以外の時は、今の流れを勝手にやってくれるようになっていた。
「終わり?」
その流れを見て、少し和らいだ気持ちにヒビが入る。
こうして数をこなしていくうちに、正臣が人から離れていく気がした。
「うん。何にも聞けなかったから消した」
「それだけ聞くと物騒な人になるな」
「確かに」
まだ、微かに昨日の余韻が残る私達。
人のいない路地で2人、何とも言えない笑みを浮かべていると、正臣に"次"の悪霊が憑りついた。
「っと」
入れ食い状態…正臣は驚きつつも、悪霊との"話し合い"に入る。
それを眺めていた私の視界に、黒い影が見えた。
「?」
「え!?」
何てことの無い人影だろう…そう思っていた私は、表情を急変させた正臣に手を引かれた所で我に返る。
正臣に引っ張られながら駆け出し、咄嗟にポケットに手を入れて、お祓い用の呪符を取り出した所を制された。
彼は正気を保ったままの顔をこちらに向けると、私が向いていた方向を見て叫ぶ。
「逃げるぞ!説明は後だ!」
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