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入舸沙月の妖隠避録  作者: 朝倉春彦
肆章:過剰遊戯
161/300

161.殺気立っても仕方が無いが、そうなるのも仕方がないだろう。

殺気立っても仕方が無いが、そうなるのも仕方がないだろう。

私は真正面に座った女2人を睨みつけながら、ここをどう切り抜けようか考え続けていた。

自分一人だけならまだしも、正臣が居るのが非常に不味い…

こんなことがあるから、正臣に"こちら側"へ来て欲しくないのさ。


「そんな殺気立っちゃダメっすよ。ここはあたし達持ちで良いっすから」

「いひひ…そう、目的、違う。もう一度、飛ばされるの、御免」


やって来たのは、駅近くの居酒屋チェーン店。

どうしてこんな状況になったのかと言えば、どうしてだろうか…

別に、あの駅前で見逃す手もあったはずなのに…何故か"見逃したくない"と思ったからか。


「そして、お兄さんは初めてっすよね。あたし、渠波根朱莉って言うっす」

「いひひ…カフカは、風雷カフカ」

「ちょーっと、彼女さんに用があったもので。巻き込んでごめんなさいっす」

「いえ…あ、自分は羽瀬霧正臣です」

「ふむ、正臣君っすね」

「ひひひ…お似合い。正臣」


イライラする私を他所に、初対面の正臣は普通に挨拶を交わしてしまっている。

いずれにせよ、私の我儘なはずだ。

それに正臣を巻き込んでいるのだから…最悪だな。


「チッ…」


私は心の底から湧き上がってくるイライラを隠す素振りも見せず、分かり易く舌打ちをしてみせる。


「で?どういう風の吹き回しさ?」

「あら、やっぱり、なにもしてこないんすね」

「出来ないの。私達防人は、何かが無いと動かない」

「鬼沙さんが強いてたルールじゃないっすか。時代遅れの」


渠波根の言葉が私に突き刺さる。

それを聞いてギリッと歯軋りをする私に、それを見てニンマリ笑うカフカ…そして、蚊帳の外のまま、私と向こう側を交互に見ている正臣。


「に、しても。絵描きちゃん。その格好、地味」

「ウチの姉ちゃんもそうっしたが、変わらないもんっすねぇ…」


多分、今、一番居心地が悪いのは正臣だろうか…

別に、正臣は帰してしまっても良かったのに、何故か言い出せなかった自分がいた。

私はイライラしたまま頭を爪先で掻きむしると、2人の言葉に何も反応することなく正臣にメニュー表を押し付ける。


「怖いお姉さんの奢りだって。好きな物、多めに頼んでいいよ」

「え?でも…」

「いいから。どうせこの2人は"何も食べない"んだし」

「いひひ!…そう…食べない。カフカも、渠波根ちゃんも、食べ物、要らない」

「そうっすね。あたしもカフカも飲み物だけで良いっすから。お好きにどうぞ」


困惑する正臣だったが、3人に言われて渋々といった様子でメニューを捲り始める。

後で私も何か頼むとして…今は"無害"な妖の方へ、再びキツイ視線を向けた。


「で、何の用?」

「それは…また後で話しましょうよ。大丈夫っす。人の常識の中の話っすよ」

「死人と妖の常識でなくてか?」

「あはは…相変わらずっすねぇ…彼氏さん、良いんすか?こんなので」

「いひひ…ひひひ…渠波根ちゃんも、中々…」

「え?いや、その…」

「色恋沙汰に見られたのは初めてだ。友達でしかない」


グイグイ来るのは渠波根の方…

彼女の言葉に青筋を浮かべながら答えると、彼女は、浮かべていた人当たりの良い表情をフッと消して真顔になる。


「そんな、ただの友達を、こんな所に連れてくるだなんて。どういう神経してるのかしら」


冷たい声色、全然違う口調。

私は口元を歪ませると、鼻で笑って肩を竦める。


「そりゃ、人の常識として話したいんでしょ?なら、別に居ても構いやしないさ」


強めの口調でそう言うと、隣にいた正臣が私を突いてメニュー表を渡してきた。

チラリと正臣の方を見やると、目で何かを訴えている様子…私は少しだけ落ち着きを取り戻すと、溜息をついてメニューを開く。


「いひひ…そういう、関係。丁度いい、コンビ」


その様子を見ていたカフカがボソッと一言。

私はヒクヒクと口元を歪ませたが、ちょんと正臣に突かれて、言葉を放つのをグッと堪えた。


疑念、怒り…そして情けなさに罪悪感。

頭の中で渦巻く感情が全く定まらない中で、頼むものを決めた私は、メニュー表を置いて向かい側の2人に目を向ける。


「良いの?」

「良いですって。ビール2つあれば、それで」

「……そう。本当に奢ってくれる気?」

「ええ。その分、話は聞いてもらうっすけど」

「……そっ。なら、ありがと」


2人に確認を取るのは、最低限のマナーだろう。

人生で一番に迫る位に嫌そうにお礼を言って、テーブルに備え付けられたスイッチを押す。

気の抜けた電子音が響き、すぐに店員がやってきて、私達はそれぞれ注文を終えた。


「さて」

「そうだ。話の前に1つ」

「何っすか?」


一段落して、渠波根が口を開いたところで、横槍を入れる。

向こうの話の前に、1つだけ確認しておきたいことがあった。


「鬼沙の居場所を知らない?」

「はぁ…知らんす。そんなもの、絵描きさんにやられた後の事は知らないっすよ」

「そう」

「でも、聞いていた話とは違うっす。興味あるっすね」


どこかへ消えた裏切り者の事を尋ねると、向かい側の2人は僅かに表情を変えて食いついてくる。


「聞いてた話?」

「えぇ。絵描きさん、鬼沙さんを倒したんでしょ?いつもみたいに隠さず、殺したと聞いてるっすけど」


アッサリとした口調で告げられた内容に、隣の正臣の表情が僅かに曇る。

正臣が知ってるのは"そこから先"の話…私も、脳裏に苦痛だった入院生活の光景が浮かんできた。


「いひひ…絵描きちゃん、凄い格好になって、鬼沙倒した。そう聞いてる」

「えぇ。違うんすか?」

「殺してなんか無いよ。殺し損ねたが正しい。やったと思ったら、居なくなってた」


間違いを訂正すると、カフカと渠波根は顔を合わせて何かを目で語り合う。

そして再び私の方に目を向けると、渠波根は溜息を一つ付いた。


「ちょっと違ったっすけど、問題ないっすね。いや、今の状況は問題大ありかな?」

「それで本題が変わってくれれば楽だったのに」

「いやいや、手間が掛かってるっすからね?」


そう言いながら、渠波根は肩から下げていた鞄を開けて、中から冊子を1つ取り出す。


「宗教なら間に合ってるけど」

「そんなベタなボケをくれるとは思いませんでしたよ」


それを見て一言、呆れ顔を浮かべた渠波根が、そう言いながら冊子を私の方へと滑らせた。

見てみれば、その冊子は小難しい英語が並んでおり…洋書の様だ。


「防人の辞書に国際協調って言葉、乗ってないっすからねぇ…入舸さん家でどうかって」


冊子を見て、難しそうな内容に顔を歪めた私を他所に、渠波根が話を続ける。


「海外から視察も来てるんすけど。思った以上に絵描きさんが木偶の坊で、困ったなって」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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